第2話 出会い
和志が体育館控室に来ると、ドアに「選挙管理委員会」と書いた紙が貼られていた。これまでもこの前を通りかかったことがあるはずなのに、興味が無いと全く目に入らないものだと思う。こういうことは人生においてよくあることなのだろう。意識をして対峙しないと必要な情報は入ってこないし、時に大切なものを見逃してしまう。
そんなことを考えながらドアをノックすると、『どうぞ』と、そこそこ聞き慣れた声が聞こえてきた。
「失礼します」
「いらっしゃい」
数名の生徒たちに混ざってパイプ椅子に座っていたのは、担任の中島だった。
「先生」
その中島の少しふざけた表情を見た瞬間、和志には全てが分かった。
「美希に届けを出させたんですね」
問い質す和志に、中島は驚く様子もない。
「どうして。会長は」
会長は武田で決まっているのに。
和志はそう言おうとしたが、
「坂本、出ようか」
立ち上がった中島に遮られた。
「辞退届を出しに来たんですけど」
「そうか」
中島の反応は鈍い。
「自分は生徒会に興味がないし、これまでも全く協力していませんので、できません」
「じゃあ、副会長は?」
そうきたか、と和志は苦い顔をしながら即答した。
「嫌です」
あまりの即答に中島は少し考えるようなそぶりを見せて、そして諦めたように顔を上げた。
「武田!」
大きな声で呼ぶと、階段のあたりから武田がぬらりと現れた。生徒会室に戻っていなかったのだ。
「坂本は辞退したいそうだ」
中島がそう言うと、武田は頷いた。
「嫌がっているんだったら、その方が良いです」
スパっと意見を言う。
そりゃそうだろう。武田にすればライバルは減った方がいい。和志は中島に言った。
「現役副会長もこう言っていることですし、辞退届の用紙ください」
しかし、中島は和志の言葉を無視して武田に話しかけた。
「武田。それでいいか」
それに対し、武田は軽く頷いて答えた。
「はい。嫌々引き受けたことに責任感は出ない。生徒会はそういうものじゃないので」
どうして自分を無視して会話しているのか分からないが、和志には、いちいち武田の言い方が気に障る。
中島が呟いた。
「坂本は引き受けたことは投げ出さないけどな」
その呟きを受けて、武田が言い返した。
「でも、やりたくないんでしょ。くださいと言っている辞退届を渡さないのも横暴ですよ」
ちらりと和志を見下ろす。
嫌な感じだ、と和志は思った。
そのまま、二人はしばらく睨み合っていた。
「じゃあ明日の朝、教室で渡すから」
仲裁に入るかのように、中島の声が二人の間に割って入った。
「真由の学年に武田っているだろ。…どんなやつ?」
家に帰ると、和志は妹の真由に訊いた。真由の答えは意外なものだった。
「え?武田くん?良い人だよ」
「そうなのか」
「クラス一緒だけど結構面倒なこと引き受けてくれたり。あと背が高いから、高いところのもの取るとき必ず呼ばれてる」
「面倒なこと?」
「なんか、ほらクラスで作る旗とか、残って仕上げないといけないときに残ってたり」
和志はふーんと聞いていた。自分に対する態度とはずいぶん違うようだ。
「って、何かあったの?」
「…いや」
せっかく真由が同級生に悪い印象を持っていないんだったら、変なことは言うまい、と和志は思った。
「あと、武田くんは方向音痴」
「方向音痴?」
「うん。みんなで歩いていたのに急にいなくなってて、後で聞いたら道に迷ってたり。だから校外学習以来みんな武田くんが迷子にならないように見張ってる」
見張られている武田のことを想像すると、少し面白くて和志はふふっと笑った。
真由の話を聞く限り、感じたほど嫌な奴でもなさそうだ。
では、武田は、どうして自分にあんな態度を取ったのだろうかと和志は考えた。
やはりライバルと認識されてのことだろうか。急にぺらぺらとこちらの情報を言い始めた時には、ちょっと怖くてゾッとした。
あと、生徒会を舐めていると思われている節もあった。自分で立候補したわけではないので、あんなふうに言われる筋合いも無いのだが、武田はとても冷たい様子だった。
「……」
真由から聞いた話と、今日の印象とがあまりにも違い過ぎる。もしかして、男子と女子とで見せる顔が違うのだろうか。
もう少し、他のやつにも聞いてみよう。
和志は武田に興味を持ち始めたが、自分が武田に興味を持ち始めたことには気付いていなかった。明日、中島から辞退届をもらって出しさえすれば武田との縁も完全に切れるのだが、そのことにさえ気付いていなかった。
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