EP13 三角形 - Triangle

『打ち鳴らせ、リズムを刻め、二度と途切れないように』



「――キャンプ?」

「そう、夏休みも終わっちゃうから夏らしいことしたいねってお姉ちゃんと話してて」

 カリンに連れて行ってもらう気だったんだろうな、と思ってから少しだけ考えて嫌な予感が直撃する。

「おにいが居るからこれで大丈夫だよね、お姉ちゃん」

「まぁシオンで良いでしょ。どうせ連れてく訳だし」

 ……これは怒るべきなのだろうか。

「一応カリンに連絡は取ったのか?」

「取ったけどなかなか返事帰ってこないから直接探そうと」

 原始的な方法だけどまぁ、理にはかなってるかも知れない……が。

「会社だったらどうするつもりだったんだ?」

「あ」

 とぼけた顔に変わるモモとため息混じりに笑うナズナ。

「で、シオン。キャンプに行きたいんだけど」

「わかった、わかったけど。お嬢様やユズは?」

 僕も連れてく気なら二人も誘うだろう。

「ゆめちゃんは忙しいみたいで、ユズ姉は嫌だってキッパリ断られた!」

「あぁ、なるほど。三人で行く事になるのね」

 でもキャンプ……キャンプか。

「そんなものこの家にあったか?」

「……キャンプ場探すことで頭いっぱいだった」

 予約する時にレンタルできるんじゃ、と聞くと既にキャンプ場は抑えてあると。

「んで、今急遽調べたらレンタルはもう締め切ってるね」

「ど、どうしよう」

 どうするもなにも、簡単な手段があるじゃないか。

「買いに行こう。自分達で選んだ方が楽しいだろ?」

「はぁ、シオンからこんな現実的な案が飛んでくるとは。同意見なのがなんか嫌だ」

 反抗期、絶賛反抗期……。

「じゃあ今から行っちゃおうか。二人は大丈夫?」

「うん、じゃあ準備してくるね」

 手を振り部屋に戻る二人を見ながら僕も外出の準備をしに部屋に向かう。

 必要なキャンプ用品……は調べればわかるか。

 軽く準備をするとエントランスに降りる。

 数分して二人も降りてくる。

「ん、モモあの時のイヤリングだ」

「せっかくおにいと行くんだからね!」

 いや、行くのはアウトドア用品店だけども。

 と、思いながら隣のナズナに目をやる。

「あれ、ナズナもイヤリング?」

「モモがどうしてもって言うから。これもシオンが買ってあげたやつでしょ?」

 少し恥じらいながらナズナはよく見えるように耳にかかった髪を手であげる。

「うん、似合ってるよ」

「そりゃどうも。そんなことより早く行こうよ」

 照れ隠しかなんなのか。わからないけど僕たちの手を引いて外に出るのを促すナズナ。

 はいはい、と扉を開けて外に出る。

 久々に三人で外に出かけるかも知れないな、と思いながら。




***




「じゃあ私は細いもの見てくるね!テントとかはわかんないから任せる!」

 モモは小物担当、僕とナズナで大型の物を担当することになった。

「じゃあ先にテント見よ、そっちの方が後々が楽でしょ」

「はいはい、行こうか」



 さてと、テントコーナーへ。

 色々なタイプのテントがある。えーっと、吊り下げ、ポール……後は。

 種類が多すぎてわからないけど初心者向けのを買えばまぁ間違いはない……だろう。

「とりあえず二人用と一人用でいいか」

「ん?なんで分けるのさ」

 なんでって、言われても。

「そりゃ流石にテントくらいは分け――」

「――年頃の女の子二人ほっぽっとくの?夏のキャンプ場で?」

