第10話 王子様とデート(6)

 ゴオオォォォ……。

 長い炎の吐息ドラゴンブレスがコカトリスを骨まで灼いて灰にしていく。毒のある魔物は死体になっても毒素を撒き散らし続けるから、焼却処分にするんだって。

 やっぱり竜っていいなー。欲しいなー。


「あの窮奇って虎はどうしますか?」


 しっかり石像になってますが。


「もう絶命している。放置していても問題ないだろう」


 羽の生えた虎なんて、素敵なオブジェだ。

 私は石化した獣魔に近づいてみる。今は全身灰色の岩になっているけど、元は白地に金の模様だったよね。


「窮奇って綺麗な毛並みなんですね」


 何気なく感想を言う私に、フィルアートは首を振った。


「いや、通常は黄と黒の模様に猛禽の羽だ。白い個体は俺も初めて見た」


 へえ、レアな子だったんだ。魔獣にも個性があるのね。

 周囲を散策しながら騎士の戦場の後始末を待っていると、


「……ニィ」


 風に乗って、小さな声が聴こえてきた。


「え?」


 振り返って耳を澄ます。

 ……。

 気のせいかな?


「……ィ……」


 やっぱり聴こえる!

 私は大急ぎで辺りを見回す。草むらを掻き分け、岩場を覗くと……。


「ミュ……」


 いた!

 岩の隙間に、掌サイズの子猫が倒れていた。


「わ、大変!」


 慌てて抱き上げると、


「あっ」


 その猫には白地に金の線模様の体に、背中に白い翼の生えていた。これって、


「窮奇の幼獣だ」


 さっきの石化した魔獣の子供だろう。もしかしてあの窮奇、この子を護る為に戦ってたのかな?


「体が氷みたい……」


 私はブラウスのボタンを開いて直接幼獣を胸に抱いた。ひぃ! ひゃっこい。

 子猫の形をした魔獣の体は冷えて震えていて、声は細く目も開いていない。どうしよう、このままじゃ死んじゃう!


「フィルアート殿下!」


 私は全速力で王子の元に戻った。


「この子が岩場の陰に!」


 幼獣を見せる私に、フィルアートははだけたブラウスにぎょっと頬を赤らめて視線を逸したが、すぐに訝しげに眉を寄せて見直した。


「窮奇の子供か」


「弱ってるんです。どうしましょう?」


 不安に泣きそうな私に、王子は表情を消して、


「よこせ、処分する」


「ダメ!」


 何言い出すんだ、こいつ!

 両手で胸の幼獣を抱きしめ背を向ける私に、フィルアートは無機質に言い放つ。


「それは四凶と呼ばれる神獣クラスの魔物だ。生かしておいても害にしかならない。既にそこまで弱っているなら助からんだろうが、一思いに終わらせてやるのも情けの内だ」


「そんなの……」


 目を下げると、力なく鼻を鳴らす小さな命が見える。


「……いやです。この子は私が見つけたんです。私が面倒を見ます」


 決意を込めてまっすぐ見つめる私に、フィルアートは……、


「解った。君を信じよう」


 諦めたようにため息をついた。


「そうと決まればすぐに戻るぞ」


 話している間にも、窮奇の呼吸は弱くなっていく。

 コカトリスの灰を吹き飛ばし、王子と私を乗せた飛竜は大空へと舞い上がった。


◆ ◇ ◆ ◇


 綺麗に整備されたカプリース邸の中庭に、藍色の飛竜が降り立つ。


「お嬢様、おか……」


「ただいま、ダスティン!」


 出迎えの執事の脇を駆け抜け、私は一目散に屋敷の奥へと向かっていく。

 飛竜の傍らに立って私の背中を見送ったフィルアートは、そのまま鐙に足をかけ、愛竜に跨がろうとするが……、


「やあ、待っていたぞ。親友」


 右肩をグロウスに叩かれ、動きを止めた。


「今日のデートの感想を聞かせてくれないか? 将来の義弟おとうとよ」


 今度はクラインに左肩に手を置かれる。


「……」


 満面の笑みを浮かべる同じ顔二つに挟まれ、王子はカプリース邸の中へと連行された。



 ……ていうのは、後にお兄ちゃん達から聞いた話。

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