EP11 飽和 - Saturation
『一つだけでいいから、これだけは覚えていて欲しい』
「シオン」
ふとしたタイミングでお嬢様に声をかけられる。
「どうしました?」
「最近お父様の事見かけたことありますか?」
そう言えば無いですねと返す。
「カリンに聞いたらただ単に働き詰めですよ、と帰ってきましたけど……なんか違和感が凄くて」
笑いの後ろに何かがあるような、と言いながら。
「杞憂だと良いんですけど……それで最近頭が回らないんです」
「確かに最近あんまり手がついてませんね」
作業机は散らかると言うレベルを超えて何をどうしてるのかと言った感じ。
「シオンならこんな時どうにかしてくれそうって言う私の謎の思い込みなんですけど」
「謎にも程がありますね……まだ記憶三年ちょっとですよ僕は」
確かにそれもそうですね、とお嬢様は笑いながら。
「少し出かけましょうか、発散させないと雲の切れ間が見える兆しもありませんし」
「わかりました、準備してきますね」
どこに出かけるかはわからないけど、まぁ最低限の物持っていけばいいか。
さて、どこに行くのやら……?
辿り着いたのはモモとも訪れた商業施設。
「本当にいつ見ても大きいですね、屋敷がこんなに広くなくてよかったです」
何故か屋敷と比較してしまうのはある程度屋敷が広めだからなのだろうか。
「モモと来た時も同じこと話してましたよ。掃除とか大変だねって」
……そうだ、良い気分転換になりそうな物があったな。
「お嬢様、観覧車に乗りませんか?気分転換になりますよ」
そんな所もありましたね、と笑いながら二人で観覧車を目指す。
ただひたすらエスカレータを上り、色々な店を脇目に見つつ、観覧車の乗り場までたどり着く。
チケットを二人分買い、受付を済ませ、観覧車に乗り込む。
「おまたせしました、二名様ですね。ごゆっくりどうぞ」
観覧車に乗り込み、日常と非日常の境目を楽しむ。
「もうちょっと上にあがったら屋敷の方角にそれらしい所ありますよ」
「本当ですか?やっぱり大きいんですねうちって」
まぁ前に旅行で訪れた所よりは大きいからそうなんだろうけど。
観覧車は上へ上へと登っていく。
「前に見た景色も素敵ですけど、見知った景色を眺めるのもいいですね」
「えぇ、あそこの方角が屋敷で……あの建物は二人の高校ですね」
モモと乗った時とはまた別の感覚がして楽しいと言うか、新鮮というか。
あの時はまだ少し目が赤かったモモと一緒だから少し心配してたのもあるんだろう。
……お嬢様のことも別の意味で心配だけど。
「折り返し地点なんですね……なんか乗ってると時間感覚が少し鈍ります」
「確か合計で十分くらいだったと思いますけど確かにもう十分くらい乗ってる感覚はありますね」
私はもうちょっと経ってるものだと、とお嬢様が笑いながら返してくる。
順調に観覧車は出入口付近まで降りる。
降りた時にスタッフの人に声をかけられる。
「記念撮影は如何ですか?」
「どうします?」
うーんと少し悩み、じゃあせっかくですからと写真を撮ることに。
「彼氏さんもうちょっと寄ってくださいー。あ、その角度あたりキープで」
「なんか彼氏さんって言われると違和感ありますね」
僕もですと返しながら指示に従う。
「現像までしばらくお待ちください、整理券渡しときますねー、お買い物帰りにでも受付でお受け取りください」
貰った整理券をしまいながら、ふとした疑問をお嬢様に問いかける。
「そう言えばあの時の写真ってどうしたんですか?」
飲み物を飲んでたお嬢様がむせる。
「けほっ、えっと。部屋に飾ってあります」
それは見たんだけど……みんなに送るどうこう……うーん?