 ぐうの音も出ない。

「確かにそれはあるけど」

「あはは、今更シオンに何かを思うことなんて無いし、安全な方がいいでしょ。モモの為にも」

 完全に折れる。

「じゃあテントはこの大きめのヤツでいいか」

「良いんじゃない?設営も簡単って書いてあるし。するのはシオンだし」

 まぁ確かに設営するのは自分だろうけど。

「次はシュラフか、これはすぐ決まるでしょ」

「夏用の奴を三つ買えば済むだけだもんな、これとかどう?」

 それでいいよ、と許可を頂いたのでこれも目星を付けておく。

「後は――」

 グリルや焚き火台や色々な物をとりあえずマークしていって……。

「二人共!こんな感じでいいかな?」

 モモがカートに山積みに持ってきたアイテムを丁寧に選別して戻してを繰り返す。



「それではお会計が――」

 想像してたけどやはり桁が違う。

「カードでお願いします」

 そんな額の札束なんて持ってるわけがないのでカードで支払い……。

「で、どうやって持ってかえんのこの量」

「……タクシーじゃ流石にキツいもんなぁ」

 どうするか考えた結果。


「はぁー?なんで私が車出さなきゃいけないのさ」

「ごめんってば」

 ユズにキレ散らかされながら屋敷から車で来てもらう。

「と言うか買いに行くくらいなら着いていくっての、現地に行くのがめんどくさいだけで」

 なんだかんだ言いながら手伝ってくれるユズに感謝しながら四人で車に積み込む。

 ……暑い。そりゃまだ夏は終わってくれないのだから、暑いのは当然なんだけど。

 シオン、と二人の声が重なる。ナズナとユズ。

「ナズナ先にどうぞ」

「それじゃ遠慮なく。シオン、暑い。アイスでも食べよう」

 それを聞くとユズが笑い出す。

「あはは、同じ考えだったか。じゃあシオン今からアイス食べに車出すから、奢りね」

「はぁ、もう反論もする気にならないからさっさと行こう。僕も溶けそう」

 先に車に乗って涼んでたモモも笑いながらアイス、アイスとはしゃいでいる。

 車に乗り込み、助手席に座る。

「それじゃ、近い所わかる?」

「こっからあの道通ればあるはず、とりあえず国道に出てもらえばそっからナビする」

 了解、とユズはエアコンを全開にしながら車を出す。

「次の信号で左に折れてから少ししたら右だから右車線で」

 はいはい、と熟れた様子で車を走らせるユズ。

「その後もうちょっと道なりに進めば左手に見えるはず」

「左手ね、少しでも見えたらもう一回教えて」

 なんだか、会って数日じゃないような気がしながら。

 息のあった運転とナビ。

「あ、見えた。あの店」

 おっけ、とだけ口ずさみユズは店の駐車場に入る。

「よし、溶ける前に走るぞナズナ、モモ準備はいいか?」

「まかせてー!」

 仲良いなぁモモとユズ、それに比べて。

「はぁ、この暑い中を走るの正気なの……?」

「正直歩くのも走るのも勘弁したいくらい」

 意味で意見が一致というか、対照的な僕とナズナ。

「よーい、ドン!」

 一斉に駆け出す、目指せアイス。

「って凄い並んでるけど」

「知らない、もう運転したくない、アイスを食べるまでは」

 幸いテイクアウトが大半だったのでスムーズに列は進み、店の中で涼みながらアイスを食べることに成功した。

「はぁ、これが今日のお駄賃でいいよ」

「それで済むならなにより」

 四人でアイスを食べながら、涼む。

