第13話 卒業パーティー(2)

「くっはー!」


 ビバレッジカウンターで甘めのカクテル(ノンアルコール)を呷って、私は気分爽快だ。


「見た見た? 二人の顔! 屍鬼グールにでも遭ったみたいに怯えちゃって!」


 私は表面上はしとやかに、でもフィルアートにだけ聴こえる声で大はしゃぎする。猫かぶり歴が長いから、こういう擬態は得意なんだから。


 ……事の発端は数日前、フィルアートとのデートから帰ってきた直後のこと。


 部屋に戻った私は、ジルドからの手紙を見つけた。

 その内容は……驚愕のものだった。

 時節の挨拶から始まった手紙には、殺人未遂で逮捕されたリラへの被害届を取り下げて欲しいという文言が綴られていた。

 この国では、犯罪のほとんどが親告罪だ。世間を揺るがす大罪は別だが、基本的に被害者が訴えない限り加害者は無罪放免になる。だから貴族の犯罪は金に明かして示談になるケースが多い。

 つまり、今回は私が事件にしなければ、リラに犯歴は残らないってわけだ。

 ……まあ、私も無傷だったし、同い年の娘さんがいつまでも投獄されているのは可哀想でもある。でも、相手が私じゃなかったら、殺人未遂でなく殺人になった可能性もあるし、簡単に赦すのも良くないんじゃないかな……。なんて思いながら読み進めていくと。

 実は既に、親が大金を積んでリラ嬢は釈放されていると書いてあった。更に、私が被害届を取り下げないのなら、カプリース男爵家に圧力をかけるとも。

 そして最後に、


『リラは僕を想って小さな過ちを犯してしまった。僕のためにそこまでしてくれるリラに、僕は愛をもって応えたい。僕はリラと結婚して、一生彼女を守るよ。エレノア、君は強いから一人でも平気だよね。僕達は真実の愛のために二人で障害を乗り越えてみせるよ!』


 ……と結んであった。

 へえ……。私って、二人の愛を盛り上げるための小道具障害だったんすか……。


 …………ぷちっ。


 理性の糸が切れた私は、兄達にめいっぱい愚痴ろうと居間に飛び込んだ。そしたら、そこにタイミングよくフィルアートがいて、思わず頼んでしまったの。


『騎士団に入るから、私のパートナーとして卒業パーティーに出て!』


 って。

 ……我ながら、恥ずかしい取引を持ちかけたものだ。でも……。

 ちらりと横目で見ると、バーカウンターにしゃもたれ、ウイスキーグラスを傾ける王子様は、ため息が出るほどカッコイイ。

 周りの令嬢達も、声をかけたくってうずうずしているのが見て取れる。

 突き刺さる嫉妬と羨望の眼差し! 鳥肌が立つほどの優越感! 

 私の人選に間違いはなかったね。

 フィルアートだって私の体目当て(語弊)なんだから、こっちも利用するまでよ。

 でも、社交界嫌いって噂だったのに、ここまで完璧な『王子様』に作り込んできてくれたのは驚いたな。しかも、お母様の形見だというネックレスまで貸してくれて。……ちょっと罪悪感が疼くぞ。

 私の視線に気づいたのか、フィルアートはグラスをカウンターに置いて手を伸ばしてくる。


「踊ろう、エレノア」


 ……これは無料オプションかしら?


「ええ、喜んで」


 私は令嬢らしく微笑んで、彼の手を取った。

 ボールルームに進み出ると、音楽に合わせてステップを踏み、華麗にターンする。


「ダンス、上手いな」


「殿下こそ」


 虚弱設定だったからダンスの授業に出たことはなかったけど、体を動かすのは得意だ。私はフィルアートのリードに合わせ、ボールルームを所狭しと駆け巡る。

 楽しいなぁ。こんなことなら、体育の授業に出ておけば良かった。

 下町庶民育ちの私は、出自がバレないように猫かぶっていたお陰で、まともな友人関係も築けなかった。もっと色々できたはずなのに……。

 物思いに耽りかけた私の足が止まる。タイミングよく、スローな曲が流れ出した。

 フィルアートは私を引き寄せ、ゆっくりと体を揺らす。


「どうだ、溜飲は下がったか?」


 無粋な囁きに、苦笑してしまう。


「ええ、とても。でも、婚約者は言いすぎじゃありませんか?」


 私は断ってるんだけど。明日から噂になったらどうしてくれる。


「ま、俺は諦めてないから」


 しれっと嘯く王子様。……面倒くさいな、この人。


「でも、あの二人の前でよく取り乱さなかったな。がんばったな」


「……は?」


 フィルアートは何言ってるんだろう?


「全然平気ですよ。元々私は玉の輿目当てでモントレー伯爵子息に近づいたんですから。プライドは傷つきましたが、心と体は無傷です」


 ヘラヘラ笑う私に、王子は笑わず、


「それだけ?」


「え?」


「本当に、玉の輿目当てだけで選んだのか?」


 ……そう言われると……。


「ペンを、くれたんです」


 私はぽつりと切り出す。


「授業中にペン先が折れて、換えがなくて困ってたら、隣の席のジルドが気づいて予備をくれたんです。それで、優しい人だなって思って……」


 あ、ダメだ。

 堪えきれず、涙が溢れてくる。

 人並みに幸せになりたかった。幸せになれると思ってた。

 それなのに……。

 涙が零れる前に、フィルアートがそっと周りから隠すように私を抱きしめる。


「大丈夫。次はもっといい男に出逢ってるから」


 大きな手が、私の頭を撫でる。

 ……なにその自信過剰な発言。

 笑っちゃうほど心が軽くなったけど、私はわざと頬を膨らまして上目遣いに睨んだ。


「子供扱いしないでください」


「子供にプロポーズはしないさ」


 ……ぐはっ。

 この人、デートはダメダメなのに、不意打ちで刺さること言ってくる!

 真っ赤になって俯く私の耳に、フィルアートは唇を寄せてくる。


「卒業おめでとう。エレノア・カプリース」


 ……それは、安寧な学生生活の終わりを告げる言葉。

 

 私は明日から、新たな道へと踏み出す。

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