第5話 美人の姉

「こんな薄情な暴力女じゃダメだ。美人っていうならな、そうだな。ラルト中隊長ぐらいじゃねえとな」

「どちらかというとラルトさんの方が似てるかも」

「本当かあ? 適当なこと言ってんじゃ……」


 ジョゼフがエドを手招きする。

「こっちきて顔をよく見せろ。物が3重になってぐるぐる回ってやがる。ほーん。ぼうず、おめえ、姉ちゃんと似てるか?」

「うん。言われなくても姉弟って分かるぐらい似てるってよく言われるよ」


「よし。じゃあ。ぼうず。俺が姉ちゃんを助けてやる。ちょっくら待ってろ」

 ジョゼフはフラフラとしながらも立ち上がって外へ出て行こうとした。

「ジョゼフさん、この子置いてどこ行くのよ? それにアサシンの話は?」

 マルルーが面白く無さそうな顔で突っかかる。


「シエスタさんとこ。俺の酒も抜いてもらわなきゃなんねえし、そのガキの足もそのまんまってわけにはいかねえだろ。フォーゲルが戻ってきたら話伝えておいてくれ。まあ金はあるとこにあるだろうし、後で考えるさ」

 ジョゼフは手をヒラヒラふると出て行った。自分似では引き受けなかったのにラルトさんに似ているならとやる気になったジョゼフがマルルーには面白くない。後ろ姿に舌を突き出した。


 しばらくすると馬蹄の音が響いてきて店の前で止まる。白いローブを着た女性とジョゼフが入ってきた。女性は40近い年齢だろうか。まだ肌の張りは失っていないが、目元に年齢を刻んでいる。いかにも慈愛に満ちた優しい顔立ちの女性はエドの側までくると膝をついて足裏を改める。一目見るなり顔をしかめた。


「私はこの町にある教会の祭司長をしていますシエスタです。エドくん。この足でよく頑張ったわね。今すぐ楽にしてあげるわ。気を楽にして」

 シエスタはエドの足に右手を添えて目をつむる。しばらく祈りを捧げているとエドの足裏の傷が消え、もう一方の足も同様に治療を行った。


「シエスタさん。あんがとな。じゃあ、ぼうず、こっちへ来い。次の満月まで時間がねえ」

「ちょっと、あんたシエスタ様になんて口の利き方を!」

 目を三角にするマルルーの言葉を聞き流し、ジョゼフはフォーゲルと連れだってエドを引っ張り出すと蹄を鳴らしてジモール村へと出かけて行った。


 馬をとばしてジモール村についたのはダールウッドを出て2日目の早朝、次の満月まで2日を残していた。エドはすっかりジョゼフになついており、馬から降ろしてもらうと手を引いて小さな家へと引っ張っていく。

「姉ちゃん!」


 その声と同時にぱっと家の扉が開いて、中から質素な服を着た若い女性が飛び出してくる。ジョゼフの手を放して駆け寄ったエドをしっかりと抱きしめた。

「エド! いったいどこに行っていたのよ?」

 涙声できつく抱きしめられてエドはその腕から抜け出そうともがく。


「姉ちゃん。もう大丈夫だよ。タウロスやっつけてくれる人を連れて来たんだ」

「そんなことを言って何日も居なくなって。私がどれだけ心配したと思うのっ!」

 面やつれした顔の目も腫れぼったい。

「エリス姉ちゃん。ごめんよ。だけど、僕……」


 少し離れたところから姉弟の対面の様子をジョゼフは鑑賞している。疲れが見える顔であってもエリスはこんな田舎には不釣り合いな美人だった。白い透き通る肌に大きなとび色の目とふっくらとした色鮮やかな唇の色が印象的だ。そして何より先ほどからエドの頭がうずもれているふくよかな胸。ちきしょう、うらやましいぜ。


 らちが明かないので、ジョゼフは咳払いをする。見知らぬ男たちの姿を見出してエリスははっと身構える。左のこめかみにあざをつけた男はエリスに向かって手を挙げて歯をむき出した。

「どうも。はじめまして。エドに頼まれてやってきたジョゼフっていいます」


 エリスはジョゼフの視線が自分の胸元にそそがれていることに気が付き、上着をかきあわせる。野卑な感じはしないが農夫や商人とは明らかに異なる人種だった。ジモール村はのどかな村だったが、乱暴狼藉をはたらくイェーガーのあぶれ者の話は流れてきている。エリスが身構えるのも無理はなかった。


 姉の体がこわばるのを感じたエドは無邪気な声を出す。

「姉ちゃん。大丈夫。ジョゼフさんはいい人だよ」

 ジョゼフは首を縦に振り精一杯の笑顔をする。黙っているよりはまし程度の笑みが顔に広がった。


 頬をポリポリと指でかきながらジョゼフはエドに問いかける。

「悪いがこの村の宿屋に案内してくれないか」

「ええ? うちに泊まればいいじゃないか。狭いけど親父の使ってたベッドもあるし」


「いや。見知らぬ男が入り込んだんじゃ迷惑だろ? お姉さんだって困ってるじゃないか」

「姉ちゃん。ジョゼフさんに家に泊まってもらってもいいだろ? わざわざダールウッドから来てくれたんだし」


 エリスはびっくりした顔をする。

「ダールウッドですって? そんな遠くまで行ってたの?」

「だって、僕、そこしか思いつかなかったんだもの。冒険者ギルドには断られたんだけど、ジョゼフさんが来てくれたんだ。ねえ、いいだろ?」


「おい。エド。お姉さんを困らせるんじゃない。それに、馬も預けなきゃいけないんだ。お前んとこじゃ世話できねえだろ」

「うーん。じゃあ、後で遊びに来てね」

「ばーか。俺は怪物退治に来たんだ。遊んでられっか」

「そうだったね。うん。分かった。こっちだよ」


 ジョゼフはエリスに頭を下げると馬の手綱を引きながらエドについていく。フォーゲルもそれに従った。ジョゼフは考える。なにもがっつく必要はない。タウロスを退治して命を救えば、自ずと自分への当たりも緩むはずだ。タウロスに襲われ危機一髪というタイミングに登場すれば感謝の念もいや増すというもの。たぶん落ちる。


 ***


 その頃、ラルト中隊長はシエスタ祭司長の訪問を受けていた。

「私に頼みがあるとか?」

「はい。シランジ子爵の乱行のことで」

 ラルト中隊長は顔をしかめる。


「税額が高く、配下の私兵はきまぐれ、自由に市で売買もできない。近隣に比べて明らかに統治が杜撰です」

「その点については私の管轄外だ」

「それにあの汚らわしい……」


「初夜権の行使は確かに褒められたことではないが、領主の権利だ。もっとも、最近はそれを実際に振るう話など他に聞いたことはないが」

「そうでしょう。それを嫌って、シランジ子爵の領地では、ここしばらく婚儀がありません。子は国の宝。このままではこの地方は衰退してしまいます」


「残念だがそれも私の権限ではどうしようもない。子爵が騎兵中隊に口を出せないのと同様に、私も領主としての振る舞いに意見する権利は無い。教会を通じて帝都に訴え出る方が早いと思うが」

 悔しそうな顔をするラルト中隊長に頭を下げるとシエスタは部屋を出て行った。


 

 

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