 もうすぐ二人の夏休みは終わるけど、夏自体は終わってくれない。

「キャンプ当日、三人で本当に大丈夫なの?」

「って言ってもユズは来ないんだろ?」

 ストレートにめんどくさいからね、と返される。

「いいじゃん、三人で思い出作ってきなよ。キャンプってのはそう言うもんだ」

「本当はユズとも行きたかった……ってモモは言ってるけど」

 ナズナ、とユズがナズナの頬をつねる。

「な、何するのさ?」

「ナズナも着いてきて欲しいって思ってんでしょ?それくらいはわかるよ」

 黙りこくるナズナ。無言の肯定。

「まぁ冬になったら考えといてあげるよ、夏はもう勘弁」

「そこまで言われなくても強制はしないってば」

 ……なんだかんだ、ナズナは不器用ながらもユズに甘えることが出来てる。

 僕は、ナズナからこう言った感じで甘えて……いや、なんていうんだろう。

 ちゃんと姉として見られてるユズに少し嫉妬しているのか、それともちゃんと兄としてまだ判定されてないと少し拗ねているのか。

 複雑な感情になりながら、少し前を思い出す。

『ある意味で、兄なんだなって』

 と、言うナズナの言葉を。

 頬をつねられてるナズナを見ながら考えているとモモが小声で僕に話しかける。

「……おにい、何か難しいこと考えてない?」

「う、そんな風に見えた?」

 見えたから言ってるんじゃんとモモは答える。

「お姉ちゃんのことでしょ?それくらいはわかるよ」

「まぁ、モモのことでもあるよ」

 私の?と少し不思議がりながら。

「それだったら尚更キャンプで何か正解に近づけるんじゃない?」

「……そうだと良いけど」

 確かに良いタイミングではある。

 この二人と、しっかり向き合うタイミングだ。

「シオン、難しいこと考えてるね」

 ユズから机越しに頬をつねられる。

「痛い、痛いって」

 こんな力でナズナを?と聞くとそんなワケ無いじゃんと返される。

「これだからダメな弟は」

「いつから弟に……」

 はぁ、とため息を疲れながら頬が解放される。

「アイス食べ終わったしそろそろ帰ろうか、ゆめも寂しがってるだろうし」

「じゃあ……」

 店から出て、車へ駆け込む。

「暑い!全員窓を全開にして!風入れるよ」

 少しでも放置しようものなら一気に暑くなる車内をどうにか風で冷まし、程よくなった所でエアコンを入れる。

 そんなやり取りをしながら、屋敷に戻ってくるのであった。




***




 そんなこんなでキャンプ当日。

「荷物はこれで全部ですか?」

「あと少しだけナズナが持ってくるはず」

 車に荷物を詰め込む。

 テントや焚き火台、シュラフに小物に、虫除けだのなんだの。

「まぁ心配はないと思いますが、シオン君だけが頼りですから。二人のこと頼みましたよ」

「少なくともあの子達はもう子供じゃないし、僕もちゃんと目は配りますよ」

 それなら、とカリンは笑う。

「はい、カリンこれでラスト……って乗りそうにないから席に置いとくかこれは」

 車に乗り込む。

「気をつけていってきてくださいね」

「はい、お嬢様も無理はなさらず」

 あはは、と苦笑いを返される。

「お土産よろしくなー」

「キャンプ場のお土産ってなんだよ、むしろ聞きたいよ」

 使わなかった薪とか、と笑うユズにどう突っ込めばいいか検討もつかないので諦める。

「それじゃ出しますよ。準備は大丈夫ですね?」

「うん、ばっちり!それじゃ」

 ――出発!



