第6話 王子様とデート(2)

 飛竜に揺られて数時間。

 連れてこられたのは王国北西部の丘陵地帯だった。馬なら五日は掛かる場所に半日掛からず着いちゃうんだから、飛行タイプの騎獣はすごいね。……欲しい。

 北の方角にはどこまでも続く緑の壁が見える。あれは魔境、『暗晦あんかいの森』だ。パルティトラ王国の国土の1/2を占める森林は昼なお暗く、最深部には『深淵のひずみ』という魔界へ続く裂け目があって、そこから魔物が這い出して来るという。

 この裂け目が広がれば広がるほど、より強大な魔物が私達の世界に入り込んでくる。魔物は定期的に活性化し、内側から深淵の歪を押し広げ、人々の生活を脅かす。

 魔物は地上の生物を壊し殺し喰らう存在。

 そんな魔物の脅威から人々を護るのが、騎士団をはじめとする王国軍だ。

 王国民は王国軍を尊敬し、日々感謝している。私だって、勿論同じ気持ちだけど……。職業にするかは別の話だ。


「ここらで朝食兼昼食ブランチにするか」


 ルラキに水を飲ませていたフィルアートが振り返る。日の出前に出発したから、今はまだ午前の早い時間帯だ。家で朝ご飯食べる暇なかったから、実はお腹ペコペコだったんだよね。でも、


「私、何も用意してませんが」


 ここは草原で、見渡す限り街も食べ物屋も見当たらない。ちょっと遠くに廃墟っぽいものがあるけど、人の気配はまるでないし。

 しかし、王子は自信満々に、


「ここは俺に任せてくれ。デートでは誘った方がもてなすのが礼儀だろう」


 言いながら飛竜の背にくくりつけてある収納箱から短弓を取り出した。

 そして滑らかな動作で矢をつがえると、私に向かって引き絞った弦を離した。


「わっ」


 私は咄嗟に左に避けたが、避けるまでもなく弓の軌道は私の顔からは外れていた。風圧に右のおさげ髪が揺れる。顔の真横を通過した矢は、速度を落とすことなく、私の背後にいた牡鹿の胴に突き刺さった!

 苦悶にいななき、その場にどうと倒れる牡鹿。フィルアートはすかさず駆けつけ、逃れようと身を捩る鹿の喉笛を小剣ショートソードで突き刺した!

 血が溢れ出し、地面に赤い水溜りを作る。絶命し、ぐにゃりと横たわった鹿の腹を裂き、テキパキと内蔵を抜いていく王子様。

 ……えーと。


「なにをしているんでしょうか?」


 一応尋ねてみると、


「食事の準備だ」


 フィルアートは爽やかに答える。


「女性の間ではジビエが流行っているのだろう? 新鮮なものを食べさせようと思って」


 ……お、おう。


「ありがとうございます……」


 私はカプリース家に引き取られる前は自分で狩りもしてたから慣れてるけど……。普通の貴族令嬢には、これも卒倒案件じゃないの?

 デートに魔獣で迎えに来たり、食材現地調達したり。

 ……この人、女性への心遣いが明後日過ぎる。悪気がないだけに残念な人だ。

 まあ……楽しいけど。


「空から見た時、あっちに小川があったんで水汲んで来ますね。あと、たきぎも拾ってきます」


 ルラキの収納箱にバケツも入っていたよね。

 私の申し出にフィルアートは少し驚いたように目を見開いて、


「ああ、よろしく」


 すぐに柔らかく細めて口角を上げた。あ、この人がちゃんと笑ってるとこ、初めて見た。

 私はちょっと得した気分になって、鼻歌を歌いながら小川まで向かった。

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