第21話 関係性

 あの辺りは道場への通り道だから、自分たちの他に通る人間はあまり居ない。

 武田はどうしてあの窓からこっちを見ていたんだろう。

 素振りをしながら、和志は考えていた。

 あの部屋は、何の部屋だったっけ…。

 ああ、生徒会室が、あの辺りかも知れない。

 目が合って、お互いに不思議なものでも見るような気持ちになっていた気がする。

 どうして?

 目が合った以外に何もしなかった。会釈をするでもなく、手を振るでもなく、かといって目を逸らすでもなく。

 大石が来なかったら、あの時間は永遠だったんじゃないか。

 そんなふうにさえ、和志は感じたのだ。


 今まで2人で話した中で、一番2人きりだった。


 しかし、冷静に考えてみると、武田が自分の通るのを分かって見下ろしていたとは思えない。

 何か他に目的があったに違いない。

 和志は考えて、やがて単純な答えに辿り着いた。


 …真由か?


 妹の真由も剣道部だからあの場所は通る。もしかして、それを待っていたのか。そうしたら、兄の自分がたまたま顔を上げて、そして目が合ってしまったんじゃないだろうか。

 

 悪いな。

 まあ、でも俺だって上を見ることもあるさ。

 

 素振りをしながら、和志は武田のことを考えていた。


 ダメダメ、集中しなくては。

 そう思うのだが、妙に今日の出来事が引っ掛かっている。

 表情の、一層読めない武田のあの顔。

 三階の窓からこちらを見下ろして、何を考えていたのだろう。

 それはおそらく真由のこと。

 もしかして武田は、真由の兄である俺に気を遣っているのだろうか。

 真由が、お兄ちゃんは生徒会なんて苦手だし向いていない、なんて武田と話したりしたのだろうか。

 教室で、2人はどんな話をしているのだろう。

 自分には関係ない。

 2人でどんな話を。

 自分には関係ない。


 寂しいな。


 和志は思った。

 その寂しさは、真由に家族以外のコミュニティができていくのをリアルに感じる寂しさだろうか。

 少しずつ大人になる。少し前まで中学生だったのに。


 稽古が始まっても、今日の和志は考え事が多かった。集中力に欠け、いつもなら防げる技も防げず、何度も自分に心を落ち着けるよう呼びかけた。


 道場から、部室に戻って制服に着替えていると、大石が声をかけてきた。

「どうしたんだ、今日は。らしくない」

 さすがだな、と和志は思った。和志の不調を見抜いているのだ。自分たちの、剣道を通した関係性は長い。

「え?…いや」

 何でもない。

「体調は?熱は無いか?」

 大石がそう言って和志の額に手を当てた。和志はその手を取って降ろさせた。

「大丈夫。少し、気が散っていた。ごめん」

 真由と武田のことを考えていた。シスコンみたいで恥ずかしい。和志は照れて俯いた。

「武田のことでも考えてたのか」

 大石が揶揄った。

「そうかもな」

 間違いでもない。和志は微笑んだ。

「おや?」

 否定しないのか、と大石が言う。和志は頷いた。

「武田の事を考えてた訳じゃ無いが、武田の事も考えてたから」

「何だ、それ」

「いや…少し」

 適当に誤魔化しながら返事をしていると、大石が和志の顔を覗き込んだ。

「稽古中に別のことを考えるなんて、本当にお前らしくない」

「…うん」

 気をつけるよ。

 そう呟いて、和志はズボンのベルトを締めた。

「いいけど、怪我しないように」

「うん」

「それだけは頼んどく」

「うん」

 頷きながら、大石のことを『オカンみたいだな』と思う。

「なんか食って帰るか?」

 ほら。オカンだ。

「…いや、いい」

 そう言いながら和志は少し笑った。

「なんだよ」

「なんでもないよ」

 そう返しながらもニヤニヤしていると、大石が話を少し戻してきた。

「武田と何かあった?」

「いや」

「何見つめ合ってたんだ」

「見つめ合って無いよ」

 あれは、真由が通るのを待ってたのかなって思う。そしたら俺が顔をあげてしまったんだろう。

 けれども、それは言うべきじゃ無いなと和志は思った。

「俺は雨が降りそうだと思って見上げただけ。たまたま目が合ったんだよ。向こうは誰かが通るのを待ってたんじゃないの?」

「誰かって、お前だろ」

 大石が言う。

「なんで武田が俺のこと待ってるんだ」

 そう言うと、和志は鞄を持ち上げた。

「帰るぞ」

「辞退届は?」

「まだ日がある。今日はもういい」

 部室を出た。

「やっぱ、体調悪いんじゃないか」

 大石が、後を追ってきた。

「…大丈夫」

「あのさ」

 大石が言い淀む。

「何?」

「もしもお前が生徒会に入るなら、俺はめちゃくちゃ助けるつもりだからな」

 そう言って、和志をじっと見下ろす。大石が茶化さず本気で言っているのを感じて、和志もじっと見上げた。

 ははは。こっちの方が『見つめ合ってる』じゃん。

 そんなことを思ってから、小さく頷いた。

 友達としての付き合いが始まってまだ一年半だが、大石は本当に自分のことを分かろうとしてくれるし、良い奴だと思う。

「ありがとう」

 信頼して、任せることもできる。本当に思っていることを伝えても、いきなり否定したりしない。こういう友達はちょっと出来ないかも知れないなと思いながら、和志は続けた。

「明日さ、ちょっと武田に会いに行ってみる。それで、もう一度意思確認してみて…もしかしたら会長引き受けるかも知れない。ごめん」

 和志の話をじっと聞いて、大石は頷いた。

「謝るな。お前は自分のやりたいことをやればいい」

「うん」

「やりたくないことはやるな」

「うん」

 頷きながら、それこの前自分が武田に言ったやつだ、と和志は思った。

 そうか。

 やりたくないことを、やらなくていいっていうのは、大石から教わったのか。

「やりたくないことで無理すんな。無理はやりたいことでやれよ」

「うん」

 この自由人の言うことは肝に銘じよう。

 和志はそう思った。

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