第12話 卒業パーティー(1)

 色とりどりの魔法の光球がホールの天井を漂い、紳士淑女を華やかに染め上げる。

 パルティトラ王立学園第七十二期卒業記念パーティーの夜。

 卒業生とパートナー達はそれぞれに優美に着飾り、ごちそうを摘みながら談笑したり、荘厳なオーケストラの調べに乗ってダンスをしたりしている。


「卒業おめでとう、ジルド」


「おめでとう、ハンス」


 声をかけてきた同期生に、伯爵令息ジルド・モントレーはグラスを合わせた。


「明日からは教室で会えなくなるなんて寂しくなるな、ジルド。それに……」


 ハンスは、友人の腕にしなだれ掛かり幸せそうに微笑んでいる彼女に口元を綻ばせた。


「……リラ。やっとジルドに想いが届いたのか」


「ええ。ジルドったら、ずっと気づいてくれないんだもの」


 グッテン子爵令嬢リラは、熱い眼差しで恋人を見上げる。


「僕の気を惹きたくて可愛いいたずらを繰り返してしたんだって。いじらしいだろう?」


 こいつぅ! とおでこをつっつくジルドに、リラはてへっと舌を出す。

 ……殺人未遂が可愛いいたずらですか、そうですか。


「僕達は大きな障害に阻まれかけた。でもそれで気づけたんだ。真実の愛に!」


「ジルド、素敵……」


 明後日の方を向いて拳を固めるジルドに、リラの瞳はハートマークだ。


「障害っていえば、ジルドが粉かけてた男爵令嬢はどうしたんだ? ほら、いつも青白くておとなしかった


 ハンスの問いに、ジルドは表情を曇らせる。


「彼女には悪いことをしたよ。でも、これは正しい道へと踏み出す工程プロセスだったんだ。僕よりいい男なんて早々現れないだろうが、彼女には分相応の幸せを掴んでもらいたいものだね」


「本当に。可哀想だけど、これが運命よね」


 伯爵令息と子爵令嬢の恋の盛り上がりは最高潮だ。今にもキスしてしまいそうな距離で熱く見つめ合う二人。その唇がいよいよ重なる……寸前。


 ザワッ!


 パーティーホールの雰囲気が一変した。

 会場の扉が開き、入ってきた一組の男女に卒業生達の視線が釘付けになる。

 男性は細身の長身。黒髪をオールバックに撫でつけ惜しげもなく秀でた額を晒した、鋭利で秀麗な顔立ち。透き通るような琥珀の瞳は王家の証だ。濃紺のフロッグコートの似合う彼は、パルティトラ王国第三王子、フィルアート・サンク・パルティトラ。

 そして、彼の腕に手を添え、たおやかにエスコートを受けているのは……。

 腰まである夕焼け色のオレンジブロンドを複雑に編み上げ、白い肌に映えるドレスは萌黄色。胸元には大粒ダイヤをいくつもあしらったネックレス。長い睫毛に縁取られた新緑色の大きな瞳が印象的な、この私。

 エレノア・カプリースだ。

 在学中ひたすら控えめで存在感が薄かった女学生が、突如自国の第三王子(イケメン)をパートナーに登場したのだ。みんな、驚きを隠せない。

 私とフィルアートが一歩踏み出す度に、人々が左右に下がっていく。神話の海を割る賢者になったみたい。

 うひょひょ! 気分いいぞ!

 私達は堂々と足並みを揃え、目的地へ向かった。

 それは……、私の元婚約者のいる場所。

 ぽかんと口を開けて凍りつくジルドとリラの前で立ち止まり、私はにっこり微笑んだ。


「ごきげんよう。ジルド様、リラ様。ご婚約、おめでとうございます」


 私の祝福の言葉に、二人はあわあわ狼狽える。


「いや、エレノア、これには……」


 言い訳しようと必死なジルドに、私は完璧な笑顔を張り付かせたまま、


「何も仰らなくてよろしいのですよ。あの日、リラ様がを起こしてくださったお陰で、わたくしも素敵なパートナーに巡り会えましたから」


 ヒッ! と悲鳴を上げるリラを無視してフィルアートを「ね」と見上げると、彼は穏やかに目を細めた。


「私の婚約者がお世話になったようだね」


 表情とは裏腹な棘のある声に、二人の貴族子女は震え出す。


「で、殿下、あの……」


「エレノアのことは任せ給え。二人はご自由に」


「ジルド様、リラ様、どうぞ末永くお幸せに」


 肩を抱き寄せるフィルアートに寄り添ってかつての婚約者とその恋人に憐憫の視線を送ると、私は踵を返した。

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