第11話 王子様とデート(7)
もふもふの胸に顔をうずめ、ちゅうちゅうと音を立てる小さな四匹の三毛の子猫と……一回り大きな白い猫もどき。
「キディが育児中で助かりましたね」
「本当に」
メイドと一緒にしゃがんで猫の授乳風景を眺めていると、ほわんと心が温まる。
弱った窮奇の子供を連れた私が向かった先は、使用人の詰所。ここで飼われている猫が先日出産したばかりというのを、私は知っていたのだ。
先住猫である三毛猫のキディは謎の猫科魔獣の子供をすぐに受け入れ、毛づくろいまでしてくれている。
さっきまで虫の息だった仔窮奇は、みるみる体温を取り戻し、一生懸命母乳を吸っている。お母さんってすごいね。
「これだけお乳を飲めるなら、大丈夫でしょう。他の子の分が足りなくならないよう、明日からはヤギのミルクも足しましょう」
家畜に詳しいメイドが教えてくれる。
「ありがとう。この子の世話は私がするね」
「畏まりました。でも、今は安定してますから、ここはキディと私に任せて、お嬢様はお着替えになって少しお休みになられては? お疲れのようですし」
メイドに心配そうに言われて気づく。私の着ていた乗馬服は土と汗にまみれてドロドロで、オレンジブロンドのおさげもぐちゃぐちゃだ。
……魔獣と戦ったら、そうなるよなぁ。
「じゃあ、お願いね。何かあったらすぐに呼んで」
「はい。ごゆっくり」
カプリース家の使用人は気が利くし頼もしい。私は安心して自分の部屋に向かった。
部屋着のワンピースに着替えて結った髪を解くと、ザラッと砂がこぼれ落ちた。
なんだか散々なデートだったな。……すごく、楽しかったけど。
帰りも送ってもらったのに挨拶もせずに別れてしまった。後で詫び状を書いた方がいいのかな?
でも、騎士団入りも求婚も断っちゃったから、これ以上連絡を取り続けるのも気まずいかな?
独りで悶々としていると。ふと、机の上に手紙がおいてあるのを見つけた。私宛の封書が届いた時は、使用人がここに置いておいてくれるのよね。
私は封筒を裏返して、差出人を確認する。書いてあった名前は……、ジルド・モントレー!
ジルドから私に手紙が!?
もしかして、復縁要請かしら?
どうやら運が戻ってきたみたいだ。
私はうきうきと封を切って、便箋を開いて――
「……はぁ!?」
――思わず驚愕の叫びを上げた。
◆ ◇ ◆ ◇
ドタドタと荒い足音が廊下に響く。
「お兄ちゃんズ、ちょっと聞い――」
バンッとリビングのドアを開けた……、瞬間。思ってもみない人物が目に飛び込んできて、私は言いかけた言葉を飲んだ。
カプリーズ一家の憩いの居間には、ローテーブルを囲んでソファに腰を下ろした双子の兄と……我が国の第三王子様。
「……フィルアート殿下、まだ帰られていなかったんですね」
「君の兄上達に引き止められてな」
苦笑する王子の前には真紅の液体の満ちたワイングラスが置かれている。……今日の
「聞いたぞ、エレノア! 昼飯は鹿だったんだって?」
「デザートはコカトリス退治なんて、うちの妹は豪快だなぁ」
すっかり出来上がったグロウスとクラインが陽気に笑う。……この酔っぱらいどもめ。
「窮奇はどうした?」
まだ素面らしいフィルアートが尋ねてくる。
「ミルクをたくさん飲んで、今は落ち着いています」
答えた私に、彼は「そうか」と頷く。また否定的なことを言われるかな? と身構えたけど、
「軍の騎獣の専門医を紹介する。明日、診せに行くといい」
意外にも協力的だった。
「ありがとうございます」
「礼はまだ早い。今は弱って大人しくても、所詮魔獣は魔獣だ。油断すると人間なんて簡単に食い殺されるぞ。それに、野生の魔獣は服従させなければ契約し騎獣にもできない」
「……はぁい」
そっか。魔獣は小さなままじゃないものね。でも……騎獣にできる可能性もあるのか。夢が膨らむな。
「そういえば、エレノアはえらい勢いで
手酌でワインを注ぎながら、グロウスが訊いてくる。
「そうそう、聞いてよ!」
私は怒りを再燃させて……ふと、思いつく。そして、黙々とワイングラスを空にする黒髪の秀麗な王子様に目を向けた。
「時にフィルアート殿下、先程の交換条件はまだ有効ですか?」
「ん?」
首を傾げるフィルアートに、私は神妙に切り出した。
「実は頼みがあるんですけど……」
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