第13話 三つ巴



「行こうぜ、和志」

 ホームルームが終わって、大石がそう言いながら近づいてきた時、和志はそれを部活への誘いだと思った。

「今日は委員会は無いのか」

 質問に、大石は答えず和志の肩に手を置いた。

「まだ出してないだろ」

「え?」

「辞退届」

 大石には何故か性格が見抜かれている。



 和志と大石は、中学時代からお互いの顔を知っていた。剣道の大会で毎度顔を合わせる地区内のライバルだったからだ。決勝や準決勝でも何度も対決した。が、まともに言葉を交わしたのは高校に入ってからだ。

 和志には、大石が旧知の仲のように思える時がある。

 お互いの剣道の癖を知り尽くしているからか。技の出し方に性格は出るものだ。



「お前は俺のことを良く知っているね」

 和志は肩に置かれた大石の手を払い除け、鞄を持った。

「だろ?」

「怖いよ」

「和志は単純なんだよ」

「そういうふうに言うのはお前だけだ」

「だろうね」



 二人で教室を出る。

「まあ、和志がやりたかったら止めないけどな」

 生徒会のことだ。大石の言葉を聞いて、和志は首を小さく横に振った。

「いや、そうするとお前に迷惑がかかる」

「迷惑?」

 大石が立ち止まり、つられて和志も動きを止める。

「何で?」

 大石が改めて訊いてくる。和志は答えた。

「お前は副部長だから、俺が生徒会に入って忙しくなると、部の方で色々カバーしてもらわないといけない」

「ああ」

 大石が、ため息のようにそう言って、そして歩き出した。和志もまた並んで歩き始める。

「いいよ、別に俺は」

「良くないよ」

「俺だって、毎年文化祭の運営委員になってるだろ。部活に穴を開けて。誰も文句言わない」

 大石が和志の肩に腕を回す。お前の腕は重いんだよ、と和志は思ったがそのままにさせた。

「要は和志がやりたいことがあれば、やれば良いんだよ。みんなでカバーできる。誰か一人我慢してたら、みんなも我慢しないといけない空気になるだろ。俺はそういうのどうかと思うけど」

 大石の、こういう考え方が和志は好きだ。言われてみると納得するが、真っ先に思いつき、自ら実行しようとするところも尊敬している。

「俺への迷惑とか、どうでもいいんだよ。武田にも遠慮しなくていい。和志がしたいことをするにはどうすればいいかだけ考えてみろよ。やってみたいか、みたくないか、それだけだろ」

 前にもそんなことを言ってくれていたと、和志は思った。

「生徒会がどうとか、これまで考えたことがなかったから、正直良く分からないんだ」

「けどさ、嫌だったら一発拒否じゃない?そういうふうに言うって事は、ちょっとやってみてもいいかなって気持ちもあるんだと思うよ」

 そうだろうか。和志は自分の意志もちょっと分からなくなってきていた。

「やってみればいいじゃん。俺、和志は似合うと思うよ。生徒会みたいなの」

「似合うって…なんだよ」

 なんだよ、と思いながら、大石の勘のようなものに背中を押されそうになっている自分もいた。

「どうする?」

 大石が問いかける。

 二人は立ち止まった。



 部室に向かうか、選管に向かうか。

 その場所が分岐点だった。



 大石が和志を見つめる。

「何が引っ掛かってるんだろうな」

 和志も大石を見た。

 二人は少し考えた。



 最初は、武田が自分を庇っていることへの遠慮だと思っていた。態度の悪い武田のことを思い出すと少しムカムカしたが。

 でも本当は、自分は少し生徒会に興味があるのだろうか。

 学校などで目立つことは苦手で、避けてきた。子どものころから活躍の場は剣道にあった。学校では地味に潜んでいても、勉強などは割と真面目に取り組むので成績も悪くなく、歴代の担任からぞんざいな扱いを受けたことも無かった。


 それで、結構幸せなんだけどな。

 ちょっと新しいことをしてみたい自分もあるのだろうか。

 いや、正直面倒くさいと思っているよ。

 これから部長の職もあるし。

 部長だって、そこそこ書類や面倒なものを片付けないといけないイメージがある。

 生徒会なんて、もっと未知の世界だ。

 うちの学校の生徒会は結構忙しいという噂だし…。



 逡巡していた時、後ろから声がした。

「何くっついてんの」

 その声にびっくりして振り返ろうとして、和志と大石は互いの頭をぶつけた。

「いてっ」

 ぶつけて、離れた。

 後ろから近付いてきていたのは美希だった。


「あ、ある意味もう一人の元凶」

 和志が思わずつぶやくと、『何が元凶よ』と美希が顔をしかめた。


「お前が中島の手先になって立候補させたから、和志が悩んでる」

 大石が言うと、美希は『まだ悩んでんの?』と言った。

「ほんと、優柔不断よね。取り下げるって言ってたじゃん。まだなの?」

 勝手に立候補させておいて、なんでこんなふうに言われないといけないんだろうと理不尽さを感じながらも、和志は美希が来たことにホッとしていた。



 そうだ、忘れていた。

 どうして自分が立候補させられなくてはならなかったのか。

 それを追求することを忘れていたのだ。



「なあ、美希。どうして俺だったんだ?」

「何が?」

「中島も美希も、どうして俺にしようと思ったんだ」



 和志にとって、自分は世界で一番平凡な男だ。

 そして、特に波風の立たない場所で静かに同じ毎日を過ごしている。

 それをどうしてこんなふうにされないといけなかったのか。


 

「なんで俺なんだ」

 美希に問いただす。

「なんでって、理由は無いよ」

 美希がしれっと答えた。

「そんな」

「最初に声をかけてきたのは中島先生。成績も良くて部活の実績もある、でも学校行事の参加イメージが低いと言って、和志はどうかと訊いてきた」

 その美希の説明に大石が待ったをかけた。

「なんで直接和志に言わなかったんだ」

「和志が絶対に断るって、私も中島先生も分かってた。でも巻き込まれたら真剣になる性格だってことは私がアドバイスした」

「お前、友だち売ってんじゃねえぞ」

「売ったつもりは無いよ。私も和志のそういう身を隠す性格はちょっと気になってた。もっと表に出ればいいって」

「それはこいつの勝手じゃん。なんでお前らが勝手に」



 二人が口論になっている間、和志は美希の言葉を反芻していた。

 中島にも美希にも、そういうふうに思われていたんだなと思った。

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