第9話 王子様とデート(5)

 極力気配を殺し、岩場に隠れながら、二体の巨獣がぶつかる乱闘現場へと近づいていく。

 目当ては……フィルアートの落とした剣だ。

 ……正直、私にコカトリスをほふる能力はない。でも、一瞬でも足止めできれば、フィルアートとルラキが仕留めてくれるだろう。

 空を飛べる竜と騎士が逃げずに援軍も望めぬ場所で戦い続けているのは、私を置き去りにできないからだ。

 ――窮奇きゅうきと遭遇した段階で、すぐに私がルラキに乗っていたら、今頃私達はコカトリスの毒攻撃範囲外の空まで逃れ、近くの駐屯地から援軍を率いて戻れたはずだ。

 私の状況判断の遅さが、フィルアート達の危機を招いた。

 ……悔しい。

 我知らず、唇を噛みしめる。私のせいなのに、黙って守られるだけなんて嫌だ。


 クケエェェェ!!

 グルオォォォ!!


 コカトリスの毒液攻撃を、ドラゴンブレスが相殺する。

 今だ!

 二本の光線が空中でぶつかり合う中、私は駆け出した。走る速度を変えずに、追い越しざまに地面に突き立ったフィルアートの剣の柄を掴んだ。そのまま引き抜くと……、


「かっる!」


 羽ペンほどの軽さに驚愕する。剣にはどっしりと長く分厚い金属の刃がついているのに、ほとんど重さを感じない。魔法剣? 材質の問題? ええい、今はどうでもいい。

 私は剣を両手で下段に構えて全力疾走する。

 剣術はちゃんと習ったことはないけど、下町で商店街の用心棒をしていた時は、木刀を振り回してならず者を追い払っていたから、要領は解る。

 狙うはコカトリスの脚。巨躯に似合わぬ華奢な鶏の脚を攻撃すれば、動きを止められる……はず。

 踏み潰される可能性もあるけど、恐れるな。エレノアはできる子!

 土煙の中、私はつむじ風のように突き進む。

 目標の鶏の脚はすぐ側。

 ……うっ、思ったより太い。丸太のようなみっしり詰まった感のある脚にちょっぴり後悔するけど。

 でも、少しでも傷をつけられれば、コカトリスの気を引ける。

 行け、私!


「どりゃあああぁぁっ」


 気合一閃、私はすくい上げるように剣を振った。


 スパンッ!


 軽い手応え。


「……へ?」


 一瞬、何が起こったのか解らなくて混乱する。

 脚の硬い骨で止まると思った刃は、何の抵抗もなく振り抜かれていた。

 それってつまり……。


 コケエエェエェぇぇ!


 私の一撃で片脚を失ったコカトリスが、絶叫を上げて地面に倒れる。

 そして、勝機を逃さず空から急降下したルラキが鶏の喉元に喰らいついた!


 ギュゲ……ッ


 ビクビクと蛇の尻尾がのたうつ。

 コカトリスは最後の力を振り絞って、ルラキに視線の毒光線を向けようとするが――


 ザンッ!


 ――既に騎竜の背から飛び降りていたフィルアートが、ショートソードで横薙ぎに魔物の二つの眼を切り裂いていた。更に返す刀で頭蓋を割り、脳を貫く。

 一連の動作は最初から決められていたように無駄がなく、思わず呼吸も忘れて見入ってしまう。

 完全にコカトリスが動かなくなってから、ルラキが顎を離した。フィルアートも魔物の遺骸から飛び降りる。

 私は喜び勇んで王子と騎竜に駆け寄った。ハイタッチしたい気分だったが……、


「バカッ!」


 手を挙げる前に怒鳴られ、ビクッと竦み上がる。


「隠れていろと言っただろう! 一歩間違えば命を落とすところだったんだぞ! 考えなしに行動するな!!」


 ひっ。


「ご、ごめんなさい……」


 怒られるなんて、思わなかった。でも、怒られて当然だ。

 悔しくて情けなくてみるみる涙目になって俯く私に、フィルアートはハッと我に返って狼狽える。


「すまない。つい……」


 ……上官の気持ちになってしまった、とでもいうところだろう。

 王子はコホンと咳払いすると、


「君が加勢してくれて助かった。ありがとう」


 大きな掌で私の頭を撫でた。それはすごく嬉しくてほっとしたけど……天の邪鬼な私は思わず上目遣いに彼を睨んでしまう。


「子供扱いしないでください」


「え? でも、グロウス達はこうやって君をあやしていたが?」


 ……そこも見られていたか。


「殿下は私の兄じゃありませんから」


「それもそうだな」


 はい、と剣を返す私に、彼は苦笑しながら受け取った。


「でも、これで解っただろう」


 フィルアートは、剣を鞘に収めながら言う。


「エレノア・カプリース、君には剣の才能がある。騎士団にはい――」


「――らないです」


「……だよなー」


 さっぱりと白い歯を零した王子様は、可愛いと思った。

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