 あれだけバイクだと荒れると言うのに車の運転は丁寧なカリン。バイクでもこうであって欲しかったんだけど。

 キャンプ場……どんな場所なんだろう。

 僕だけ場所を教えてもらえてない。まぁ現地に着けばどうにでもなるとは思うけど。

「本当は私もキャンプに行きたかったんですけどね。ソロ派なので」

「みんなで行くキャンプも楽しいとは思いますけど」

 ま、それもそうですが、と笑いながら車を運転するカリン。

「旦那様とお嬢様とユズの四人で行ったことならありますよ、その時は楽しかったですね」

 めんどくさくてレンタルだったので道具も何もいらなかったですし、と付け足しながら。

「このキャンプの機材代って」

「出ませんよ」

 知ってました。

「とは言えかなりの額を出してるんでしょうし多少の色は付けておけるようにしておきますよ」

「それならまぁ、ありがたいですけど」

 そんな事を話しながら……後部座席は。

「すぅ……すぅ……」

 リュックを大事そうに抱えてナズナにもたれかかれながら寝るモモとそれをどうにかしようとして諦めたナズナ。

「寝てないんだよこいつ」

「それだけ楽しみだったってことだろ?」

 私もあんまり寢れてないけど、とうつらうつら睡魔に襲われつつあるナズナ。

「まぁまだ着くまで時間はありますし、少しは寝かせておきましょう」

「そんなに遠いんですか?」

 シオン君も仮眠できるくらいには、と言われる。

「……じゃあ遠慮なく仮眠します」

 楽しみにしてたのはみんな一緒か。



 目を覚ますと……高速道路。

「もう起きたんですか?」

「え、まだそんな時間経ってないんですか?」

 時計を確認すると三十分ほどだろうか。一般的な仮眠の時間と概ね一致する。

「後ろはすっかり寝ちゃってますよ」

「うーん、中途半端にまた寝ると嫌な体調になっても困るしこのまま起きてます」

 じゃあ少し寄り道しましょう、とカリンが車線を寄せる。サービスエリアか。

「ちょっと煙草吸ってきますけど、シオン君は?」

「まぁ良いタイミングなんで煙草休憩にしましょうか」

 エアコンを入れたまま、二人で猛暑のサービスエリアに足を踏み入れる。

「暑い……」

「缶コーヒーでいいですか?」

 カリンが尋ねるのでそのまま首を縦に振る。

 暑くて溶けそうになりながら喫煙所で煙草を吸っているとカリンが缶コーヒーを投げ渡してくる。

「それ他の人に当たったらどうするんですか」

「シオン君ならキャッチできると思って投げてるんですよ」

 隣に座りながら火を点けるカリン。

「まぁ意地でも他の人に当てるようなことはしませんけど」

 缶コーヒーを開けて流し込む、冷たい。

 冷たいと言う感覚をすぐに打ち消そうとセミの音が耳に刺さる。

「もうすぐ夏も終わりますねぇ」

「……季節的な話ではそうですけど、暑さは終わってないでしょうね」

 九月中旬くらいまでは暑いままでしょうね、などと談笑しているとモモがやってくる。

「やっぱりここに居た」

「あぁごめん、待たせちゃったね」

 私も少し休憩したいから大丈夫だよ、と隣に座るモモ。

「流石に喫煙所内は煙たくない?」

「あはは、慣れてるから大丈夫だよ。学校に行くわけでもないし」

でもあまり良いことではないから、と少し早めに煙草を消し席を立つ。

ナズナも車に置いてきぼりになってるし、クーラーはあるとは言え――

「シオン、ここのソフトクリーム結構美味しいよ」

 無邪気にソフトクリーム食べてる……。

「じゃあちょっと食べてから出発しようか」

「えぇ、そうしましょう」

 みんなでソフトクリームを食べ、車に戻る。

「やっぱりクーラー入れたままの車は気が楽だ……」

 この前の地獄のような暑さはもう勘弁。

「車出しますよ」

 さて、目的地へ向け再度出発。




***




「予約している桔梗です」

「はい、こちらにご記入をお願いします」

 キャンプ場に着き、受付を済ませる。

「こちらが地図です。ここが本日の区画ですね」

 地図にマーカーで丸を付けてもらい、受け取る。

「それじゃあ荷物運んでしまいましょうか、それが終わったら戻りますので」

「ありがとう、それじゃあ運んでしまおうか」

 四人で手分けして荷物を運び、とりあえず地面に置く。

 設営はもう少しのんびりしてからやろう。

「じゃあ明日迎えに来ますから、怪我とかしないでくださいね」

「うん!ありがとねカリン姉!」

 どういたしまして、と笑うカリン。

「行ってらっしゃい」

「うん、行ってきます」

