第15話 登録失敗

「ごめんくださーい」


 ドアを押し開け、そっと足を踏み入れる。

 繁華街の裏路地にある魔獣店は、薄暗く湿った空気が漂っていた。これは、魔獣の好む環境を作っているせいだ。


「はいはい、なんのようだね」


 鼻眼鏡で小太りの偏屈そうな老人が店の奥から顔を出す。この人が店主らしい。私を見るなり、彼は嫌そうに眉を顰めて、


「道に迷ったのかい? お嬢ちゃん。ここはあんたみたいな娘が来るとこじゃないよ」


 ……前言撤回。、じゃなくてジジイだ。


「目的地はここです。今日は魔獣の登録をしに来ました」


 一応敬語を使う私に、店主は呆れたようにため息をつきながら近づいてきた。


「なんだ、どこかで魔獣の子を拾ったか。最近の若いモンは可愛いからって魔物を拾って簡単に捨てるか食い殺されるかするからな。王都で年間どのくらいの野良魔獣被害が出ているか知っているか?」


 ……なんで善良な王都民の私が勝手な憶測で説教されなきゃならないの?

 でも、私も成人した大人だから、理不尽にも笑顔で堪えるよ。たとえ理不尽を言ってくる奴も大人だったとしても。

 アルカイックな微笑みを浮かべたまま黙って聞いている私に、ジジ……店主はのそりと近づいてきた。そして、私の腕の中の白い獣を見て、驚愕に細い目をこれでもかと見開いた。


「こ、この魔獣は……窮奇じゃないか!」


 はい、そうです。


「しかもアルビノ! 翼まで白いなんて……」


 店主は鼻眼鏡のフレームを動かして色々な角度から窮奇を凝視し、指でつまんで翼を広げさせて大興奮だ。

 そんなに珍しい個体だったの?

 私は不機嫌そうに唸る窮奇の口を押さえておくので精一杯だ。甘噛でもけっこう痛いよ。

 店主はうむと独りで手を売った。


「この窮奇、金貨七百枚……いや、八百枚で買い取ろう!」


「嫌です」


「な!?」


 即答した私に、店主は愕然とする。


「何故だ!? 物のわからん小娘が持つにはふさわしくない品だぞ!」


 ……いちいち勘に触るな、このジジイ。


「ええい、それなら八百五十でどうだ!」


「お断りします。それより所有者登録してください」


 もう、とっとと終わらせよう。

 表情を消して淡々と頼む私に、店主は落胆のため息をついて、


「よかろう。それなら金貨百枚だ」


「はぁ!?」


 今度は私が驚愕する番。


「所有者登録って、金貨五枚くらいでしょう? こっちだってちゃんと調べて来てるんですけど!」


「うちは百枚だよ」


 店主はふんっと鼻で笑う。


「できないなら魔獣に食い殺されるまでだ。窮奇の主食は人肉だぞ? 嫌ならワシが買い取ろう。そうさな、金貨五百枚で……」


 ……ぷっちーん。


「おい、ジジイ」


 気がつくと私は、店主の胸ぐらを掴み上げていた。


「私の大切な家族を値踏みした挙げ句、ぼったくるなんていい度胸ね。あなたに頼るなんて、こっちからお断りよ」


 睨みつけて凄むと、私は手を離した。腰が抜けたのか、店主はその場に尻もちをつく。

 私はそのまま踵を返して立ち去ろうとしたが、


「け、憲兵に通報するぞ!」


 店主はしつこく絡んできた。


「未登録の魔獣を飼っているって、憲兵に言いつけてやる! お前は逮捕されて、魔獣は殺処分だ!」


 ……もう、この小悪党を相手にするのうんざりなんだけど。


「通報すれば?」


 私は顔だけ振り返って吐き捨てる。


「私の名前は、エレノア・カプリース。王国騎士団所属よ。文句があるなら騎士団にどうぞ」


「ひ……っ」


 引きつった顔で凍りつく店主を置いて、私は店を出る。

 後ろ手にドアを閉めてから……。


「……やっちゃったぁ……っ」


 私は蹲って、自己嫌悪に頭を抱えた。

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