深く聞かないことにした方が良さそうな気がしたのでそれ以上は追求せずに話題を変える。
「それでは……次はどこを見に行きますか?」
「ぶらついてるだけでも楽しいですし、お互い気になったお店に入る事にしましょう」
既視感あるなぁ。
「とりあえずこのフロアから見ていきましょうか」
一番上のフロアから見ていくことに。
「うーん、職業柄小物とか見てるとどうしても細いところまで目が行っちゃいますね」
「それも大切な事なんじゃないですか?」
大切なんですけど、と少し起きながら考える。
「見てたらキリがないとも言うんですよね……特に細部まで凝ってるやつは」
「あぁ確かにそうかも知れませんね……職業病って大変ですね……」
自分もアクセサリーを見たりする時は多少細かく見るけどお嬢様程ではないし。
小物ギフト系の店で気になったものを見ては色々な反応をするお嬢様も見てて面白いなぁと思いながら一緒に見る。
「年齢的にもう不釣り合いな物がやっぱり多いですけどね」
「まぁ価格帯的にも若い人向けって感じはありますね。うちのブランドよりも何個か下の」
そうなんですよねと言いながらも食い入るように見るお嬢様。
「ちょっと歳が離れてる妹に向けたプレゼントみたいな感覚ですね」
「そうですね、あの子達よりももうちょっとだけ下になりますけど」
一通り小物ギフト系のお店を見尽くすと次はアクセサリーが密集してるエリアへ。
「シオンはここらへんが好きなんじゃないですか?」
「前にモモと来た時も見ましたけど自分向けにはあんまり見てなかったので確かにそうですね」
自分のこの華奢な体にはあまり合わないメンズアクセコーナーを見ながら。
「シオンってどちらかと言えばレディースな体型と言うか、あまりゴツゴツした物は似合いそうに無いですよね」
「異論も何もありません、実際レディースで見繕う時もありますし」
今つけてるアクセサリーも半分くらいはそうだったりする。
「あそこの店みたいなのはどうですか?」
「あそこの……ってアレは完全にジュエリーじゃないですか」
明らかに価格帯が違う方角を指差すお嬢様。
「普段見ないならこの際に見てみるのも楽しそうじゃないですか、行きましょう」
なんで本人より楽しそうにしてるんだろう、いいけど。
恐らく一人じゃ足を踏み入れることが出来ないエリアへ。
値札を見て少しグエッとなる。全然買えなくはない額だけど価格帯が。
「彼女さんにプレゼントですか?」
「あ、私じゃなくて彼のを見繕ってるんです」
すんなりと流すなぁお嬢様。
僕も流石にこんな所でお嬢様って呼べないのはあるけど。
「こちらのペアリングなんかも素敵ですよ」
いやまて、ペアリングって待て。
まだ付き合ってもない、いや付き合うとかじゃないんだけど……。
「素敵ですね……」
「なんでそんなに本人以上に食いついてるんですか本当に……」
普段のシオンは飾り気が無いので、と一蹴される。
ぐうの音も出ません。
「いや、それでもペアリングはアレじゃないですか」
とお嬢様にだけ聞こえるように話す。
「うーん、そう言う物なんですかね」
いろんな方向に感覚が狂ってらっしゃる。
「シンプルめなこちらのシリーズはどうですか?リングも細いので彼氏さんの体格にも合いそうですよ」
「ですよね、シオンはこれくらい細い方が似合いますよね」
なんで意気投合しちゃってるのかな。
僕がおかしいのかな、わからなくなってきた……。
なんだか無碍にするのも申し訳ないのでちゃんと見てみることにした。
値札は見ないことにする、極力。
「これは銀にコーティングをしてるタイプで、こっちは普通に金ですねー。プラチナなんかもありますよ」
「銀で充分です今は……」
あら残念と言いたげな店員さんとお嬢様。え、やっぱり僕が?
「まぁシオンは金と言うより銀……いや、それならプラチナも合うのかしら」
「なんでハードルをあげていくんですか」
プラチナなんて下手したら……下手しなくても。
「これならネックレスやピアスのセットもありますよ」
「シオン、リングがダメならネックレスとか他のはどうですか?」
まぁ確かにリングよりは良いかも知れない、良いのかも知れない……。
「これなんてどうですか、シオン?」
お嬢様が提案してくる品はなんと言うか……全部的確で。
「ここ三年ちょっとでどんだけ僕の性格とか趣味とか理解してるんですか」
「それは一緒に住んでるから自ずとわかりますよ」
あら、同棲してるんですか?と更に追い打ちをかけられる。
「えぇ、かれこれ三年ちょっとくらい」
「否定はしませんけど……ただ単に同じ屋根のし――」
――お嬢様から無言の圧力を足に受ける。いや暴力では……?
