再現部:第二主題 - Entreat

EP22 兄妹 - Trio

『契約でもなんでも無いよ、これは私達の意志だから』


 冬が来た。

 と、言っても雪が降ってきた訳でも無く。

 落葉しきった木々を見てそう思うだけだ。

 まぁ季節感を実感出来ることと言えば。

「ただいま……」

「おかえりナズナ」

 期末試験に向けてナズナとモモが苦い顔をしていると言うこと。

 あとは暖房がないと寒い日が出てきたりしたことくらいだろうか。


 ナズナは帰るたび、上着を適当に脱ぎ散らかしソファーにうなだれる。

「おい女子高生」

「いいんだよシオンだから」

 そんな言われ方するだろうと思ってたよ。

 隣で同じように脱ぎ散らかしを重ねてうなだれるモモ。

「おにい、コーヒー……」

 はいはい、とコーヒーを淹れる。

「ナズナも飲む?」

「飲むから作っておいといて……勉強疲れた」

 人数分のコーヒー豆を挽いて、淹れる。

 コーヒーの匂いで二人共脳が目覚めてきたのか、テーブルで待っているのでコーヒーを持っていく。

「はい、砂糖とミルク取っていくるからナズナは待っててね」

「ブラックでも飲めないことは無いけど……助かるよ」

 砂糖とミルクを持ってテーブルに座る。

 ナズナはコーヒーにミルクと何個か砂糖を入れてかき混ぜる。

「正直言って誰よりも早く進路も確定しちゃってるからやる気が無いんだよね、私達」

「事実上内定と言うか、もう働いてるもんなぁ」

 バイトと言うよりはまだお小遣いとしての扱いではあるが、それなりに彼女達も収入がある。

「そう、ただでさえだらけてるシオン見てるってんだから余計にやる気が」

 いちいち棘を刺しとかないと気がすまないのかこの義妹は。

「テストも赤点さえ取らなきゃいいかなー、単位さえ出りゃいいよもう」

「高校生らしいと言えばらしい発言だし、でもナズナが言うと言葉の意味が変わるな」

 あと一年ちょっとすれば卒業、か。

「おにいって明日休み?」

「まぁ土日だから休みだけど」

 ふーん、とモモがコーヒーをすすりながら。

「じゃあ気晴らし付き合って!どこでもいいから」

「場所くらいはモモが決めなよ、僕も引き出しあるわけじゃないし」

 えー、と苦い顔をするモモ。

「図書館……は喋れないしただでさえ勉強してるやつ多いから行きたくないし」

 ナズナもついてくる気か。

「テスト期間だからうかつにうろつけ無いもんね」

「いっそのこと遠くに行ってしまいたいよ……」

 遠く……は前にキャンプで行ったしそこまで遠くない所か……。

 時期が時期だから行けるところも限られてくるし。

「まぁ明日までになんか考えておくよ」

「わかった!私達も目星は付けとくね」




***




「まぁまぁ寒いですけどそろそろ冬の空がキレイに見える頃じゃないですか?」

 お嬢様に相談してみるとこのような答えが帰ってきた。

「まだ雪が降るには早いですけど、高い所からだったらキレイな星が見えると思うんです」

「なるほど……検討してみます」

 それに、と付け加えるように耳打ちをされる。

「あぁ、ある意味ぴったりな時期ですね」

「でしょう?まるでおとぎ話みたいね」

 ありがとうございますと席を外そうとする。

 その時お嬢様にシオン、と一言声を掛けられる。

 なんでしょう?と僕はお嬢様に問う。

「ちゃんと二人のこと、見ててあげてくださいね」

「もちろんですよ」

 シオンもあの二人の保護者なんですから、と。

 そう、お嬢様は笑いながら。



 この手の事は得意だろうとカリンに聞きに行く。

「と、言うわけなんですが安全で夜空が見えるような山か何か知りませんか?」

「あぁ……何箇所かあるにはありますけどどれも少し遠い場所ですね」

 カリンがマップを表示していくつか場所を提示する。

「確かに遠いといえば遠いですね」

「まぁ送迎くらいはしてあげますよ、ここが一番オススメですから」

 カリンがマップにピンを刺す。

「どんな景色が見えるのかは――明日のお楽しみに」


 二人にとりあえず目星はついたとメッセージを送っておく。

「で、何時くらいに出発なんですか?」

「ここからだと車で一時間くらいなので二十時前には出ましょうか」

 わかりました、と返し礼をする。

「はは、そんなわざわざ礼をするくらいなら煙草一本くれればいいですよ。ちょうど切らしてるんで」

「安上がりで助かりますよ」

 煙草を一本渡し、火を点ける。

 紫煙が二本、上がる。




***




「それじゃ行きますよ」

「はーい!」

 元気よく返事をするモモと、気だるそうにはいはいと返事をするナズナ。

 車を走らせ、数十分。気が付けば山道を走っている。

「カリン姉、暗いけど大丈夫なの……?山の中だよ?」

「クマとか出てくるようなら連れてきませんよ」

 でもあの奥……とナズナが指を指す。

 カリンは徐々に減速し路肩に寄せる。

「……車の中なら多少は安全でしょう」

「でもこっち来てない……?」

 そもそも僕には指を指した方向に何も動くものが見え――

「――動いた」

 クマかどうかはわからなくとも、車のライトに目が反射する。

「ひぃぃ、クマだよ!」

「落ち着いて二人共、ここから一気に走り抜けてしまえば――」

 それに対してナズナ。

