EP18 喪失 - Expiry

『時はもう満ちてしまった、一つの事が終わってしまった』


 まだ四十九日を迎えてないある日。

 珍しく私服のカリンを見かける。

「私服だなんて珍しい」

「あぁ、着替える気にもなれませんで」

 ……まぁそうか。

 なんと言うか、本当に外に出る時以外はメイド服で過ごすことが多いカリン。

 最近ここ数日間、ずっと私服で生活しているのは違和感がある。

 やはりまだ埋めきるのは早いのだろう。

「……シオン君は、どう思ってるんですか?」

「何の話、ですか?」

 言葉が足りませんでしたね、とカリン。

「……病状を伏せたり、わざとお嬢様とダブルベッドになるように遊んだりと」

「前者に関しては特に何も思いませんが……後者はカリンらしいと言えばカリンらしいな、くらいにですよ」 

 私らしい、ですか?と首を傾げるカリン。

「良くも悪くもいたずら好きと言うか。アレこそカリンの本音に近い部分なんじゃないかなって」

 考え込むカリン。

「ほら、カリンはどうしても仕事中心で考えちゃってるから。息抜きに近いものなんじゃないかって」

「……息抜き、ですか。そう捉えてもらえたならよしとしましょう」

 こう、憎めない所を含めてカリンだ。

「まぁ、そんなこんなで社長になってしまった訳なんですけど」

「そう言えばそうでしたね」

 急な話だったから忘れていた、うちの社長なんだった。

「実際問題他の人間に会社のことは投げてますし、今まで通りなのは変わりませんが」

 そう、社長になろうが、何になろうが。カリンはカリンだ。

「夫の心配をしなくて済むようになったのは大きいですね」

「……それに関しては本当に抱え込みすぎなんですよ。旦那様の指示とは言え」

 そうですね、とカリンはタバコに火を……点けようとするも力が入らず火が点かない。

 近くに寄り、僕のライターで火を点ける。

「本当に、シオン君はどこまでもお人好しですね」

「火を点けただけでその言い方ってあります?」

 そうじゃないですよ、と笑いながら。

「最初に着た時、モモの事もそうですし、最近はナズナを探すために必死にバイクを走らせたり」

「アレは……そうしなきゃって思っただけですよ両方とも」

 良い判断ですよ、と……なんで頭を撫でられるんだ。

「シオン君は確実に成長してますからね、もうすぐ時が満ちるのでしょう?」

「まぁ、覚悟は決めてますけど」

 そうですか、とカリンは頷く。

「ですが、そのためにはまだ足りないものがあるのもわかってますよね」

「えぇ、そのために今こうやって動いてるんですから」

 屋敷のみんなと、ちゃんと家族になれるように。

 一人ずつ、ちゃんと向き合うために。

「だから、カリンにもちゃんと立ち直る……のは今すぐには無理だろうけど。笑顔になって欲しい」

「笑顔、ですか。難しいことを言ってくれますね」

 でも、その顔は少し笑みが含まれている。悪巧みでもなんでも無く、純粋な笑顔が。

「もう抱え込む必要は無い、そうでしょう?」

「そうですね、今抱え込んでると言えばシオン君くらいなもんですから」

 的確に刺される。どこまでも……どこまでもカリンはカリンだ。

「それも抱え込まないように出来るよう、努力しますよ。カリンだって家族なんですから」

「はぁ、それはちゃんとした家族になってからいいましょうよ」

 そうですね、と笑いながら。

「でも、シオン君はちゃんと前向きに考えてるのは偉いですよ。私も見習わなければ」

「そうですかね?」

 カリンは僕の右手を見る。

「そのリングだって、外さずに居るのは――忠誠の証だけではないのでしょう?」

「……当初はお嬢様の暴走だと思ってましたけど。段々馴染むにつれ意味が変わってきては居ます」

 このリングを外す時が、もうじき来るのだろうか。

 その時、どんな顔をして、どんな反応をされ。

 ――受け入れてもらえるのだろうか。

「難しい顔してますね。まぁ意味もわかりますけど」

 カリンは左手を見せる。

