第14話 待伏せ

 自分のことで美希と大石が揉めている。

 正論を言っているのは大石だと思う。

 けれども、和志には美希の遠慮のない言葉が刺さる。

 おそらくそれは、客観的に自分を見ようとしたことがあまり無かったからだと分かっている。


 

 自分って、イベントに参加してないように見えてるんだな。


 美希とは小学生の時からの間柄だけど、俺のことをもっと前に出ろって思っていたのか。


 いつから。

 いつからそんなふうに思ってたんだろ。


 稽古とか、勉強とか、自分さえ頑張っていれば何とかなることを、ずっと頑張ってきた。人一倍頑張ってきたと思う。

 そもそも『力を合わせて』とか『チームワーク』とかが得意じゃない。

 だから、意識していたわけじゃないけれど、結果的にそういう関係性のものを避けてきた気がする。

 チームワークを気にしなくても、上達できるものばかり努力している。


 でも、多分…これからもそうする。


 人間関係が、力を発揮する肝になるような戦いは自分の専門外だ。そう割り切って生きていく。得意じゃないから。

 居心地が悪いから。

 勉強はする。

 剣道も続ける。

 それは、すごく頑張る。


 それじゃダメなのか。

 ダメじゃ、無いはずだ。

 でも中島も美希も、良しとしていない。

 どうしてだろう。


「なあ、大石」

 口論している二人に、和志は割って入った。

「お前、どう思う?」

「え?」

「俺のこと、ずるいと思うか」

 そう訊いたら、二人の口論はぴたりと止んだ。




「別に、和志のことズルいとか思ってないよ」

 先に答えたのは美希だった。

「でも、そういうことじゃないのか?」

「違う」

「もっと前に出て、辛い思いをしろってことじゃないのか」

「違うよ」

「俺は自分にできることは努力してるつもりだけど、中島も美希も何か足りないと思ってるんだろ」

 和志は美希にそう言い切った。いつになく厳しい口調の和志に押され、美希が黙る。大石がフォローしようと口を挟んだ。

「それは和志、みんなお前に期待しているから」

 和志は大石の方に顔を向けて、じっと見つめた。

「お前もそう思ってんのか」

 大石がハッとした表情になる。しかしすぐに気持ちを立て直し、和志の腕をつかんだ。

「俺はさっきも言った通りだ。和志の好きなことをやればいいと思ってる」

「でも、美希たちの気持ちも分かるんだろ」

 言いながら、勝手に期待され憂鬱になっている自分に和志は気付いた。

 自分なりに頑張っているのに、どうしてこれ以上苦手分野のことまでさせられないといけないんだ。

 やればやるほど期待され、課題が増えるとしたら、それは底なし沼みたいで恐ろしい。

 どうせなら、ゴールがあると思いたい。

 本当は、ゴールなんて無いのだとしても。



 深呼吸をしてみた。



 腕を掴んでいる大石の手を掴んで、身体から離させる。

「ごめん。なんか、モヤモヤして」

 部室へ行くか、選管へ行くか。

 家に、帰るか。

 和志は考えた。

 自分は学生で、どこにも逃げられない。

 部室も、選管も、家も、与えられて行動できる範囲の世界だ。

 他の、どこにも行けない。



「……」



 和志は二人を置いて、黙って部室へ向かった。




 大石が追いかけてきた。

「なあ、和志」

 かけられた声を遮った。

「ごめん、稽古が終わったら気持ち、フラットになってると思うから」

 今は会話をしてもネガティブな感情しか出てこない。

「…わかった」

 大石が和志の空気を理解して頷いた。




 部室で道着に着替え、竹刀を持って道場へ向かう。その間も和志は黙ったままだったが、普段からよく喋るわけではなく、誰も気に留めなかった。

 大石だけが時々様子を伺っている気がした。

 道場が見えた時、同時に最近見慣れてきた『のっぽ』が立っているのが見えた。

 和志は「武田だ」と思ったが、気持ちがかなり落ちていたからか、それ以上の感情が全く湧かなかった。

 何も考えずに進む。

「坂本さん」

 武田が和志に声をかけた。

「何?」

 和志はかなり酷い目付きで返事をしてしまったと思った。

「あの」

 武田が周りを一緒に歩いていた数名の剣道部員をチラッと見た。和志もつられて仲間を見渡す。


「先に行っておいて」

 和志がそう告げると、大石が「了解」と言って先に歩き始めた。

 武田と二人きりになる。



「で、何?」

 機嫌が悪くて悪いね、と内心思いながら見上げると、武田は和志を真剣な眼差しで見つめていた。

「あの、僕」

 武田はそこで言葉を切った。

「?」

 和志が表情で問いかける。

「僕、これから立候補の届を出します」

「え?」

 和志は心底驚いたが、その様子にも気付かず武田は続けた。

「坂本さんは、辞退届を」

「なんで?」

 和志は思わず武田の両腕を掴んだ。

 

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