「クマって車並みのスピード出るんじゃないっけ」

 更に恐怖を煽る。

「いやいや、クマも車に並走する訳ないって、大丈夫」

「と言うかアレ本当にクマか?」

 ハイビームの先をよく目を凝らして見る。

「……角生えてない?」

「嘘だぁ、絶対クマだって、ほら今茂みから出てきたって!!」

 ナズナは恐怖に囚われている。

 でも、角らしきものが見えるのでクマってわけじゃなさそう。

「本当にクマ……?お姉ちゃん?」

「だって……いや……角……あるね」

 クマでないことは確定した。

「あー……えっと、アレはそうだ」

 ナズナは落ち着きを取り戻したのか、恐怖がピークに達してオーバーフローしたのか。

「あはは!!アレ、クマじゃない!!」

 笑いながら指を指し直す。

「アレ、シカだ!」

「……カリン、行こうか」

 はい、と笑いながら後方に車が居ないか確認し車を出すカリン。

 例のクマモドキの横を通過する。

「うん、今ばっちりと見た。シカで――シカでした

「はいはい、もうわかったってお姉ちゃん」

 笑い転げるナズナとそれをなだめるモモ。後方座席は地獄か?

 いや、でもシカが出てくるのはそれはそれで怖い気もするけど。

「行く場所……大丈夫なの?」

「流石にあそこはシカも何も出てきませんよ」

 車は、山道を走っていく。



「それじゃ、ここから目を閉じててください、絶対にですよ」

 え?と思ったが言われる通り目を閉じる。

 車が走る音だけが聞こえる。

「もう少しで着きますので」

 しばらくすると車が減速し、停まる。

「まだですからね、とりあえず車から降りますのでひとりひとりゆっくり」

 運転席からカリンが降り、まず後方座席の二人を取り出す。

「シオン君、手を出してください」

「あ、はい」

 カリンの手を取り、ゆっくりと車から降りる。

「ゆっくり、そう。一歩ずつ。――いいですよ。上を向いて目を開けてください」

 十歩ほど歩いただろうか。

 言われるがまま上を向き、目を開く。


「うわぁ……」

 満天の星空。

 キャンプ場で見た星空とはまた違う星空だ。

「それじゃ、車で待ってますので」

 カリンは車に戻っていく。

「わりと近場でもこんなにきれいな星空が見れるんだね」

 三人で、前に見た星空を思い出しながら。

「あっ、流れ星!」

 モモが空を指差す。

「えっ、見えた?」

「お姉ちゃん見逃しちゃったの!?」

 もったいないことしたなぁ、と残念がるナズナに声をかける。

「大丈夫、まだ見てて」

「……?どう言う――」

 また、一つ空に星が流れていった。

 数分に一つ程度だろうか、そんなやたらめったら流れるわけではないけど。

 ほんのりと体感できるくらいには流星群がやってきた。

「……流星群?」

「そう、ふたご座のね」

 あははと笑うナズナ。

「事実は小説よりも奇なりって感じだね」

「これを教えてくれたのはお嬢様だよ」

 後でお礼しないとね、と呟きながら。また一つ流れ星を見つめるナズナ。

 いや、ナズナだけではない。僕も、モモだって。

 三人で流れ星を思う存分に見る。

 飽きちゃうんじゃないかと錯覚してしまうくらいの量の流れ星。



「最近モモと話してたんだ、シオンのこと」

「僕のこと?」

 そう、とナズナは呟く。

「キャンプ場で星を見てなぞった後。改めて私達はシオンをどう見る、どう捉えるべきなのかって」

「それでね、血は繋がって無くても構わないから。本当のお兄ちゃんとして見ようって。二人で決めたんだ」

 ……僕と二人が、兄妹に。

「だから、これからは義兄じゃなくて、本当の兄として見るからさシオン」

「私達の事もちゃんと見ててね、お兄ちゃん」

 うん、と頷く。

 二人の手を取る。

「血が繋がって無くても、関係ない。大切な妹だよ二人は」

 両手から、しっかりとした返事が帰ってくる。


「星空もきれいだけど、下を見ると街が見えるんだね」

 満天の星空の下にはいつも暮らしている街明かりが見える。

 僕達でその景色すべてを独占したかのような。

「もういろんな意味でお腹いっぱいだよ、本当に昨日まで考えてたことが馬鹿らしくなってきちゃうね」

「本当にね、えへへ。やっぱりおにいと一緒に居ると落ち着く。……心からも」

 二人の頭を撫でながら、二人に寄りかかられながら。

 星空も、流れ星も、その下の街さえも、強欲に贅沢に頬張る。

「そろそろカリンの所に戻ろうか、冷えてきたことだし」

 うん、と二人の声が重なる。



「長いこと見てましたね、流星群」

「そんなに――ってもうこんな時間!?」

 別に時間は問題ないですよ、とカリンは笑う。

「それだけ満たされた時間を過ごしたと言うことでしょう?」

「うん、凄いキレイだった!」

 はしゃぐモモに、少し眠たげにするナズナ。

「それじゃ、帰りますよ。本当にクマが出たらタダじゃ済まないですし」

「えっ」

 飛び起きるように跳ねるナズナと、それを見て笑う僕達。

「さぁ、ナズナ。クマに食べられる前に帰りますよ」

「カリン!からかわないでって」

 それがまた笑顔を呼ぶ、幸福の連鎖。

 その上で、またひとつ、ひとつと。流れ星が降り注いでいた。

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