「嬉しいもんですよ、大切な人からこう言う物を受け取ると言うことは」

 普段は手袋で見えないリングを見せるカリン。

「建前で言えば財産的な物はお嬢様に全部行ってますが、ある程度……特に夫婦としての物は頂いてますから」

 やはりお嬢様も……優しい方だ。

 だからこそ、どんどん惹かれていくんだろう。

「シオン君、ためらうのだけは絶対にダメですから。わかってるとは思いますけど」

「えぇ、全力で行きますよ。そのためにまた力は借りますから」

 私でいいんですか?と笑いながら。

「厳しいですからね、覚悟はしておいてください」

「もちろんですよ」

 二人で笑い合う。

「もしも失敗したら減給ですからね今度こそ」

「それは……むしろ減給の方がマシですよ」

 冗談を交わし、また二人少しずつ日常に溶ける。




***




 その晩、珍しくメイド服のカリンに出会う。

「あぁいらっしゃいませシオン君」

「いつの間にこの屋敷にこんな文化が生まれてたんですか」

 隠し部屋のバーカウンター越しにカリンから話しかけられる。

「メイドバーですよ」

「見りゃわかりますよ」

 既に客……?としてユズとお嬢様も座っている。

「いやぁ、カリンってカクテル作るの上手なのね、様になってるわ」

「シェイカー振る姿凄いですよね」

 そんなにか?と思いつつじゃあせっかくなので頼んでみることにする。

「シオン君にピッタリのカクテルを作ってあげますよ」

「変なの出さないでくださいね?」

 カリンはウォッカとホワイトキュラソー、レモンジュースを取り出し、シェイカーに氷とともに入れる。

 あぁ、確かに振るの様になってる。フリルも凄い勢いで動いてるけど。

「はい、シオン君。バラライカです」

「ありがとうございます」

 一口飲むと柑橘の香りが一気に花咲く。

 リフレッシュには確かにもってこいのお酒かも知れない。

「ちなみに二人は何を?」

「私のはアクダクトって言うんだって。味としてはシオンのに似てるかも知れない」

 お嬢様のカクテルは……黄昏色に染まっている。

「あれはサイドカーですよ。今出してるのは全部柑橘系のですね」

「女性がレディキラーを出してどうするんですか……」

 まぁいいじゃないですか、と笑うカリン。

「で、カリンのは?」

 僕と同じく白色をして、フチに塩が付けられたそのカクテル――。

「マルガリータですよ」

「なるほど、意味が全部わかりました」

 ……マルガリータは亡くなった恋人に捧げるために作られたカクテル。

 同じ様な構成のカクテルで紛らわせようとしていたのかも知れない。

 全部にレモンジュースが入っているのもそれが原因なのかも知れないし。

「流石、無駄な知識だけはありますね」

「褒め言葉として受け取っておきます今回は」

 また四人で笑う。

 笑っていると扉が開く。

「ん……?」

 お二人様ご来店、いや来店?

「最近みんなここに入り浸ってるよね」

「私達もなんか飲みたい!」

 いやおい未成年?

「あ、ノンアルコールで!」

「当然でしょうが」

 カリンは手際よく二人分のノンアルコールカクテルを作る。

 その作られたカクテルも……。

「酸っぱい!」

「レモンジュース入れ過ぎなんじゃないのこれ」

 ニコリと笑うカリン。盛ったな?

「次はレモンジュースだけで出しましょうか?シオン君に」

「犯行声明を出さないでください、と言うかただの果汁じゃないですかそれ」

 また、笑い声で包まれる。


 その後、本当にレモンジュースのショットが僕の手元に置かれ、大変なことになったのは言わずもがな。

 どんだけ酸っぱくとも。少しずつ笑顔を取り戻しているカリンの事を見ていると安心してくる。



 カリンの悲しみはまだ癒えないのはわかっている。

 だけど、それを少しでも和らげるのが僕達『家族』だと思うから。

 僕達の母親を、僕達で一緒に。

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