第18話 稽古後

 稽古終わり、大石が何か話したそうにしているのに和志は気付いた。

 稽古前は和志から、気持ちを落ち着けたいと言って大石に距離を取ってもらった。稽古が終われば落ち着いているだろうと考えたからだった。

 その距離を取っている最中に、道場の近くで武田が待っていた。和志は武田と話そうと思い、稽古を遅刻することにした。

「あいつ、よく分からん」

 距離を縮められた気が一瞬したのだ。

 けれども、最終的には遠ざかって行った気もするのだ。

 武田は敵なのか、味方なのか。

 武田が和志と一緒になって、中島に反抗する勇気があれば面白いことになるのだが。

「…無理か」

 オーダーの制服に茶髪で、おまけに背が高くて、人一倍目立つ武田だが、話していると酷く真面目な男だ。責任感の強さを感じる。

 あと、武田は何かが起きた時に最後まで見届けるタイプの人間なのだろう。武田が生徒会長を引き受けようとしているのは、和志のことを気遣っての言動かと思ったが、いや実際そうなのだろうが、結局は武田は会長に向いている。そのことを彼自身誰よりも良く分かっているに違いない。和志よりも、武田の方がどう考えても適任なのだ。

 一年生とはいえ副会長を半年勤め、参加している部活もなく、真由の話ではクラス行事も最後まで付き合ってしまうお人好しで、そしてまあ…生真面目だ。背が高くて目立つし、見た目も悪くない。

 和志は目立つのが好きではない。これからもずっとひっそり存在していたい。その気持ちを理解してもらえないのが辛い、分かってもらえなくて悲しいと稽古前に強く思っていたが、そんな気持ちも今は晴れていた。

 どうせみんな他人だ。

 話してもいないことを理解してもらうのは不可能だ。

 自分の空気感から、他人に自分を分かれ、理解しろと思うのはただの傲慢に過ぎない。

 大石が自分のことを理解してくれているように思っていても、それに甘えてはいけない。大石は確かに和志がびっくりするほど和志のことを言い当てるが、全部知っているわけではない。

「帰ろうか」

 和志から、大石に声をかけた。

 概ね和志の気持ちが落ち着いているのを感じていただろうが、そんなふうに声をかけるとホッとしたような表情になった。



「武田は、何しに来たんだ?」

「…自分が会長やるから、俺は辞退していいって」

「おっ、武田やるねえ」

 大石がニヤニヤし、和志はため息をついた。

「俺を悪者にするなよ」

「してないさ。武田が凄いってだけで。で、相変わらず感じ悪かった?」

「うーん…」

 どうだろう。そんなに悪くは思わなかった。

「悪くは無かったけど、意思疎通の難しさは感じた」

「なにそれ」

 大石がキョトンとする。

「一緒に中島に抵抗しようって、軽く誘ったんだ」

「どうだった?」

「笑ってた」

 そうだ、あの時武田は楽しそうに笑ったのだ。

「笑ってたけど、でも最後に俺には辞退していいからって言って。一緒にレジスタンスはできなさそうだった」

「そっか」

 大石が言った。

「武田は忠犬って感じがするな」

「忠犬?」

 和志が聞き返す。

「お前に迷惑かけまいと必死なんだろ」

「違うだろ」

 和志は顔を歪めた。

「誰にも迷惑かけたくないんだよ、ああいう奴は」

 とにかく武田が何を考えているのか、分からない。

 肩をすくめた和志に、しかし大石は言った。

「お前が武田のことを自分にだけ感じが悪いって言ってたから、俺さっきも気にして見てたんだけど、あれ多分お前にだけ感じが悪いんじゃないぜ」

「え?」

「前に来た時も思ったけど、あいつ、お前のことだけビビってるか、緊張してる気がする。何かやったんじゃないのか」




 大石と分かれた後も、和志はずっとその言葉を思い出していた。

 武田が自分にだけ感じが悪いのは、感じが悪いのではなくて、ビビっていると。

 自分は武田に何か怖がらせるようなことをしただろうか。

 …思い出せない。

 真由狙い?

 真由が好きだから、その兄貴である自分に良いところを見せようと身構えている?

 …その可能性はある。

 むしろそれぐらいしか思いつかない。

 真由の彼氏を誰にするかは真由が決めればいいことだから自分は関知しないが、まあ人によっては兄弟関係を気にすることもあるのだろう。

 あいつ、生真面目だし。

 真由の彼氏に、悪くないかも知れない。

 どうでもいいけど…。



 そうやって一人で歩いているうちに、和志は今日も辞退届を出すのを忘れたことを思い出した。

「明日は出そう」

 出すとき、もう一度武田に言ってやろうか。

 真由から伝えてもらうのも良いかもしれない。

 一緒に中島をからかおうぜ。

 それで、どうしても武田が辛いんだったら、無理しているんだったら。

 和志は考えていた。

 自分が会長になってもいいんじゃないかと。


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