 それじゃ、と手を振りながら去るカリンをみながら、どうするかと悩む。

「先に設営しちゃうか、それともまわりを少し探索してみるか。どっちがいい?」

「いい景色なんだし一回日が暮れる前に見といた方が良いんじゃない?」

 確かにそれもあるか。今は大体十五時半くらいだからまだゆっくりしてても大丈夫だろう。

 と、言うことで三人で少し当たりを散策してみることにした。



「わぁ、川がキレイだよ!」

「近くにこんな大きな川無いもんねぇ」

 川辺にはバーベキューが行えるエリアもあり、ここも借りれば使えるらしい。

「まぁ高いから辞めたんだけど。釣り堀とかもあるらしいよ」

「釣った魚をそのまま食べれるってことか、凄いな……」

 と、思いながらふと地図兼パンフレットを見ると。

「あ、当日でも釣り堀いけるみたいだけどどうする?」

「やってみたい!」

 そう言うと思ってたので既に足は釣り堀の方向を向いている。

 人間、興味が向いた方に足先が向くと言うので。

「でもやってたら暗くなるよ?設営先にしておいたほうがいいんじゃない?」

「確かにそうだな……じゃあどっちかが予約してきてもうひとりは僕と設営で」

 じゃんけんだね、とナズナとモモはにらみ合う。

「せーのっ!」

「じゃん、けん!」

 モモの勝ち。

 笑顔で釣り堀の予約をしに向かうモモと気だるそうに僕の後ろをついてくるナズナ。

「テントとかは僕がやるからナズナは小物系とかお願い」

「まぁ手が空いたら他のもやっとくよ。よろしく」

 買ってきた大きいテントを……これ一人で張れるのか?大丈夫なのか……?

 まずはとりあえず地面にシートを敷いて、テントのこれを……?

 説明書とにらめっこしながらなんとか設営を……設営……。

「ナズナ、ヘルプ」

「早くない?」

 一人じゃ流石にサイズ的に無理なのでナズナに手伝ってもらう。

「ありがとう、ここまで行けたら後は一人で組めるよ」

「はいはい、あとでお駄賃ねー」

 本当になんと言うか。ちゃっかりしてるしそう言う所は二人共似てるよなぁって。

 ちゃっかりしてるし、しっかりもしてる。少しずつ成長していってる。

 そう考えてるうちにテントは無事設営完了したのでシュラフ等を入れて、虫除けも置いておく。

「うん、いい感じに出来てんじゃないの?」

「そっちも終わった?」

 今やることは全部、と返事を返される。

 そのタイミングでモモが戻ってくる。

「今からやれるって!早速行こ!」

 僕達の手を引いて釣り堀へ誘うモモ。

 二人で苦笑しながら、段々笑いながら。

 釣り堀に到着し、餌と釣り竿を渡される。

「それじゃあいざ、対決!」

「勝ったら?」

 特に考えてませーんと笑うモモ。

 とりあえず……いい場所を探すか。



「釣り、やった記憶は無いけど大体こんな感じかな……?」

 餌を針に付けて、適当に釣り堀の中に投げる。

「って早くないか当たるの!」

 我こそ先にと言わんばかりに魚が群がり、釣れる。

 とりあえず一匹。小ぶりだからたくさん釣れてもさほど問題は無いだろう。

 と行った要領で何匹か釣る。別のエリアに行ってみるか。

「ん、シオン。釣れてる?」

「まぁまぁ釣れてるよ、ナズナはどう?」

 イマイチかな、と言いつつバケツを隠しているので何らか隠しているんだろう。

 まぁこちらもぼちぼち釣れてるので……。

「ねぇ、おにい」

 モモがこちらに近づいてくる。

「ど、どうしたのそんな顔して」

「……棄権していいかなぁ」

 空っぽのバケツを見せるモモ。

「餌は……?」

 首を振る。

「あーもう、分けてあげるから。一回一緒に釣ってみよう」

「本当に?」

 うん、と笑いかけながら一緒に椅子に座る。

「餌の付け方は?」

「えっと、こうやって」

 あぁ、なるほど。

「餌が柔らかすぎるから水に入れたらバラけちゃうんだ。ちょっと借りるね」

 餌を強めに握り固める。

「握る時は針に注意してね、これをこう投げて」

 釣り竿をモモに渡す。

「わっ!食いついたっ!」

 初めての釣果、無邪気にはしゃぐモモ。

「ありがとう!本当に釣れなくてさ」

「あはは、僕はまぁまぁ釣れてるから餌は多めに分けてあげるね」

 モモの持ってるエサ箱に自分の餌の半分ちょっとを分ける。

「それじゃこれでバンバン釣ってくる!」

 手を振り他のエリアに向かうモモ。楽しみだ。

「さて……ここは大きめのが釣れそうだな」

 それなりに難易度も高いだろうけど。

 多分釣れてあと二匹か三匹くらい。

 ……そもそも勝負って釣れた数なのか?



