第8話 王子様とデート(4)

 もうもうと立ち上る土煙に、視界が遮られる。舞い散る砂のカーテン越しに見えたのは、横倒しになった虎だった。

 でも……ただの虎ではない。

 体長は普通の虎の倍かな? 飛竜ルラキより一回り小さいくらい。白い毛並みに筆で引いたような金色の模様。そして背中には……大きな白い翼が生えていた。この生き物は……?


窮奇きゅうきだ」


 尋ねる前に、フィルアートが答えた。


「東方の魔物だ。深淵のひずみを通ってパルティトラここまで来たのだろう」


 ほほう。さすが魔物討伐隊隊長、解説ありがとう!


「あれは人を喰う魔物だ。早くこっちへ!」


 フィルアートが飛竜の上から手を伸ばす。別方向に逃げちゃったから、私と彼(+竜)の間には距離がある。すぐに合流しなきゃと私は駆け出そうとするけれど……。

 のそり、と倒れていた虎が立ち上がった。

 迂闊に動いたら狙われる。私が緊張に息を呑んだ……刹那。

 虎に異変が生じた。

 白い獣の足先が、何故かピキピキと音を立てて硬い石へと変わっていったのだ。虎は呻きにも似た咆哮を上げて巨躯を震わすが、何の慰めにもならない。足から肩、腹、首へと恐ろしい速さで石化は進み……とうとう牙の剥き出しな顔や尻尾の先まで凝固し、一体の石像と化した。


「なに……これ……?」


 目の前で起きた不可思議な事象に、私は驚きのあまり呆けてしまった。そしてそれが……命取りになった。


「危ない、エレノア!」


 叫ぶ声に我に返った時、私の目の前には巨大なくちばしがあった。


 ……はい?


 気づかぬ間に二体目の魔物がすぐ側まで来ていたのだ。

 きょとんと見つめる私を、水平に開いた魔物の黄色い嘴が飲み込もうとしている。


 ……あ、死んだ。


 どこまでも続く赤黒い喉の奥をぼんやりと眺めながら、私が生を諦めた……その時。


 ドゴオォ!!


 嘴が、吹っ飛んだ。

 風圧に私も地面を転がりながら、精一杯視覚の情報を整理する。

 私をついばもうとしていた嘴は、鶏の頭に竜の羽、蛇の尾を持った――これは私でも名前を知っている――怪鳥コカトリスだ。

 コカトリスは目線と口から石化の毒を出す魔物。

 ってことは、えーと。窮奇が石化したのはこいつの仕業か。

 多分、暗晦の森から出てきた魔物二体が喧嘩を始めて、ここまで移動してきたのだろう。そして窮奇は息絶え、窮奇を追ってきたコカトリスは、好物である人間わたしを見つけて――


「無事か!? エレノア!」


 左手に長剣を握り、右手一本で騎竜の手綱を操りながら、フィルアートが呼ぶ。

 ――私を飲み込もうとしていたコカトリスを、彼が飛竜で体当たりしてふっ飛ばしたのだ。


「エレノア!」


 フィルアートは再び私に手をのばすが、


 コケーーー!!!


 体勢を立て直しながら毒液を吹きかけてくるコカトリスに、慌てて竜首を翻し上昇する。


「くっ」


 その瞬間、彼は長剣を取り落した。光り輝く白刃が地面に突き刺さる。


「エレノア、岩場に隠れていろ! こいつは俺が仕留める!」


 言うが早いか愛竜ルラキに命令し、コカトリスに炎の息吹をお見舞いする。

 ドラゴンブレスだ! 初めて見た!

 魔法で契約した騎獣は、主の意思を感じ取り行動する。……これが騎獣兵の戦い方か!

 騎竜は大空に羽ばたくと、急降下してコカトリスの頸を狙う。しかし、野生の魔物も負けてはいない。四方八方に毒液を撒き散らし、竜と騎士を威嚇する。これではフィルアート達は迂闊に近づけない。

 コカトリスは翼はあるが飛び立ちはしない。地上から攻撃を続けている。

 上空ではフィルアートが手綱を離して足の鐙だけでバランスを取りながら弓矢を放つが、焼け石に水だ。

 竜騎士もコカトリスも決定打がないままお互いに牽制しあっている。


 ……このままではジリ貧だ。


 どうにかしてパワーバランスを竜騎士側こちらに傾けないと。

 コカトリスはフィルアート達の相手が精一杯で私の存在を忘れているようだ。……それは、王子が一般人わたしを逃がす為の陽動なんだけど。

 でも……このまま足手纏いでいるのはまっぴらだ。

 今、戦況を変えられるのは私だけ。

 私は魔物と竜と騎士から目を離さぬまま、そっと行動を開始した。

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