第7話 王子様とデート(3)

 吹きっ晒しのなだらかな丘の上で、一緒にブランチ。

 なんていうか……、『ピクニック』というより、がっつり『野営』のおもむきよね。この状況。


イグニス


 拾ってきた薪を組んで着火する。


「魔法が使えるのか」


「まあ、嗜み程度に」


 切り分けた肉を鉄串に刺しながら訊くフィルアートに、私は頷く。

 この国は魔境が近いせいか、大半の人間が魔力を持って生まれてくる。ただそれは、知力や運動能力と同じこと。一般人でも努力すればそこそこ使えるようになるが、魔法使いのような職業プロレベルに達する者はごく一握り。

 私は学校で文字や九九を習う感覚で初歩の魔法は使えるようになったけど、空を飛んだりゴーレムや魔法薬を作ったりはできない。覚えておくとちょっと便利な生活の知恵程度の扱いよね、私の魔法は。

 勿論、死霊百体を一瞬で浄化する聖女や、山一つ吹き飛ばす魔法を使える大魔導師もいるし、反対に魔力がまったくない人もいる。プロと一般人の能力の差が大きいのは、どの職業にも当てはまることだ。

 因みに、パルティトラ王家は『聖なる血』って呼ばれてて、生まれながらに魔力耐性が強く、魔獣の扱いが上手いんだって。卵から育てたとはいえ、元来気性の荒い竜をフィルアートがしっかり手懐けているのは、王家の才能からかもしれない。

 ジリジリと脂のこげる香ばしい匂いが漂い出す。


「そろそろ食べ頃だな」


 こんがり焼き色のついた肉塊を差し出してくるフィルアートに、私は礼を言いながら受け取る。

 一口齧ると、肉質は柔らかく、脂の甘みと肉汁が口いっぱいに広がる。


「美味しい!」


 歓喜の声を上げる私に薄く微笑んで、彼も肉串を頬張る。

 私はもぐもぐ咀嚼する彼の横顔をそっと観察する。

 ……私にくれた肉の部位、ヒレだよね?

 希少で美味しい部位をくれたってことは、彼的なおもてなしなのかな? いやでも、普通、女子をもてなすなら、肉の部位よりテーブルや食器を用意するべきじゃ……?

 一応、フィルアートがハンカチを敷いてくれた地べたに座り込んで、悶々と考えてしまう。

 そもそもこれってデートなの? 浮かれた要素が微塵もないのですけど!

 懊悩する私に、王子は「あ」と声を出した。

 なんだと思って顔を上げた私の瞳を、彼はじっと覗き込んだ。


「左目、少し色が違うな」


 ……やばっ。


「光の加減ですよ」


 取り繕って顔を逸らす。私の瞳は右はカプリース兄弟と同じ若葉色だけど、左目はちょっと違う。忌み色だからって母が目立たないよう色変えの魔法をかけたんだけど、魔力の強い人が見るとバレることがあるんだよね。

 フィルアートは焦る私にそれ以上追求もせず、焚き火の火加減を調整し始める。私はこれ幸いと話題を変えた。


「殿下は、何故私をここに連れて来たんですか」


「思い出の場所だから」


 彼は廃墟の方に目を遣り、


「俺はここで初めて、騎士が魔物を倒す姿を見たんだ」


 訥々と話し出す。


「当時の俺は子供で、突然の魔物の襲撃に怯えて蹲ることしかできなかった。そんな弱い俺を庇い、魔物と対峙した騎士の背中は今でも瞼の裏に焼きついている」


 ……こんな王都から離れた辺境に、どうして子供の王子がいたのだろう?

 疑問が浮かぶが口にはせずに、私は黙ってフィルアートの声に耳を傾ける。


「俺はその騎士のように人を護れる存在になりたいと、この道を選んだ。ここに来ると、初心に戻れる気がするんだ。だから君を連れて来たかった。そして、できれば君にも騎士の在り方について知ってもらいたいと思っている」


 ……やっぱり勧誘ですか。なんかがっかりだ。


「そのお話は既にお断りしたはずですけど?」


 無愛想に唇を尖らせる私に、彼は下手に出る。


「では、俺が何か君にできることはないだろうか? 騎士団に入るなら、俺のできる範囲で君の望みを叶えよう」


 交換条件か。それなら……、


飛竜ルラキが欲しいです」


「解った。諦めよう」


 あっさり引いた!

 ちぇっ、騎竜は私より価値があるのか。

 私はふてくされた気分で、新しい肉串に噛みついた。


「じゃあ、私へのプロポーズも、騎士団勧誘の口実なんですね」


 僅かでも浮かれてしまった自分がバカみたい。私がこっそり落ち込んでいると……、


「いや、君が承諾してくれるなら結婚したい」


 ……今度はあっさり受け入れた!


「は……??」


 目をまんまるにする私に、フィルアートは淡々と、


「君は頑丈で壊れなさそうだからな。俺も後世に子孫を残したい欲はある。君となら強健な子ができるだろう」


「はぁ!?」


 なにそれ、総じて体目当てかよ!


「そっちもお断りです!」


 ぷいっと横を向いた私に、王子はしょんぼり肩を落とす。


「そうか、それは残念だ」


 表情に乏しいくせに、こんな時だけあからさまに落ち込まないでよ。傷ついたのは私の方なんだからね。

 私達はそれから黙々と鹿肉ジビエを食べ続けた。


「では、そろそろ帰るか」


 火の始末をしながら、フィルアートが切り出す。

 ここは魔境に近い、だだっ広い丘陵地帯。狩り以外に目ぼしい観光スポットもない。……この王子様、デートプランの立て方が壊滅的に下手だ。

 ま、お肉は美味しかったし、飛竜にも乗れたから、私的には満足だけどね。王都に戻るのにも数時間掛かるから、早めに切り上げるのは帰りが遅くならない為の配慮だと思おう。

 鹿肉の余った部位は、骨と皮も纏めて藍竜ルラキが食べてくれた。魔獣、便利。

 そして、最後に……。


「今日の土産にこれを」


 フィルアートは木の枝のように張り出した、立派な牡鹿の角の片方を私に手渡す。

 ……えーと。


鹿の角これを持って帰ってどうしろと?」


「削って研げばペーパーナイフが作れるぞ?」


「……加工後の物をください」


 何故、完成品でなく原材料を寄越すんだ。

 結局、鹿の角もルラキに食べてもらいました。


「よし、忘れ物はないな」


 竜の背の収納箱の施錠を確認してから、フィルアートが鐙に足をかける。私も乗ろうと鞍に手を掛けた……その時。


 グォォォオオオォォォン!!


 突然、長い首を上げてルラキが吼えた。


「なっ」


 立ち上がった飛竜を制御しようと王子が手綱を引き、私は竜に踏み潰されないように飛び退く。


「どうした、ルラキ。落ち着け」


 竜の首を撫でて気を静めようとするが、飛竜の興奮は治まらない。そして……その理由はすぐに判明した。

 ルラキが嘶きながら振り仰ぐ空に、影が射した。


「あ……」


 私達が見守る中で、その影はぐんぐん大きくなっていき、


 ズドオオォォン!


 猛烈な勢いで地面に落下した。

 衝撃に土煙が上がる。茶色く濁った霞の合間に、私達が見たものは……。


「……虎!?」


 翼の生えた、巨大な白い虎だった。


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