EP19 拒絶 - Stab

『お願いだから来ないで、貴方を傷つけるつもりは無いのだから』


 そして、とある日。

 お茶でも飲もうとリビングに向かうと。

「……モモ、大丈夫?」

 一人でソファーに横たわり、明らかに顔色の悪いモモ。

「う、おにいだ……大丈夫だよ、少し待てば」

「お水でも持ってこようか?」

 お願い、と呟くモモの為に急いで水を持っていく。

「ほら、起き上がれそう?」

「ちょっとつらいかも」

 モモを身体で支えなんとか水が飲める姿勢にする。

「ありがと……」

 再び横になるモモ。

 心配なのでお茶淹れ終わったらここで見てよう。


 数十分後。

「なんとか楽になってきた」

「ん、それなら良かった」

 モモが起き上がり背伸びをする。

「あはは、横になりすぎて身体バキバキになってるや」

「あとでちゃんとベッドで寝なよ?」

 うん、と返事をするモモ。

「体調って言うか、考え事してたらふらっときちゃっただけなんだけどね」

「考え事でもそうなるんだったらちゃんと休みなって」

 あはは、そうだねと苦笑いするモモ。

「でも、おにいの事だから逃げる訳には行かないなって思って考え込んじゃって」

「僕のこと?」

 そう、おにいの。

「最初に会った時のこと」

 ……最初に会った時、か。




***




 ――モモと初めて会った時の話。

「こんにちは、僕はシオン。キミは?」

 少女は小声でモモ、と呟く。

「よろしくね、モモ」

 握手でもしようとモモに近寄る。

「ダメ、嫌だ、来ちゃ――」

 モモがポケットかどこかにしまっていたツールナイフで勢いよく――僕の腹を刺す。

「ッ……!」

 痛みと衝撃で倒れ込んでしまう。

「いやっ、違う、これは……!」

 モモが泣き崩れる。

 激しい痛みに襲われ、床も赤く染まっていく。

「ごめんなさい、こんな……こんなつもりじゃ――」

「大丈夫、だよ」

 滲み出る血をどうにか抑えようと腹を抱えながら。

「キミは悪くないから、大丈夫」

「モモ!……シオン!?」

 ナズナが駆け寄る。

「あんた血だらけで……とりあえず救急車を」

「呼ばなくていい、呼ばなくていいから。モモを……」

 意識が飛びそうになる、薄れていく、薄れていく。

「呼ばなくていい!?何言ってんのあんた!」

「いいんだ、だからモモを支えてあげて」

 バカなことを!と電話をしようとするナズナの手を取る。

「呼んじゃダメ、それより大切なことがあるから」

「……わかったよ。モモ、立てる?」

 お姉ちゃん……と泣き崩れながらナズナに抱えられるモモ。

「とりあえず今すぐ包帯とか持ってくるから」

「うん、ありがとう――」



 ――気が付いたらベッドの上だった。

「動いちゃダメです、まだ傷はふさがってないと思いますから」

「あはは、すみません」

 お嬢様が起き上がろうとする僕を制止する。

「それより、モモは?」

「……今は寝てます」

 それなら、良かった。

 そこでまた意識が途切れる。



「――起きてる?」

 目を開けると、モモがこちらを覗き込んでいた。

「あっ、えっと。その……本当にごめんなさい」

「大丈夫だよ、それよりもキミはもう大丈夫?」

 うん、と小さく頷くモモ。

「それなら良かった。改めて、よろしくね」

「うん、よろしく……お兄ちゃん?」

 なんの疑問形なんだ、なんの。

「あはは、僕にも妹が出来たか」

 実の姉は居たらしいが数年前に家を出て以来消息は不明、らしい。

「その、良かったら。そう呼んでもいいかな」

「いいよ、好きなように呼んでくれていいし、少しずつ慣れていこう」

 モモは笑顔でうん、と大きく頷く。

「あ、でもまだ動いちゃダメってゆめちゃんも言ってたからあんまり動かないようにね?」

「少しずつ痛みは取れてきてるよ」

 それを聞くとモモは安心そうにする。

 今まで罪悪感に取り憑かれ続けてたのだろう。

「でも、あんなことしちゃって……」

「あれくらい平気だよ、モモだって辛かったんだから。僕が弱音吐いても意味がないし」

 この程度の身体的な痛みはいずれ治るが、精神的な痛みはずっと苦しみをもたらすだろうから。

 少しでも、自分は我慢して。この子の痛みを和らげてあげなきゃいけない。

「モモここに居たんだ。おはよう、シオン」

「ナズナか。おはよう」

 近くにナズナが寄る。

「痛みは?」

「取れてきた」

 良かった、と安堵するナズナとそれを見て一気に疲れが来たのか崩れるモモ。

「あー、本当にごめん。これは回収して帰るから。数日は安静にしといてね」

「言われなくても強制的に安静にされると思うし、お嬢様のことだから」

 そうだね、と笑うとモモを抱えてナズナは部屋を去る。

 扉が閉まる途端、緊張が緩み一気に激痛に襲われる。

「……ッ!」

 傷口が開いた訳でもなんでも無いし、血が滲む様子も無いが。

 とにかく痛みに襲われる。

 そして、痛みを緩和させようと脳が作用し。

 意識が途切れる。



 その時の夢は今でも鮮明に覚えている。

 花畑の中で、モモが花冠を編んでいる。

「お兄ちゃんの痛みが取れますように」

 祈るように花冠を編むモモを黙って僕は見つめる。

 編み上がった花冠を僕の頭に乗せるモモ。

 そして、夢の中では完全に塞がっている傷跡をなぞり。

「いつかちゃんと謝れる日まで待っててくれるかな」

 そう呟くモモに。

「うん、いつまでも待ってるから」

 そう、返すのであった。




***




「おにい、なんであの時救急車を呼ばなかったの?」

「呼んだら大事になるじゃないか」

 あれは十分大事だけど。

「そうだけど、あのままだともしかしたら……」

「呼んだらもっとモモは罪悪感に飲み込まれてしまう、と思ってさ」

 下手したら警察沙汰にもなるし。

 そんなことは僕は望んでいなかった。

「そっか。おにいらしいや」

 笑うモモは、先程までの暗い雰囲気から少しずつ明るいいつものモモに戻ってる気がして。

「あのね、今更なんだけど」

 モモが少し悩みながら話す。

「あの時、本当にごめんなさい。痛い思いをさせて」

「うん、大丈夫だよ。モモの事を嫌いになったりしてないから」

 ようやく、あの時の夢が実現した。

「おにいって頭撫でるの好きなの?」

「これが一番伝わりやすいかなって」

 ありがと、と笑うモモを見てると。

 やっぱり、あの時刺された傷は治らなくても。

 守らなければと言う意志が一番最初に出てきたのは正解だったなと。

 そして、あの時救急車を呼んでいたら、この笑顔は見れないんだろうなと思いながら。

 無邪気に、そして克服しようと頑張って甘えてくる義妹を。

 もっと守らなければと。



 まだ、時間はかかるかも知れないけど。

 モモの人間不信は、みんなで少しずつ溶いていこう。

 彼女は光輝けると信じているから。

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