EP21 黄昏 - Twilight

『沈みゆく陽に溶け込んでいく、何もかもが』


 お嬢様は今日もため息まじりの日々を送っている。

「紅茶を淹れましたよ」

「はい、ありがとうございます」

 あの頃から少しは楽になっただろうが、それでも埋められない物は埋められない。

 どんよりと、曇る。

 空も、顔も、何もかもが曇っていく。

 どうにかこの傷を埋めることは出来ないだろうかと考え続けては居るが、結果は出ないまま。

 まだ……まだ足りないんだ、欠片が。

「……シオン?」

「どうしました?」

 お嬢様に声をかけられる。

「いえ、なんだかまた考え込んでるように見えて」

「あぁ、まぁ色々考えてはいますけど。さほど大したことではないですよ」

 お嬢様の抱える空白よりは、小さなモノだ。


 それにしても。

 そろそろ外でお茶をするには肌寒い季節になってきた。

「お嬢様、肌寒くないですか?ブランケットが必要でしたら持ってきますが」

 そうですね、とお嬢様は呟きながら。

「それでしたら一緒に着いていきます」

 ……僕が取りに行く必要。

「一人は、寂しいので」

 そう言われるとなんだか、ずるい。

「えぇ、一緒に取りに行きましょう」

 お嬢様の手を取り立ち上がる。

 ゆっくりと立ち上がるお嬢様と一緒にブランケットを取りに戻る。

 これだったらわざわざ庭で飲むよりリビングで飲んだ方がそろそろいいかなぁと思いながら。

「確かここらへんにありましたよね」

 物置の中をガサゴソと漁るお嬢様。……やっぱり本当にお嬢様なのか実感が。

 っと、良さそうなのがあった。

「こっちにありましたよ、ちょっと薄手ですけどこの季節なら大丈夫でしょう」

「ありがとうございます……って一枚だけですか?」

 とりあえず見つけた少し薄手のブランケットを手渡す。

「僕はそこまで寒くないので大丈夫ですよ」

 そうですか、と返すお嬢様。

 そのままブランケットを受け取ると、一緒に庭に戻る。

「それにしても一気に秋めいて来ましたね」

「そうですね。ちょっと前までは残暑でバテバテだったんですけどね」

 ここ一ヶ月かもうちょっとかで、色々と変わっていった。

 屋敷の中も、外も。季節すらもが変わっていく。

 だけど、事実はただそこに残ったままで。

 こうして、お茶を淹れて居ることが悪足掻きのような気がしてならない。

 時間がもっと経てば解決するのだろうか。

 それは僕にはわからないし、お嬢様にもわからないかも知れない。

 だけど、その時間に感じる悲しさ、寂しさ、苦痛を和らげることが出来るように。

 そうなりたいと願っている自分もいた。


 ふと、電話が鳴った。僕の携帯だ。

「ちょっと出てきますね」

 掛かってきた番号が番号だけに流石に今聞かれるのはマズいな、と思いながら。

 お嬢様に聞こえないように、だけど離れすぎない距離で電話を取る。

「はい、もしもし」

『あ、もしもし――』

 例のお店からだった、完成したとのことで。

 ついに出荷されたのか……こうなると店に到着するまでもうすぐだろう。

「また今度取りに伺います。はい、それでは」

 電話を切りお嬢様の元に戻る。

「おかえりなさい、どこからの電話だったんですか?」

 う、流石にこれはストレートに答えることも出来ない。

 しかしなんて答えたもんか、うーん……。

「あっと、……クリーニング店からです。ちょっと時間がかかるとの事で電話が」

「なにか服汚したんですか?まったく、シオンはたまに気を抜くとそうなるんですから」

 ……なんとかごまかせた、のかな。

 とりあえず……また取りに行く日程を決めなくては。

「それで……シオン?」

「どうしました?」

 お嬢様が唐突に問う。

「最近、何か隠し事と言うか。何か動こうとしてません?」

「隠し事ではないですが……動いてることは確かです」

 そうですか、とお嬢様は呟く。

 少し間が空いて、お嬢様がまた僕に問う。

「……居なくなったりませんよね?」

「そう言った類ではないですよ」

 むしろ――

「それなら良かった」

 ――もっと近くに。

 ……鼓動が高鳴るのを感じる。

 これは、何を意味をするのか。

 期待か、恐怖か、それとも別の心境なのか。

 だけど。決めた覚悟は揺るがない。

「ずっと側にいますから」

「えぇ、ありがとう。シオン」



 これで清算は済んだだろうか。

 準備は整った、もう少しだけ時間は要るかも知れないけど。

 ……後は、未来に向けて進んでいくだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る