と言うかここまでアクティブなお嬢様は初めて見たかも知れない、すねが痛い。
「それならなおさらペアリングを」
「話戻すんですか!?」
今までの会話からするに持ってないんでしょう?と店員さんに刺されなんとも言えない。
「職業柄あんまりリングは付けられないので……」
嘘ではない。
「じゃあシオンには家事とかだけしてもらいましょうか」
「そう言う問題なんですか?」
もうどうにもこうにもならないので完全に諦めておくことにした。
***
一時間ほど格闘しただろうか。
「買っちった……」
正確にはお嬢様が買った。そのペアリングを今からつける事に。
「ここでつけてくなら値札切りましょうか?」
「えぇ、お願いします」
逃げ道が完全に無くなる。
「さぁ観念して左薬指を」
なんで店員さん悪役になりきってるんですか……。
「試着した時も思いましたけどやっぱり似合いますね」
「お二人共お似合いですよ」
……一時的とは言え、まだ付き合ってもないのに左薬指にペアリングを。
お嬢様が丁寧に箱を仕舞ってるスキを見計らって店員さんが耳打つ。
「系列店でブライダルジュエリーもありますからその際はぜひ」
脳の処理が止まる音がした。
「ありがとうございましたー」
お辞儀をし手を振る店員さんに悪意も何も無いんだよなぁと思いながら左手を見る。
「……屋敷でどう説明するんですかこれ」
「後で右手に変えましょう、位置でリングの意味は変わりますし」
外すって選択肢はないんですね……。
と言った感じでフードコートに逃げ込みリングの位置を変える。
「右薬指は想像力を高めたり精神を安定させると言った意味があるんですよ」
今精神が若干オーバーヒートしてるのは誰のせいだと……。
口が裂けても言えない。
「まぁ屋敷のみんなにはそう説明しましょう、お嬢様のこう言う決断は曲がらないのみんな知ってますし」
どう言う意味ですか?と聞かれるので、ケーキと返すと黙り込むお嬢様。
「まぁ……これでお嬢様が納得するなら僕は良いんですけど」
「ふふ、なんか嬉しいです」
突っ込む気力が失せてしまってるのでもういいかな。
「シオンは……どこにも行きませんよね?」
唐突に何の話を……?
「行くアテも無いですし当然と言えば当然ですがそうですね」
「それなら良いんですけど……同じ様な事をした友人は屋敷からいつの間にか居なくなってたので」
そんな話があるんですか、と返すとシオンが来る半年くらい前ですよと返すお嬢様。
……記憶を失ったあたりの話か。
「今となっては僕の記憶は屋敷から始まったようなもんですから」
「……絶対ですよ?」
なんだろう、この施設は来る人を少し病ませるのか?
「最近本当に嫌な胸騒ぎが……誰かが居なくなっちゃうんじゃないかって」
「それは……確かに嫌ですけど」
たまに夢にも出てくるんです、誰かはわからないですけどとお嬢様は少し意気消沈したかのように話す。
「こんなタイミングにあれなんですけど……居なくなった人ってどんな人だったんですか?」
「元々同級生で、家出をキッカケにうちに泊まり込みから居着いたパターンですね」
なるほど、それなら放浪してしまうのもわかるかも知れない。
「居場所が一つだけじゃない人なのかも知れませんね」
「……私のことを嫌ってしまってなければいいんですけど」
本当にお嬢様は屋敷の人間には過保護と言うか。
「お母様が居ないから余計になんでしょうか」
「少なからず影響はあると思いますよ」
小さい頃に亡くしたのであれば尚更のこと。
「さっきまでつけてたリングはお母様の形見ですから」
「いや、形見は外しちゃいけないんじゃ」
なので左薬指につけますと左薬指にはめるお嬢様。
「もう今日はその程度じゃ驚きませんよ……」
「それは残念です」
……デザートも食べたことだし、散策の続きをしよう。
***
その後結局どこの店にも寄らないままに観覧車の写真を受け取りに行く。
「あの店で相当疲れましたね……」
「ノリノリだったじゃないですか」
それもあって疲れてるんです、と言われる。
……右手のリングはなんだかんだ収まる場所を得たと言わんばかりに自分に馴染んできてる。
写真を受け取ると丁寧にお嬢様は仕舞い込み、出口へと向かう。
「……ユズ?」
お嬢様がふと振り返る。
「お知り合いですか?」
「……いいえ、こんな所に居るとは思いません。他人の空似か何かだと思います」
まぁこれだけ人数が居ればそういうこともあるかも知れない。
外に出るとなんだか雲行きが怪しくなってきた。
「夕立に合うと嫌ですね、早めに駅に行きましょうか」
「そうですね少し早歩きでいきましょう」
あれが雨雲じゃないことを祈りつつ駅に向かう。
幸いにも雨雲に捕まることもなく、帰路につけた。
と思ってたのは最寄り駅付近まで来た時までだった。
「凄い降ってますね」
「……一時間くらい止まないみたいですけどどうします?」
疲れてヘトヘトなのにここで一時間も待つのは嫌だな……。
「タクシーでも使いましょうか、駅なら拾えるでしょうし」
「そうしましょう」
最寄り駅に着くとなぜかそこにはカリンが居た。
「お二人共こんなとこで会うだなんて」
「いや、近所ですよ?」
外で会うことなんて滅多に無いじゃないですか、と言われなんとも言えない。
「今日はバイクで来てるので流石に乗せていけませんね」
「むしろカリンはなんでここに?」
うーんと少し悩むとなんとか言葉を見つけ話すカリン。
「所用です」
「わかりました」
まぁ偶然か何かだろうと思いながらカリンの横を通りタクシー乗り場に向かう。
屋敷までタクシーで向かい、無事帰宅。
「あ、ペアリングだ」
義妹に一瞬でバレた。
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