「えっと、何も考えず三人でやったら釣りすぎたわけなんだけど」

 バケツ半分くらいを魚が占めてる。

「これどうすんの、流石に食べれないでしょ」

「あ、冷凍便で送れるらしいよ?これ少しだけ食べて後はお土産にしようよ!」

 とりあえずバケツに今日食べる分と送る分を分けて。

「じゃあ少し日も暮れてきたし発送手続きだけしたら戻って焚き火でもしながらご飯にしようか」

 三人で仲良くテントの方へ戻る。

 焚き火台に着火剤と薪と……。とりあえず火を点ける。

 おぉ……おぉぉ!

「ちゃんと焚き火になってるね。じゃあ魚はここで串焼きにしようか」

 持ってきたお肉は隣のグリルで適当に焼いておく。

「焼けたやつから食べていってね」

 はーいと二人が返事しながら焼けたものから舌鼓をうつ。

 さて、魚を焼いていこうか。

 って言っても串に刺して塩をちょっと塗り込んで焚き火の近くまで持っていく。

 ただそれだけの作業だけど、やっててなんか楽しい。

「おにい、お肉持ってきたよ」

「ん、ありがと」

 焚き火の火も安定してきたし、注意しつつもゆったり三人でバーベキューを楽しむ。

「ちょっと!その肉私の!」

 ナズナが取ろうとした肉を先に拾い上げ食べる。

「先に取ったもんが勝ちなんだよナズナ」

 軽く足蹴りされる、悪意もなにもこもってない、優しい足蹴り。

 あれ、なんで僕っていっつも様々な部位に攻撃を……?

「むしろおにいはお肉じゃなくて野菜を食べすぎなんだよ、ベジタリアンになったの?」

「ベジタリアンだったら今お肉食べてないって」

 笑いながら。ただ幸せに浸る。

「ん、魚も焼けてきたんじゃないか?」

「いただきまっ、あつっ!」

 舌を火傷するナズナに水を差し出す。

「ナズナがそんなそそっかしいなんて珍しいね」

「……たまにはこうやってはしゃいでもいいでしょ?」

 それはもちろん、とナズナの頭を撫でる。

「なんでこの流れでそうなるの!」

 そう言いながらも払い除けないナズナと。

「あっお姉ちゃんいいなー私も!」

 ねだるその妹。

「いや、両手ふさがったら食べれないんだけど」

「はい、あーん」

 モモが焼いたお肉を食べさせてくれる。

 まぁ、たまにはこう言うのも悪くないな。

「はい、シオン」

 ナズナも真似する。

「いや、ナズナは嫌いな野菜押し付けてるだけでしょ」

「ちぇ、バレたか」

 それでも押し付けてくるので食べる。

「動物に餌やってる気分だ」

「例え方がなんか的確だな……」

 って、そうなると僕がこう頭を撫でてるのは餌を寄越せとの……?

