EP16 決意 - Pray

『もうすぐ夜が明けようと、その手は離さない』


 踏み出さなきゃいけない。

 みんなのために、『家族』の為に。

 旦那様が僕だけが読むようにカリンに託したメモ。

『信じてる、あとは任せた』

 それだけが書かれたメモ。

「立ち止まってる場合じゃない」

 とは言え……気持ちの整理も必要な訳だし。

 それ以外にも必要な準備だってある。

「……あれはお嬢様の部屋にあるんだった。調べるしか無いか」

 パソコンで調べる、近隣の店舗は……少し遠い位置にあるか。

 まぁ電車で行ける距離ではある。

 予約を入れる、これでよし。

 引き返せないラインまで来た。だけど、もう引き返すつもりはない。

 向き合うんだ、現実に。

 そして未来のために進むんだ。



 予約してから数日後。

 寝る前になんとなく部屋の片付けをしている時だった。

「あれ、なんだろうこれ」

 机の中に少し年季の入ったジュエリーケースがある。

「あぁ、家から持ってきたんだっけ」

 なんで持ってきたんだろう、これは普通に覚えてないだけなんだけど。

 蓋を開ける。

「……ネックレス?」

 レディースのネックレスが入っていた。

 ケースの中にはそれ以上の情報はない。

 本体の材質は……プラチナか?

 光にかざしてみると少し反射が弱い気がするし銀の劣化した時の色ではない。

 なんでプラチナの、しかもレディースのネックレスなんて持ってたんだろう。

「昔彼女でも居たのか、振られたのかどっちか、かな」

 と苦笑いしながらよく見ると少し使い込まれた形跡も見える。

 ……これはちゃんとしたものだな。

「でも、これも熟れてない果実の一つなんだろうな」

 だけど、そのネックレスは。

 不思議と優しい暖かみを感じた。




***




 ……。

 はぁ、また深海か。

 この夢を見るのも飽きた、どうせどこを探ろうと何も無いのだから。

 と、思っていた矢先。

 光がこぼれている場所を発見する。

「何かあるかも知れない」

 光がこぼれている、封印された記憶の綻びを。



 どこかの公園。

 小さい子供が二人居る。

 一人は男の子、ベンチに座っている。

 もう一人は女の子、その隣で泣きじゃくっている。


 男の子が問う。

「どうして、泣いてるの?」

 女の子は何も言い返せないまま泣きじゃくる。

「えーっと。これ、あげる」

 男の子はポーチの中からキーホルダーを取り出す。

「幸せのお守り、これで元気になれるよ」

 そう言いながら四つ葉のクローバーが封じ込まれたキーホルダーを手渡す。

「でも、大切なものなんじゃ……?」

「これを持ってると悲しいことが無くなっちゃうんだって、お母さんがくれたんだ」

 女の子はキーホルダーを手に取る。

「これで、私も元気になれるでしょうか」

「うん、なれるよ。これはいつも僕を元気にしてくれるから」

 女の子はキーホルダーを握りしめながら。

「ありがとうございます。……これお返しにどうぞ」

 女の子は付けているネックレスを丁寧に外し手渡してくる。

「いいの?」

「はい。お母様が優しさを受け取ったら同じ量を返しなさいって教えてくれたの」

 それなら、と男の子は頷いて受け取る。

「ごめんなさい、もう行かなきゃ」

「あはは、笑顔の方が素敵だね。またね」

 えぇ、またどこかで――。




***




 翌朝、なんかいつもとは違う夢を見た気がするけど。

 そんなことよりも、行かなきゃいけない場所がある。

「ん?シオンどっかに出かけんの?そんな格好で」

 出かけようとエントランスに向かうとユズとすれ違う。

「うん、ちょっとね」

「ふぅん。気をつけて行ってきなね」

 行ってきますとドアを開ける僕に手を振るユズ。

「お土産待ってるぞー」

「そんなとこには行かないよ」

 お土産か……。ある意味で土産話にはなりそうな場所だけど、話したら何言われるかわかったもんじゃない。

 駅に向かいいつもとは違う方角の電車に乗り揺られること数十分。

 そこからバスに乗り換えて数分、降りて徒歩数分。

「……予定より少し早く来てしまったか」

 張り切りすぎたと言うか、中々行かない土地に出向こうとしたもんだから迷子になることを想定していたら三十分も早かった。

「流石に早すぎるしなんか近くのコーヒーかなんかでも飲もう」

 コーヒーチェーン店があるのでアイスコーヒーを飲む。

 まだ残暑の名残がある。その粗熱をアイスコーヒーで冷やす。

 五分前に着ける頃合いを見計らい店を出て、再度予定の店に向かう。

「やっぱり、圧倒感が凄いや」

 自分には一切関係のないと思っていた、思い込んでいたお店に。

 だが踏み込むしか無い、踏み出していくしか無い。

 お嬢様の為にも。

「いらっしゃいませ」

「あの、予約していた――」



 予約の確認を済ませると、色々な打ち合わせを行う。

「サイズはわかりますか?」

「はい、先日測ったデータがあります」

 基本的なデータをまずおさらいしていく。

「それでは実際見てみましょうか」

「はい、行きましょう」

 店内を案内される。

「こちらのメーカーは……」

 一つのメーカーだけでも様々なラインナップがある。

「ここはコンセプトが他とは違いまして……」

 なんだか、まるでお嬢様と一緒に買い物に出た時のような。

 色々なものを見て、色々な比較をして……。

 なんだか、一人でこう見るのは寂しいなと思いながらも。

「これなんてどうですか?」

「……いいですね、これ」

 直感と今までの記憶と、半分半分。

 両方が反応したからこそ。

「これは候補の一つに」

「わかりました、追加しときますね」

 その後も店内をじっくり時間をかけて、丁寧に見落とすこと無く探す。

「こんな感じでしょうか。……本当にこれだけでいいんですか?」

「はい。あの人にはこれが一番相応しいと思いますので」

 わかりました、と店員さんは微笑む。

 更に細かい組み合わせやオプションを選んでいく。

「だいたい仕上がりに二ヶ月程かかりますが、大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫です。それではお願いします」

 お会計……過去最高額。

「えっと、これでお願いします」

 想定内の金額で済んでよかった、と思いながら封筒を手渡す。

「相当想われてるんですね」

「本気で向き合ってますから、あの方とは」

 店員さんは封筒を受け取るとバックヤードに一度戻り。

「とりあえず大きい額はこちらの封筒でお返ししますね、細いお釣りはこちらです」

 まず封筒を受け取り、細い額を財布にしまう。

「それでは出来上がりましたらお電話しますね。こちらのカードを持ってまたお越しください」

「はい、楽しみにしてます」

 店を出る。

「さて……これで」

 僕の決意は固まった。

 だけどまだ、それだけじゃ足りない。

 済ませなければいけないことが残ってる。

 ――過去の清算を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る