第19話 胡散臭い後輩
「意外な事態になってるんだよ」
職員室で、西川が眉を顰めてそう言うのを、中島は色々な思いを隠して眺めていた。
「意外な事態って?」
適当に相槌を打つことは忘れない。そんな中島を、西川は純粋な驚きに満ちた表情で見つめ返した。
「武田がね、生徒会長にまだ立候補していなくて」
知ってる。中島はそう思いながら意外そうな表情を作った。
「へえ…」
「今日、聞いてみたの。そしたら少し考えさせてくださいって」
そう来たか。
…武田は、まだ迷っているのか。
西川は中島の大学の後輩で、この学校では先輩という関係だ。中島が、転職によってこの学校の教師になったためだった。
中島にとって昔から西川は感情の読めない後輩だった。素直だし、怒ったところを見たことがないし、敵を作らないし、良い奴。みんなそう言う。しかしそのことこそが中島にとっては『そんな奴はこの世に存在しない』と胡散臭く思える。本当に胡散臭いと思っている。そしてその胡散臭さこそが彼の唯一無二の魅力なのだと思う。他にこの空気感を出している人間を見たことが無い。こういう人種もいるのだと中島は思い、西川のことはかなり不思議なタイプの人間という認識でいる。
そんな西川がここ数年、生徒会の顧問をしている。
普段から、あまり積極的に関わっている様子は無い。生徒に任せきりにして、遠くから少し気にしている。必要な会に出席はするが、存在しているだけだと数年前の生徒会長が言っていた。中島はそれを聞いた時とても納得したのだ。西川らしいと。
しかしそんな西川でも、次の生徒会が人数不足で成立しないとなると問題なのだろう。少し不安そうな表情を浮かべている。
さて、どう出る?
中島は珍しい様子の西川を観察していたが、その気持ちが顔に出ないように細心の注意を払ってもいた。
「武田がダメでも1人立候補が出てるだろう」
探りを入れてみる。西川がああ、という顔をした。
「坂本ね」
「うん」
西川は顔を顰めた。
「坂本は、今まで生徒会に関わりが無いからなぁ。これから副会長をやるっていうならいいんだけど」
「ほう」
「武田が会長にならないんだったら、まだ今の会計の久住の方が適任かなぁ」
西川の言うことも最もだ。
「じゃあ久住に声かけてみるか」
中島はそんなふうにそっと水を向けてみた。
「うーん。でも坂本がやりたいって立候補しているのに教師の側から邪魔するのも問題あるしね」
西川は、そう言うとパラパラと机の上のダイアリーをめくった。
中島はニヤリと笑った。
「意外と考えているんだな」
「え?」
「生徒会のこと」
「まあ、顧問だしね」
それは中島には本当に意外だった。
「悩んでる?」
「いや…別に最後は何とかなっていくものだし」
そう言った西川に、中島はなんとなく慰めの言葉をかけたくなった。
「坂本、能力は高いよ」
大丈夫。なんとかなるさ。
そんな中島の気持ちが伝わったのか伝わっていないのか、西川は小さく頷いた。
「だろうね。真面目なイメージがあるよ。剣道部だろう?一年の時から大会の度に表彰されてる。成績も良いしね。多分、会長の職だって、就けばやり遂げる」
でも。
西川が言葉にしなかった言葉が、中島にも届いた。
でも、に続くはずの、西川の迷いの理由は分からない。
坂本が本人の希望通り立候補を取り下げ、武田がイヤイヤながら立候補するのが、西川にとって一番の解決策になるのだろうか。
珍しく物憂げだった西川を職員室に残し、中島は職員室を後にした。
西川にとっての最適解を想像しながら歩く。
西川にとってはそうだろう。
では、坂本にとっては。
生徒会に入ることは、彼にとって人前に出るチャンスなんじゃ無いかと中島は思う。本人が希望していないのは分かっているが。
じゃあ、視点を更に変えて、武田にとっては。
武田は、生徒会から抜け出したい。水原に誘われて『うっかり』生徒会に入ってしまったことは明らかだ。行事ごとや役割分担には責任感を持ってやり遂げる姿を目にしているが、会議の時の、あのやる気の無い様子。窓辺から通りを見下ろすために出席しているようにしか見えない。そしてそんな自由さを許す上級生たち。甘やかされている?いや…あの不思議な立ち位置は一体…。
だからこそ、先日生徒会室で水原と揉めていたのも気になる。あれは何だったのか。水原の唇の端の血。
殴られた?
…いや、武田がそんなことをするだろうか。中島の知る武田は、見た目や態度はやや尖っているが、内面はナイーブで、人と接する時は大抵穏やかなのだ。
ふふふ。
中島は笑った。
坂本への態度だけ、違うんだよな。
緊張?自分の心を見られないために必要以上にガードしている?素っ気ない態度。言葉足らずの。少し失礼な。
武田は面白いな。考え出したらキリが無い。
そんな武田だが…。
中島は更に考えていた。
生徒会を辞めたら彼は属するグループを一つ失う。部活に所属していない彼にとって、それはリスクが大きいのでは。
なんてね。
独りごちる。
生徒会なんて無くたって世の中回っていく。
人間観察は面白い。
少し、仕事に飽き始めていた中島にとって、この地味な攻防戦は意外なほど魅力的なものとなっていた。
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