「あー。もうやめるの?」

「そろそろいいだろ?」

 それに、そろそろ他の魚も焼けてきた頃だし。

「ほら、こっちも魚焼けたよモモ」

「私が釣った奴かな?」

 釣り堀のエリア的にもそうじゃない?と返すと無邪気にはしゃぐモモ。

「えへへ、自分で釣った魚って美味しいね」

「ちゃんと釣れてよかったね」

 ふぅん、何かあったんだ。とナズナが聞いてくるので経緯を話す。

「あぁ、モモちゃんと説明読んでなかったでしょ」

「え?書いてあったの?!」

 釣り堀の地図にちょこんと餌の付け方は載ってたけど、確かに見づらい位置ではある。

「本当に、そそっかしい」

「さっきやけどした人間が何を言うか」

 みぞおちに手刀を食らう。

 地味に痛い。

「お姉ちゃん照れてる」

「モモにもお仕置きが必要?」

 必要ないです、と僕の後ろに隠れるモモ。

 それが面白くて面白くて、笑ってしまい。

 二人も釣られて笑い出す。

「なんだかんだ、どっちかと一緒に外出たのはあるけどこの三人だけは初めてかもしれないね」

「確かにそうかもね」

 三人だけ、か。

 二人は今、何を思って何を感じているんだろうか。

 僕は、二人の義兄としてやっていけてるだろうか。

「シオン、また何か考えてる」

「……まぁ、少しね」

 無理には聞かないけど、無理はしないでね、とナズナは呟く。

 普段の刺々しさが、今は柔らかくなっている……気がする。

 そんなやり取りをしているとモモが唐突に抱きついてくる。

「うわっ、どうしたの」

「甘える攻撃」

 本当に……この二人の事は分からない事が多すぎるけど――少なくとも。

 二人と出会えてよかったと思っている。

 どんなに最初に大変なことがあろうと、どんなに大変なことがあろうと。

 この双子は。僕の、大切な義妹なのだから。




***




 バーベキューが終わり、三人で焚き火を囲む。

「蒸し暑いけど、これはこれで楽しいね」

 パチパチと、薪の燃える音を三人で聴く。

「この音って何でこんなに落ち着くんだろうね」

「うーん、なんとかの揺らぎだっけ?それなのかな」

 調べようと携帯を取り出そうとするも、踏みとどまる。

 今はそんな事より、この時間、空間を楽しむべきだ。

「ねぇ、シオン」

「ん?」

 ナズナが上を指差す。

「後で星、見に行かない?良さそうな丘があったからさ」

「いいね、焚き火が終わったら行こうか」

 と言ってもまだ薪は燃え尽きそうにない。

 ここで消火するのももったいないし、と椅子でくつろぐ。

 みんなと来ても楽しかっただろうけど。

 三人で来るからこそ、意味があるのかも知れないとも考える。

 少なくとも、カリンが居たら落ち着いては居られないだろうな。

「みんなは今頃どうしてるんだろね」

「んー、普通に過ごしてるんじゃない?あ、お姉ちゃん」

 モモが何かを思いついたように。

「焚き火の写真送ってあげようよ、少しはキャンプ気分のお裾分け出来るんじゃないかな?」

「いいね、じゃあシオンよろしく」

 なんで僕なんだ、と笑いながら焚き火を撮る……のって結構難しいな……。

 なんとか試行錯誤して結局三人で何枚も写真を撮り、一番良さそうなものを選び送る。

 セミの音、焚き火の弾ける音、そして他愛も無いいつもの会話。

 こうして段々夜は更けて行く。



 深夜一時頃。

 そろそろ星を見に行こう。

「車の中で仮眠したから全然眠気来ないや」

 二人も声を揃えて同じと笑う。

 ランタンをかざしながら丘の上を目指す。

 あたりは既に静まり返り、虫の音と風が草木を揺らす音。

 そして僕達の足音だけが響く。

 丘の頂上には……少しだけ人が居る。星を見に来たのだろう。

 あたりを見渡し、いい所がないか探す。

「おにい、あっちの方人居ないから行こ?」

 小声でモモがささやき指を指す。

 時間も時間だ、少し前に来てた人々が帰ったのであろう。ちょうどよく隅が空いている。

 そこまで行くと他の人の邪魔にならないようランタンの明かりを消す。

 数分ほど経つと眼がなれてきて――

「うわぁ……」

 ――夜空を埋め尽くす、満天の星空。

 その星空を贅沢に味わう。

「ねぇ、シオン」

「どうかした?」

 ナズナは空を指差し、三角形を作る。

「今の私達みたいだなって」

 夏の大三角。

「あそこに見えるアルタイル。あれがシオン」

「なんで僕が?」

 まぁわかるから、と言いながら。

「デネブとベガは私達。どっちでもいいんだけど」

 ……まぁそれで夏の大三角が作れるのはわかる。

 ナズナの言いたいことも、なんとなくわかる。

「私もモモも、ちゃんと。シオンの事思ってんだよ」

「それは……どうも」

 そして、とナズナは続ける。

「デネブとベガ、線を引いてみて」

 言われたとおり、ベガとデネブに線を引く。

「お姉ちゃん」

「モモ、もう少しだけ我慢」

 何かモモが言いたげにしているが、とりあえず線を引いて……?

