第5話 王子様とデート(1)

「迎えに来たぞ、エレノア・カプリース」


「……おはようございます。フィルアート殿下。いちいちフルネームで呼ばないでください」


 予告通り、フィルアートは翌朝やってきた。

 ……午前四時に。

 まだ空が暗いっつーの! 王族じゃなかったら憲兵に通報するとこだったわよ、まったく。

 それでも一応相手は王子様だしデートだし。朝っぱらからメイド総動員で可憐な男爵令嬢に仕上げてもらいましたけど! ありがとう、メイドさん達。後でお養父とうさんに言って臨時ボーナス出してもらうからね。

 艷やかなオレンジブロンドを縦ロールのツインテールにして、フリルたっぷりの白いブラウスに三枚重ねパニエ入りの花柄コルセットスカート。男ウケばっちりコーディネートだ。

 どう? 今日の私はどこからどう見ても桐箱入りのお嬢様でしょ?

 控えめに微笑みながら内心どや顔な私を、背の高い王子はじっと見下ろし……、


「チェンジで」


「は!?」


 なんか失礼なこと言われた!


「いや、中身はじゃなくて、外身ガワだけ」


 言い直されても失礼だよ!


「……ご不満でしたら、今日のご予定は中止でいいですけど?」


 睨む私に、フィルアートは無表情で、


「いや、そうじゃない。ただ……」


 背後を振り返った。


「その格好では、またがりにくいだろう」


 視線の先を辿ると、そこにいたのは……、


「騎竜!」


 鞍をつけた深く澄んだ藍色の翼竜だった。馬の三倍はある竜は、羽を畳み、猫のように前足を揃えて座っている。

 わっ、すごい。翼竜を騎獣にしてる人、初めて見た。

 魔境に近いこの国には、魔物が多く出没する。その中で動物に近い種を飼い慣らし乗り物にしたのが騎獣だ。色々な種類がいるが、翼のある魔獣は高額で扱いにくいと聞く。さすが王族、いいもの持ってる。

 それにしても、なんて綺麗な……。

 うっとりと煌めく青の翼竜を眺める私に、フィルアートは小首を傾げた。


「怖いなら、馬車にするか?」


「いいえ、滅相もない!」


 私はぶんぶん首を横に振る。

 こっちは六歳の時から二足跳ね蜥蜴安い騎獣を借りて草競獣(草競馬の魔獣版)で賞金稼いでたんだからね。騎竜に乗れるなんて嬉しいことでしかない。


「着替えてきます!」


 私はウキウキでツインテールの街中まちなかデートコーデから、おさげ髪に乗馬服へと衣装チェンジした。


「では、いくぞ」


 私を鞍の前に乗せ、背中から腕を回す格好で手綱を取ったフィルアートが鐙を蹴ると、飛竜は身の丈の倍もある翼を広げ、空へと羽ばたく。


「わぁっ」


 カプリース邸も街並みもぐんぐん遠ざかる。うちの屋根って、あんな形してたんだ。今までに見たことのない景色に、私は大興奮だ。


「王国騎士団の騎士様は、みんな空飛ぶ騎獣を持っているんですか?」


「いや、それほど多くはない。騎士団から支給されるのは馬か跳ね蜥蜴ジャンピングリザードで、それ以上の騎獣は自腹だ」


 なーんだ。騎士団で支給されるなら入団を考えたのに。


「ということは、殿下の騎竜は自前ですか?」


「ああ。この子は俺の成人の祝いに国王陛下が卵をくれて育てたものだ」


 ……国王様のことを、『お父さん』とは呼ばないんだ。

 成竜ほどじゃないけど、竜の卵もお高いんだよね。四頭立ての馬車が買えるくらい。やっぱ王族は王族だ。


「なんていう名前ですか?」


 頭だけ振り返って尋ねる私に、フィルアートは「ん?」と聞き返してくる。


「竜の名前」


 もう一度同じ質問をする私に、彼は戸惑ったように、


「……ルラキ」


 藍色ルラキか、王子様の名付けは安直だ。


「よろしくね、ルラキ」


 私が宝石のような鱗を撫でて挨拶すると、背後のフィルアートが穏やかな声で言う。


「騎士以外に騎獣の名前を訊かれたのは初めてだ」


「そうなんですか?」


 私は辻馬車に乗る時も馬の名前訊いちゃうけどな。


「竜は好きか?」


「ええ。間近で見たり触ったりは初めてですけど」


 ちゃんと魔法で契約していない魔獣は人を襲う魔物と同じ。簡単には近づけない。


「それは良かった」


 フィルアートはぽつりと、


「以前、公爵令嬢との見合いの席にルラキを連れて行ったら、見た瞬間令嬢に卒倒されてな。侍女長にしこたま怒られた」


 ……そりゃそうでしょうねぇ……。

 この王子様、こんなにカッコイイのに案外ポンコツかもしれない。

 今日のデートに一抹の不安を感じ始めた……その時、急に強い風が吹いた。


「わわっ」


「おっと」


 バランスを崩しそうになる私の体をフィルアートが片手で背中から抱きしめる。ひぃっ! ち、近いっ。


「揺れるぞ、しっかり掴まっていろ」


「は……はい」


 ルラキの鞍は二人乗り用で持ち手ハンドルまでついている。油断しなければ、ハンドルを持ってさえいれば大丈夫なのに……。

 いつまでもフィルアートが私の腰に腕を回して離さないから、私の心臓は飛び跳ねっぱなしだった。

 

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