第6話 悲痛な叫び

 ジョゼフとフォーゲルは宿を取り、村の中と周辺を歩いて回った。夕暮れ時に宿に戻る。宿とはいうものの村に1軒しかない酒場の2階の空き部屋を貸しているだけだ。夕暮れ時になれば一杯やろうと村人が集まってくる。見知らぬジョゼフを警戒していた村人たちも全員にエールを御馳走してからはすっかりなじんでいた。


「ずいぶんと賑やかだな」

 酒場の戸口のところに恰幅のいい男が立っていた。

「やあ、オルド村長。いいところへ来た。このダールウッドから来た若けえのが怪物退治してくれるってよ」


「それは……こんな辺鄙な村までよく来たな」

 一瞬顔をしかめた村長にジョゼフは金の心配をしているのだろうと想像する。

「別にあんたから金をせしめようと思っちゃいねえよ。俺の雇い主はエドだ。代金はあいつからもらうさ」


「そうかね。だが、何を言ったか知らんが、あの家には金貨はおろか銀貨もほとんどないぞ。こんな田舎じゃ食うには困らんが稼ぎも無いでな」

「そうかい。結構豊かそうに見えるがな。このエールはかなりイケるぜ。俺が寝泊まりしてる店も悪かねえが、こいつにはちと及ばねえ」


 ジョゼフは陶器のジョッキを掲げて見せる。

「お近づきの印に1杯奢らせてくれ」

 宿屋の主からジョッキを受け取りオルドに渡す。

「そんじゃ、この村の発展とあんたの健康に!」


 ジョッキを飲み干してお替りを持ってきたジョゼフはオルドをまじまじと見る。

「オルドさん、辺鄙な村と謙遜してるが、結構いい服着てんじゃねえか。ダールウッドにもそれだけの仕立てをしたのを着ている奴はそうそういないぜ」

「そうかね」


「しかし、災難だったねえ。タウロスはこの辺じゃあまり出ないはずなんだが、完全武装の兵士が5人がかりでなんとかって化け物だ。そんなのに住み着かれちゃたまったもんじゃねえだろ。どれくらいの被害がでてるんだい?」

「うむ。羊が何頭か潰されたな。それと村はずれの物置小屋が叩き壊されておった」


「そりゃ大変だ。領主さまには頼んだのかい?」

 オルドは周囲を見回す。

「うむ。まあ、そうだな……」

「まあ、言わずとも分かる。忙しくて手が回らないってんだろ。北の方でイェーガーと小競り合いが続いてるしな」


「わしも何度か手紙をだしたんじゃがな。いい返事がもらえんし、被害が大きくなるばかり。村人に被害が出てからでは遅いからな。言い伝えの通りに花嫁を差し出すことにしたんじゃ」

「そりゃ、苦渋の決断だったろうなあ」


「もちろん。小さな時から知っておるエリスだからな。身を切られるような辛さだよ」

「で、なんでエリスなんだ?」

「うむ。あの家は両親を亡くしてから生活がな……。そのう、税の滞納がある。誰かを選ばねばならんとなれば、仕方ないんだ」


「そうかい。まあ、俺は他所もんだ。あんたらのやり方に文句は言わねえよ。過ぎた話だしな」

「それで、ジョゼフさんとやら、こう言ったら失礼だが、あんたはタウロスを倒せるのかね?」


 オルドの視線がジョゼフとその後ろのフォーゲルに向けられる。村人たちに比べれば腕に覚えがありそうだが、取り立てて言うほどのようには見えない。ジョゼフは首筋をかいた。

「ちょっとした腕はあるつもりなんだが、正直言うと自信がない。エドに泣きつかれたもんでね」


「悪いことは言わん。命あっての物種だ。それにあんたがしくじってタウロスが暴れるようなことがあればわしはあんたの罪を問わねばならん。これも村長としての責務なのでな。まあ、恰好がつかんだろうから満月の夜まではここにいて、ダールウッドに帰るんだな。相手はタウロスだ。誰もあんたを責めはせんよ」


「そう言ってもらえると気が楽になったぜ、村長さん。俺もどうしようか困ってたところなんだ。まあ、あと2日ここに滞在する許可を貰えたんで、その間に何とか考えてみるさ」

「くれぐれも村の北の洞窟には近づかんことだ。命が惜しければな」


 頃合いを見てジョゼフとフォーゲルは部屋に引き上げる。

「しかしなあ」

 ジョゼフが声を出すとフォーゲルは人差し指を唇に当てた。疲れたと言って、フォーゲルは早々に横になり、すぐにいびきを立て始める。


 その翌日、村の北の森にジョゼフとフォーゲルは向かっていた。

「なんで、昨日話すのをやめたんだ?」

「隣の部屋に気配がありましたから」

「は? 俺には全然分からなかったぞ」


「それはそれとして、村長に警告されたのに洞窟に向かうんですか?」

「そりゃまあ仕方ないだろ」

「確かに命がけで助けようという気になるほどの美人ではありますがね」

「だろだろ」

「死にますよ」


 フォーゲルの指摘にジョゼフは困った顔をする。

「やっぱ、俺じゃ無理?」

「無理です」

「即答かよ。ちょっとはこう、間をもたせるとかないわけ」


「タウロスをサシで殺れるのは、帝国だと兄上ほか2・3名じゃないですかね」

「俺だと?」

「そうですな。あと3人いればなんとか。状況次第ですが」

「フォーゲルが居ればなんとかなるだろ?」


「一応あなたの命を危険には晒したくないんですよ」

「一応かよ」

「だって、ちっとも言うこと聞かないでしょ?」

 ぐっと返事に詰まるジョゼフだった。


「でも、力づくで止めはしないんだな」

「スケベ心があるとはいえ、エドくんの頼みを聞こうという姿勢は悪くないですから。正直言って、私は好きですよ」

「はい?」

 

 ジョゼフは慌てて腰から下がる草摺フォールドの後ろ部分に手をやった。フォーゲルはニヤリと笑う。

「安心してください。私にその趣味は無いですから。妻も居ますし」

「マジ? マジ? 嘘だろ?」


「居ますよ。今まで聞かれませんでしたけど」

「その顔でいるとは思わねえじゃん。でもよ、エリス見るとちょっと心は動くだろ?」

 ジョゼフは肘でフォーゲルのわき腹をうりうりと突っつく。


「いえ」

「またまた~。無理しちゃって」

「妻の方が魅力的ですから」

「あ、またまたそんな優等生的発言すんの。やだねえ」


「妻のアーシェラです」

 フォーゲルは首から下げていたロケットを鎧の下から引っ張り出す。パチンと留め金を外して中を見せた。そこには若い女性のバストアップの姿が大理石に浮き彫りされている。儚げな美貌と豊かな胸元をジョゼフは食い入るように見つめ、悲嘆の叫び声を上げた。



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