第16話 新たな出会い(1)

 ……はぁ。

 肺が空っぽになるほど大きなため息を吐き出す。

 やってしまった。

 騎士団に入団前なのに、権力をひけらかしてしまった。

 でも、ああいうやからにはハッタリが一番有効なのよね。下町育ちの知恵だけど。でも、下町に育まれた鉄火なところもどうにかしないとな……。

 落ち込む私を見上げて、猫サイズの虎がミィと鳴く。


「慰めてくれるの? ありがと」


 顎を撫でると気持ちよさそうに目を細める。ああ、可愛い。連れて帰って良かった。

 私の行動に間違いはなかったと確信していると――


「おい、出せよ」


 ――通り過ぎた辻から、剣呑な声が聞こえた。

 私は思わず後ろ歩きで数歩戻って角を覗き込む。

 袋小路の先には、四人の男がいた。私に背を向けた男が三人、その男達に囲まれるように、頭一つ小さな男――少年――が一人。

 状況からしてこれは、街のゴロツキに少年が絡まれているのだろう。


「ほら、さっき本屋から出てくるの見たぞ。高そうな本買ってたじゃねぇか」


「金持ってんだろ? おにーさん達に恵んでくれよぉ!」


「今出せば、痛い思いをしなくてすむぜ?」


 ゴロツキどもは口々に少年を恫喝する。濃い紫のローブを着た少年は、胸に分厚い本を抱きしめ、怯えたように眉を顰めてゴロツキを見つめている。


「ほら、なんとか言えよ、ガキが!」


 男の一人がナイフを取り出した。

 ……大変、憲兵を呼ばないと!

 私が慌てて駆け出そうとした……その時。

 少年が、口の中で何かを呟いた。

 ……やばっ!

 ゾゾゾッと肌が粟立ち、窮奇も尻尾を二倍に膨らませて威嚇音を発する。私はとっさに袋小路に飛び込んでいた。


「ちょっとあんた達!」


 窮奇を小脇に抱え、もう片方の手でゴロツキどもをビシッと指差す。


「カツアゲなんてダサい真似、今すぐやめないさい! さもないと、どうなっても知らないからね!」


 突然の闖入者に男達はぽかんとして……すぐにゲラゲラ笑い出した。


「威勢のいいお嬢ちゃんだな!」


「なんだよ、お前も俺達の相手してくれるのか?」


 下卑た笑みを浮かべて男が手を伸ばしてくる。私はその手首を取って後ろ手に捻り上げた!


「いてぇ!」


 さっきの笑顔はどこへやら、男は情けない悲鳴を上げる。


「こ、この!」


 もう一人の男が殴り掛かって来たので、その進路に拘束してた男を突き飛ばす。


「うをっ!」


「ぐへっ!」


 正面衝突した男達は団子になって地面に転がる。……コントか。


「てめぇ、よくも!」


 最後に三人目の男がナイフを構えて睨んでくる。

 こちらには得物がない。制圧する自信はあるけど、無傷でいられるかどうか。

 ……切り傷作ったら、グロウスとクラインが悲しむかな。フィルアートの剣を受け止めようとした時も、後からお兄ちゃんズに大泣きされたんだよね。

 なんとか毛ほども刃先をかすらせず仕留めなきゃ。

 めちゃくちゃにナイフを振り回しながら、男が私に向かってきた……瞬間!


 ゴウッ!!


 腕の中の窮奇が身を乗り出して咆哮を上げた。

 傍で雷が落ちたようにビリビリっと空気が振動し、高音の波が鼓膜をつんざく。


「ひ、ひぃ……」


 あまりの衝撃に、男はへたり込む。


「お、覚えてろぉ」


 腰の抜けた三人は、お互いを支え合うように肩を組んでよろよろと、袋小路を這い出ていく。


「やったね」


 私が窮奇に目を遣ると、白金の毛玉はドヤ顔で「撫でて」と頭を私の手に押し付けてくる。うむ、可愛いは正義。

 猫科魔獣を存分に撫でながら、私は壁を背に動かない少年に足を向けた。


「大丈夫?」


 訊いてみると、彼はこくんと頷いた。年は私より若そう。十五・六歳かな? 線が細く可愛らしい顔立ちだ。


「ありがとう、お姉さん。お陰で助かったよ」


 ニコッと笑う少年に、


「ええ、助かって良かった」


 私も微笑み返す。


「……あのゴロツキ達が」


 続く言葉に、少年はあどけない笑顔を凍りつかせた。そして……口角を上げて、ぞっとするような妖艶な笑みに変える。


「なぁんだ。バレてたんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る