「そこからアルタイルに繋いでまず三角形を作る」

 なぞる、三角形が宙に浮かぶ。

「……おにい。その三角形、線対称にしたらどうなるか知ってる?」

「線対称……?」

 そう、とモモは僕の腕を取り。

 まずデネブとベガ。線を引く。

「これが私達双子で」

「うん」

 アルタイルとは別の方向に腕を動かされる。

「あれ、何の星かわかる?」

「……北極星、ポラリス」

 線対称の位置には北極星のポラリス。

「あれがゆめちゃん」

「つまり、私達二人もシオンもお嬢様も。同じ様な繋がり方を今してるんだ」

 ……。

 うまく言葉に出来ない。

「今はまだ、うまくやっていけてないのはわかってる。でも」

「私達は、おにいの事を、ちゃんとお兄ちゃんとして見たいの」

 ……そうか。

「これが伝えたくて……キャンプに?」

「こんな時だけは妙に察しが良いね」

 わざわざ、まわりに根回しして。

 三人だけでキャンプに行くように仕掛けて。

「お姉ちゃんとキャンプ行きたいねって話はしてたんだけど。星が見たいねってなって」

「そこから、夏の大三角を調べたら偶然ね」

 強引すぎないか、と少し笑いながら。

 三人で寝転びながら何回も三角形をなぞる。

「最後は、私達を横断すべきだよ」

「……お嬢様と?」

 二人を交差して。線を引く。

「その右手、ちゃんと受け止めなよ」

 暗くとも、薬指に収まっている指輪は目に入る。

「受け止めるって、どうすれば」

「お姉ちゃん?」

 ……モモが疑問符を浮かべている。

「あー、まだアレは伝えるべきじゃない。だけど」

「お姉ちゃん、アレって何?」

 モモが食いつく。

「モモには今度説明するよ。シオンは準備だけはしといて」

「準備って言われても何を……」

 そこだけ、鈍い。そう言われるとまた静寂が訪れる。

 ……そこから何分経っただろうか。

「すぅ……すぅ……」

 モモが寝てしまう。

「シオン、戻ろうか。背負える?」

「あ、うん。大丈夫」

 眠ってるモモを優しく背負う。

「ランタンは任せた」

 足を滑らせないように、テントへと戻る。

「おにい……」

「ん、起きた?」

 ……そのまま声が途切れる。寝言か。

 テントにたどり着くとモモをゆっくりとシュラフの中に入れる。

「おやすみ、シオン」

「うん、おやすみ」

 ……ちゃんと、二人と同じことを思ってたんだな。

 その安心感と共に意識が溶けていき。




***




「――ん、起きてください」

「……ん?」

 僕を起こすのは。

 カリン?

「はぁ、やっと起きましたか」

「うん……って、なんでカリンがここに?」

 迎えに来るにはまだ早い……と言うかまだ朝なのに。

「あのまま帰るとでも思ってたんですか?予約取って車中泊してたんですよ。念の為」

「あはは、そんなに頼りな――」

 違いますよ、とカリンが塞ぐ。

「お嬢様が心配性なだけですから、しょうがないでしょう」

「そっちですか。それならしょうがないですね」

 ところでナズナとモモは……?

「あぁ、顔洗いに行ってきてますよ。シオン君もちゃんと洗って起きてください。片付けしておきますから」

「あ、うん。ありがとう」

 促されるまま、顔を洗いに行く。

「お、おはよ。ねぼすけさん」

「おにいおはよ」

 おはようと返し、顔に冷たい水をおみまいする。

「さて、とっとと帰りますか。お嬢様も寂しがってるし」

「おにい、メッセージ見てないでしょ?」

 顔を拭きながら、確かに見てないなとメッセージを確認する。

「……あはは、早く帰ろうか」

 ユズが居るじゃないか、と思いながらも。

 大量に届いたメッセージを見て笑いながら。

『今から帰りますよ、お嬢様』

 とだけ返す。


 テントを片付け、色々な物を片付け。

「さて、帰りますよ。お嬢様の元へ」

「はい、帰りましょう」

 屋敷に向けて――。



「おかえりなさい、みんな」

「えぇ、只今戻りました、お嬢様」

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