第4話 策士
坂本が去った後も、直人はその後姿を目で追った。
この角度から、あの道着や防具を身に着けた姿を見ることがなかったので新鮮だった。
角を曲がり、坂本の姿が見えなくなると緊張が解けて大きなため息が出た。
「おい、武田」
中島が直人に声をかけた。
「はい」
中島の方に向き直る。
中島は何か言おうとして、口を動かして、それから一度唇を引き結んだ。
なんでもズバッと言う中島には珍しい様子で、直人は首をかしげた。
「先生、なんでしょう」
「お前、さ」
中島が、言いかけて少し周囲をきょろきょろと見まわした。声を潜める。
「お前、坂本と生徒会やりたいだろ?」
直人はギョッとしてほんの少し片眉を上げた。そして、ゆっくりと元の表情に戻した。
「どういう、ことですか」
平常心を保とうとした。しかし、中島は更に意味深な言葉を呟いた。
「大丈夫。誰も気付いていないと思う」
大丈夫?
誰も?
誰も気付いていない?
「…何が…」
しかし、直人の口から思わずこぼれたその質問に、中島は答えなかった。
「俺は坂本を生徒会に入れたい。理由はお前とは別の所にある」
知られている。
何故か中島に。
直人の心臓が早鐘を打つ。首筋から背中へ冷汗が流れた。
「何のことですか?」
どんなふうに、どこまで知っているのだろうか。中島の発言はハッタリもあるかも知れない。あまりぺらぺらと情報を出すのは良くない。直人はそう思って慎重になった。しかし、その緊張した空気こそが答えだった。
中島が口元に笑みを浮かべた。
「それはさておき、さっきの態度はないぞ」
中島は、少し砕けた様子で続けた。
「坂本を助けるつもりだったんだろうが、めちゃくちゃ冷たかったぞ」
「え?」
話が意外な方向に進み、直人は思わず反応してしまった。
「だいぶ誤解されてるぞ」
「誤解って」
「お前のクラスに坂本の妹がいるだろう。誤解を解きたいならあいつに何か言っておけよ。あの兄妹は仲がいいから筒抜けになる」
中島は、かなり正確に直人の状況を掴んでいる。しかも味方になろうとしている気がする。いやしかし、気は抜けないのではないか。
「先生」
「誰にも言わないよ。お前にも言うつもりは無かった。でもさっきあんまり緊張して態度がおかしかったから」
その言葉に、何故だか直人の張りつめていた気持ちが緩んだ。大きなため息をつく。
中島が、直人の肩に手を置いた。
「最初は妹のほうかと思ってた」
「違います」
答えながら、直人は中島のことを信用しようと思った。
「あの兄妹、結構似てるだろ」
「全然、似てません」
強く言い切る直人の様子に、中島は「ごめんごめん」と笑った。
笑って、また少し周りを見回してから、直人に告げた。
「明日坂本に辞退届、渡すぞ。いいか?」
「はい」
それについて反論は無い。直人は素直に頷いた。
「今日のお前の態度、俺からもフォローしておく」
「余計な事は言わないでください。別に、感じの悪いままでいいです」
そう言うと、中島は『そうか?』と片眉を上げた。
「それとさ、坂本が逃げた責任取って、お前が会長やれよ」
そういう言い方をされると弱いが、それとこれとは別だと思う。
「嫌です」
「じゃあ、坂本に会長やってもらおうかな」
その言葉にびっくりして、直人は中島をまじまじと見た。
「先生」
咎めるように言うと、中島は今日一番教師らしからぬニヒルな表情になった。
「誰かがやらないといけないんだよ。お前が愛する坂本を、身体を張って守れって話。どうする?」
この先生は性格が悪いな。
生徒会室に戻った直人は、またため息をついた。
すべてを知っていた中島が、誰かに坂本の立候補届を出させたのは、まわりまわって自分に立候補届を出させるためだったのだ。坂本が辞退したいと言い出すことなど中島にとっては想定内だったのだと直人は知った。しかし同時に半年間秘めていた片思いが否定されなかったことに妙な安堵を覚えていた。中島が言った『愛する坂本』という言葉が、何故だかしっくりくる。
いや、自分は見た目が好きなだけ。
ううん。
見た目から入って、多分、好きになった。
愛する、は言い過ぎだけど、でも。
何故だかしっくりくる。
しかし、もちろんあからさまな肯定はできなかった。
はっきりとものを言った中島よりも、片思いを隠そうとしている自分の方が卑怯な気がした。『愛する坂本』の言葉を、自分のために肯定すれば良かったと直人は思った。
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