EP14 過去 - Unknown

『わからないから、それが逃げる理由にはならない』


 ユズが帰ってきてから一ヶ月程。

 僕もユズと言う人間を生活の一部として溶け込ますことが出来るくらいには慣れてきたのだけど。

 ……思った以上に馴染みやすい、昔どこかで繋がりがあったのかも知れない。

 と、本人に言ってもはぐらかされるのは目に見えてるので。

「カリン」

「嫌ですよ、面倒事は」

 まだ何も言ってないじゃないか。

「なんかそのような顔をしているので」

「あんまり面白い話ではないですけど」

 まぁ聞いてあげますよ、ともう一本煙草を取り出すカリンに感謝しながら本題を。

「……ユズについてなんですけど。僕とユズの接点について、もしかしたらカリンは知ってるんじゃないかって」

「接点、ですか。難しいことを聞きますね」

 記憶には無いけど、どこかで繋がりがある……はずなんだ。

「答えとしては接点はありますよ。ただ、シオン君には知り得ない。記憶にない所です」

「……やっぱり」

 直感と言うか、感情と言うか。何らかのセンサーに引っかかるものはあったんだ。

「それをカリンは知ってる、って事?」

「まぁ、知ってますよ。でも言えません」

 だと思った。

 ひた隠しにするつもりが無いだけマシではあるか。

「無理には聞きませんよ」

「私としては別に伝えても良いんですけどね。旦那様に口止めされてますので」

 それなら余計に言えない、聞けないってわけか。

「答えは自分で見つけますよ」

「えぇ、シオン君ならきっと見つけることが出来ますよ」

 ユズからどうにか少しでも情報を聞き出すことができれば。

 僕の空白のヒントがそこにあるのかも知れない。



「あ、シオンじゃん」

 喫煙所から戻るとばったりと、タイミングを見計らったかのようにユズが現れる。

「どうかした?」

「今晩また飲まない?」

 ……良いタイミングだな。

「わかった。また夜に」

「ほいほいー」

 とりあえず、今日の仕事を終わらせてしまおう。

 と、事務室に向かいまたパソコンとにらめっこする。

 書類をどんどん整理して気が付けば夕飯の時間。

 夕飯に呼ばれるので今日の仕事を切り上げてリビングに向かう。

 食事を終え、シャワーを済ませ、隠し部屋に向かう。


「まぁまだ早いか」

 誰も居ない隠し部屋の中で先に飲むのも悪いなと思い煙草を吸いながらのんびりと待つ。

 数十分後、扉の開く音がする。

「お、シオンだ」

 ユズが入ってくる。

「もう飲んでるの?」

「いや、まだ飲んでないよ」

 そうか、と笑いながら僕の隣に腰掛けるユズ。

「何でも良いよ」

「仰せのままに」

 あまり強いものを飲む気には慣れないので久々に瓶ビールでいいか、と取り出す。

「グラスとジョッキどっちが良い?」

「ジョッキまであんの?まぁグラスでいいけど」

 二人分のグラスをカウンターに置き、戻る。

 ユズのグラスにビールを注ぎ、自分のグラスにもビールを注ぐ。

 カチンとグラスとグラスがぶつかる音、始まりを告げる音。

 さて、今日は収穫があるだろうか……?



「そう言えば、キャンプの件、グルだったんだって?」

「まぁそうだねー。めんどいのは確かだったけど」

 楽しそうだったけどね、買い出し後の顔を見てる限りはと飲みながら笑うユズ。

「今度みんなで行けばいいじゃないか、カリンも結局あの場には居たんだしせっかくだからさ」

「ま、考えといてやろう」

 つまみを食べながら笑う。

「……キャンプねぇ」

 ボソッと呟くユズ。

「どうかした?」

 少し考え込みながら、話し出す。

「なぁシオン」

「何?」

 ユズが切り出す。

「自分の過去、どう思ってる?」

「過去……か」

 消えた過去、自分では掴めないモノ。

「記憶が無いにしてもなんか情報はあるんじゃないの?」

 情報、か……何かあったような気もするがあった所で思い出せないのは変わらない。

「それがあれば苦労はしてないんだけどね」

 そうか、とユズは飲みながら答える。

「今後思い出せなかったとして、シオンはどうするつもり?」

「思い出せなくても、今があるからそれでいいかなとは思ってるけど」

 それでいい、それでいいんだ。

 今はここに居るという事が重要だから、過去なんてわざわざ思い出さなくても。

 ……どうして記憶が消えたのかはわからないけど。

「でも、過去を思い出せば何か変わるかも知れないじゃん」

「それはそうだけど……」

 思い出した所で今の生活が変わるわけでもなんでも無いのは間違いない。

 今も、これからも僕の居場所はここなんだから。

「まぁ、それだけ聞けりゃいいか」

 そのまま話はフェードアウトし、再びビールを飲み合う。

 それにしても……なぜユズは僕の過去について興味を示しているのか。

 あるいは、興味ではなく過去を知っているのか。

 ただ単に興味心が高いだけなのかも知れないけど。

 腑に落ちないと言うか、なんだかゾワゾワするというか。

 ……踏み出すしか無いのか。

「ユズ、あんたは……何者なんだ?」

「あはは、何者ねぇ」

 少なくとも敵ではないよ、と笑うユズ。

「いや、敵だったら困るけど。僕もそうだしお嬢様もそうだ」

「面白いことを言うなぁシオン。変わらないんだねそこは」

 ……やっぱり。

「僕の過去を――」

 知っているんだ。

「――どうだろうね」

 なぜ隠すんだ。

 わからない、ユズと言う人物もそうだけど。

 自分もわからない、接点もわからない。

「知らない方が良いことだって、世の中あるだろ?」

「それはそうだけど、知りたいとしたら?」

 数秒の静寂。

「熟してない果実をシオンは食べるのか?」

 まだ、言えないって事か。

 どうして、なぜ?

 失った過去がすぐそこにあると言うのに、どうして取り出せないんだ。

 ……もやもやする。

「いずれ教えるよ、私の整理がついたらさ」

「それなら……熟れるのを待ってるよ」

 いつ熟れるのかはわからないけど。

 もうすぐ、豊穣の季節がやってくる訳だから。

 少しは待ってみても良いのかも知れない。




***




「おにいおはよ」

 いつものように義妹に起こされる。

「おはよう、モモ」

 いつものように払い除ける。

「……どうしたの?元気ないの?」

「あはは、そう見える?」

 うん、とモモはベッドの端に座りながら答える。

「二日酔いかもね」

「なーんだ、心配して損した!」

 起き上がろうとする僕に頭突きだけして部屋を去るモモ。

「……酔いはあの瞬間に覚めてるんだけどな」

 起き上がりながら、誰も居ない空間に呟く。

 その瞬間、屋敷の電話がなる。内線じゃない……?

 こんな朝早くに誰が――

「はい、柊です」

「あぁシオン君ですか、話は後です。今すぐお嬢様を連れて指定する場所に向かってください」

 カリンからの電話。

 子機を持ちながらお嬢様の部屋に急いで向かう。

「私はこれで、待ってますから」

 通話は途切れる。

 こんな朝からあんな場所に向かえだなんて、物騒過ぎる。


「お嬢様、起きてください!」

「……シオン、どうかしましたか?」

 微睡むお嬢様を強引に起こす。

「……これから、病院に向かいます、早急に支度してください」

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