第6話 訪問客
「なあ、小出の学年に武田っているだろう」
和志は、剣道部の後輩に訊いてみた。小出は和志が最も信頼する『あんまり考え事をしない嘘のつけない子』だ。
「武田ですか?背の高い?」
小出の返しに、和志は慎重に頷いた。
「中学校一緒でしたよ」
いきなり知り合いにヒットして、和志はドキッとする。
「…どんな奴?」
「え?ちょっと独特なところあるけど、良い奴です」
「独特…?」
「マイペースっていうか。中学では珍しく部活入ってなかったんですよ。普通、内申に響くからって名前だけでも入ってることにするでしょ。そういうのが嫌いらしくて」
その言葉に、和志は武田と中島の会話を思い出した。確かに、武田は役に就くことや責任感について独自の理論があるような感じだった。
「けど、部活に入ってなくてもなんか友だち多いんです。面倒なこともやってくれるし、困ってる人に気づくの早くて、すぐ助けてくれるんで」
すぐ助けてくれる。
和志は小出の言葉を反芻しながら、さらに訊いてみた。
「不愛想だったりする?」
「不愛想ってことは無いかな。一緒にいて気になったことないから。うん、結構ニコニコしてましたね。たまにぼーっとしてて何考えてるか分からないけど」
「ぼーっと?」
「何人かで喋ってる時とか、一人だけ聞いてないことがあるんです。それで集合場所間違ったり」
言いながら、小出は何か思い出し笑いをした。
「一度、何考えてた?って聞いたら、象のしっぽの曲がり方のことを、かなり真剣に考えてたとか言って象の話を熱弁されて。ちょっとヤベェ奴かもって。でも面白いヤバさで俺は好きです」
「象?」
和志は思わず首をかしげた。
「よく分かんないんですよね。あ、成績は良いですよ。英語と社会が得意だった気がする。多分今もいいんじゃないかな」
中島から受け取った辞退届は、まだ和志の鞄の中にあった。
本当は、受け取ったらその場でサインして中島に渡すつもりだった。
武田は感じが悪い。助けてやるつもりは無い。
それでも辞退届をストレートに提出できなかったのは、武田に対する自分の印象と周りの話に差がありすぎることが原因だった。
みんなの話を信じるなら武田は良い奴ということになりそうだし、中島の話を信じるなら和志を庇っていることになる。このまま黙って辞退届を出すのは不義理な気がして不安になる。ましてや相手は年下だ。役を押し付けるようなことはしたくない。しかし。
いや、だって、あれ、滅茶苦茶感じ悪かったぞ。
「なんなんだよ」
和志は呟いた。
なんで自分にだけ感じが悪いんだ。
「ふぅ」
ため息をついた。
部室で道着に着替え、道場に向かう。
人の気配がして和志が顔を上げると、真由と武田が並んで歩いてくるのが見えた。
え?と立ち止まる。
なんで一緒に?
同じクラスだから別に普通か。
付き合って…ないよな。
なんか似合ってなくもないな。
身長差がすごいな。
それにしてもなんで一緒に?
近づいてくる二人以外、時計が止まったみたいな世界の中で和志の頭の中がぐるぐるする。
真由に武田のことを訊いた時、良い人だよと言っていたけど、それ以上の情報は無かったよな。
好き…とかじゃないよな。
真由のタイプってどんなだっけ。
あれ?
…知らないな。でも、妹の好みなんて、知ってたら気持ち悪いか。
武田がタイプだったら?どうだろう。
周りの評判は悪くなさそうだけど。
でも俺の評判は悪いよ。
だって俺にだけ態度悪い。
真由は「良い人」って言ってたけどさ。
あ、それよりも。
俺を庇ったり態度が悪かったり、武田はもしかして俺が真由の兄貴と知っててやってるのか?
真由狙い…?
だったら俺の機嫌、取っておけよ。
もうちょっと…普通に接してくれれば…。
いや、駄目だ。普通に接してたって駄目だ。
だって、なんか、なんか…モヤモヤする。
なんか、スッキリしない。
だって…。
…でも。
「お兄ちゃん!」
真由が和志に手を振った。
呪いが解けたみたいに、和志の周りの空気も動き出す。
真由の隣にいる武田が和志に軽く会釈をしたが、相変わらず和志には彼が不愛想に見えた。
「お兄ちゃん、武田くんに道場に来て良いって言った?」
真由が和志を見上げる。
そんなことは…。
「…言った」
道着姿を珍しがって付いてきたとき、そういえば言った。
「そうなんだ。でも、武田くんが道場にいきなり居たら変だよ」
「まあ、確かに」
真由はちゃんとしたことを言う。そう。和志はあの時、その場凌ぎで適当に言ったのだ。
「でね、道場の奥の、勝手口の近くだったら見えるし、誰か居ても悪くないと思うけど」
真由が代案を出す。確かにその案は良い。ちょうど良い。
しかし。
「見たいの?」
和志は武田を見上げた。
武田は和志を見下ろして、感情の分からない顔でじっと見ている。和志はもう一度訊いた。
「本当に見たいの?」
武田がこくんと頷いた。
「真由、連れてってやってよ」
真由に、武田を案内するように言った。
二人がお互いに興味があるならその方が良いだろうと思ったからだ。
和志は、まるでお見合い仲介者になったような気がした。後はお二人で仲良く、といったところだ。気乗りはしないのだが。
ところが、武田は和志を指名した。
「いえ、坂本さんが…お兄さんが連れて行ってください」
和志も、真由も『え?』と顔を上げた。
「見に来て良いって言ったの、お兄さんでしょ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます