EP06 流星 - Meteor

『共に駆け抜けましょう、ここではないどこかに』



 うちの屋敷にはガーデンがある。

 よくそこでお茶をしたり色々な季節の花を愛でたり。

 前に旦那様と話した時に花が好きだと零すと、良ければと管理する権利を得たので最近はわりかし自由に植えたり育てたりしている。

 最近はハーブを中心に植えて料理やお茶にしたり。

 そんなこんなでこの季節は開花したり気候が安定してきたりでここでのお茶会の頻度が増えていく訳なのだが。


 今日もただただいつもの平日、だと思っていた。

 ただ、少しお嬢様の顔つきが曇っていたのを察し、仕事を切り上げて午後はのんびりしようと遠回しに伝える。

「そうですね、大きい案件も終わったことですし。今日は天気も良いですし久々に」

 お茶を淹れてきますから、と一言添え部屋を出る。

 とりあえず紅茶を淹れよう。下手に勘付かれないように、至ってシンプルな紅茶を。


 いつものようにティートロリーで紅茶とクッキー等をガーデンに運んでいく。

「お待たせしました」

 僕の言葉に対し大丈夫ですよ、とお嬢様は返す。

 ……冷めないうちに、と紅茶を二人分カップに注ぐ。

 暖かい陽だまりに包まれた午後のガーデンで二人、立場を気にせず一番リラックスして話が出来るいいタイミング。

 色々と雑談を交えながらどのタイミングで切り出そうかと迷っていると、お嬢様の方から相談を持ちかけられた。

「……あの時も話ましたけど、あの子達はそろそろ進路を選ぶ頃でしょう?やっぱり、少し怖くなちゃって」

 この屋敷から出ていくのかもしれない、と言う言葉が喉から出てこないお嬢様を見つめながら考える。

 確かに高校二年生ともなるとそろそろちゃんと進路を決めていかなきゃいけない時期がかなり近い。

 進学の道を選ぶのなら―――二人ならここから通える場所を選ぶだろうが、もしかすると遠くで下宿するのかもしれない。それが可能な程の貯蓄はあるはずだ。

 じゃあ社会に出るなら―――うちの会社や、屋敷で働くこともありえるが、他の職場を選ぶかもしれない。転勤はもちろんのこと、配属がそもそも遠い場所に割り振られる可能性だってある。

「……確かに、僕もあの二人が居ない生活は想像したくもありませんね」

「でしょう?それが最近怖くて、たまに寝付けない事があって」

 言われてみれば今日もお嬢様にくまが出来ている。ただ普通に夜通し作業していたものだと思っていたが……心配事だったとは。

 一番お嬢様のそばに居る存在なのに、それに気がつけなかった事に少し意気消沈しながらも自分がめげてはならないと紅茶を飲みながら少し落ち着く。

「でも、止めたくは無いんです。二人の人生ですから」

「そう……ですね」

 本音はどうなのか、表情や声色からは一切判断できない。

 ……僕だって、二人の意見は尊重したい。

 ただ、それが二人にとって幸せなのかどうかはわからない。


「……小さい頃にお母様を亡くしてから、ずっとお父様しか居なくて。中学生になった頃あたりからは、家族と言うものがわからなくなってたんです」

 お嬢様が淡々と話し出す。

「そこからしばらくしてカリンと出会い、ナズナとモモと出会い……シオンとも出会い。私にとっては……これが、私の家族なのかなって」

 そして少しの静寂が訪れた後に、お嬢様が一番言いたかったであろう言葉を。

「……これからも、家族として一緒に過ごしていきたいんです。私のわがままかも知れないですけど、みんなにはそばにいて欲しいんです」

 お嬢様は少しだけ、僕にしかわからない量の涙を零す。

「僕は、離れませんよ。……第一離れる先なんてありませんし」

 ……ここを離れた所で。僕には何が出来る?

 何も知らない場所に突然立たされたら……どう足掻けばいいのかすらわからない。

 むしろ、あの頃はどうやって足掻いていたかすら忘れてしまったくらい、ここでの生活慣れてしまった。

 ぶっちゃけた話、仕事がある程度楽なのに対してお給金が多いのもまぁ事実として一つの理由ではあるけど。

 それよりも―――

「お嬢様の側に居たい、それが僕の本音です」

「……まるでプロポーズみたいね、シオン」

 二人でふふっと笑う。空になったカップに紅茶を継ぎ足し、何事も無かったかのようにお茶会を再開する。

 確かに今の言葉は普通に発するならプロポーズのような言葉ではあるが、僕とお嬢様の仲ではある意味でのジョークのようなモノである。

 ……ある意味で、ね。


 さてと、そんなことより紅茶が無くなったのでお嬢様に解散を告げる。

「ちょっと情けない所を見せてしまいましたね」

「僕はお嬢様の事だったらなんでも受け入れますよ」

 笑顔で返すとお嬢様は唐突に怖い事を言い出す。

「例えば……ほら、高台から飛び降りろとかって言ってもですか?」

 いや、なんで死ぬ前提なんだ。

 だけど……。

「……飛びますよ、望むのであれば」

「言いません、そんなことさせるより何がなんでも側に居させますから」

 ある意味での頑固者、だよなぁと思いながら。それくらいお嬢様は僕の事を必要としてくれてる訳で……。

 僕の『空白』を埋めてくれる貴重な存在でもあるし。

 ……僕が上手いこと利用しているだけなのかもしれないけど。




 ***




 数日後。

 ガーデンの手入れをしているとナズナがふらりとやってくる。

「新しいの植えるの?」

「今日はローズマリーとか植える予定」

 ふーん、と興味がないのかあるのかわからない返事を返しながら椅子に座るナズナ。

「あ、手伝う気は無いからね」

「聞く予定も無かったよ」

 ナズナの話を聞き流しながら作業を続ける。


「シオンはさ」

 それまで無言で陽だまりに溶けていた唐突にナズナが口を挟む。

「どうした?」

「今後って、考えたことある?」

 ……今後、か。

「あんまり考えたことは無いかな」

「……ふーん。ま、シオンならそんなもんか」

 またこいつは人のことをなんだと。

「じゃあ、ナズナは?」

「私?」

 そうだなー、と人の持ってきた水筒のお茶を勝手に飲みながらナズナは長考する。

「あー、やめやめ。進路の話はこれから余計めんどくさくなる」

「それまでには考えときなよ、少しは」

 何も考えてない人間に言われたくない、と噛みつかれながら。

「モモの事もあるからね、私だけじゃ決めらんないよ」

 至極正論を投げつけられる。

 確かにただの姉妹ならまだしも、双子だから余計に重みはあるんだろう。

「考えてたら頭痛くなってきたんだけど」

「振ってきたのはそっちだろ。ちょうどこっちは終わったし中に戻ろう」

 手入れ道具を手に持ち、ナズナと屋敷の中に戻る。

 倉庫に手入れ道具を仕舞い、その他諸々の後片付けも済ませる。

 疲れたしお茶でものんびり飲もうとキッチンに向かう。


「おにいだ」

 キッチンに入るとモモが一人でお菓子を食べながらくつろいでいた。

「ハーブ植えて疲れたからお茶にしようと思ってね」

「おにいのハーブどれも良いものばっかりだから今から楽しみ!」

 ありがとう、と返しながらお湯を沸かす。まぁまぁ疲れたしちょっと暑かったからアイスティーかな……。

「おにいもチョコ、食べる?」

「ありがと、食べるから置いといて」

 慣れた手付きでお茶を淹れ、モモの隣に座る。

「はい、モモの分」

「ありがとー」

 一緒にお菓子を食べながら、和やかな空気を楽しみ談笑する。

 そんな中、モモが唐突に話題を変える。

「おにい、あのね?」

「ん?どうした?」

 少し恥ずかしそうにたたまれたコピー用紙を差し出すモモ。

 授業参観?高校にもあるもんなのか。

「うん。忙しかったら大丈夫なんだけどね」

 この日付なら調整すれば全然いけないこともないな。一応お嬢様にも声をかけてみよう。

「お茶ごちそうさま!食器一緒に片付けちゃうねー」

「ありがと」

 モモは席を立つと満面の笑みでこちらを見てから二人分の食器を洗いに行く。

 こんな僕でも、呼んでくれるんだなと思うと少し嬉しく思う。

 なんて少し上機嫌で部屋に戻ろうとすると嫌なタイミングで出会ってしまう人間。

「あら、すごい笑顔ですねシオン君」

「あー、凄い丁度会いたくないタイミングですね」

 酷いですね、と言いながら何かあったんですか?とカリンが聞いてくる。

 一言で済ませてもいいのだが、なんとなく気が向いてしまったので。

「じゃあ一服しながら話しますよ」

 喫煙所に二人で向かうことにした。


 お互い無言で火を点け、一服する。

 カリンにモモから貰ったコピー用紙を手渡す。

「二人の授業参観に。なるほど」

「お嬢様にも声をかけようかと思ってる所です」

 なぜ私には?と噛みつかれる。

 ……なんでだろう?と一瞬思ってしまった。

 少しだけ考え、先日のガーデンでお嬢様と話してた内容を思い出しカリンに軽く説明する。

「ふむ……それだったら確かに私よりはお嬢様の方が適任ですね」

「流石に三人で行くのは二人も迷惑だろうし」

 私も二人の成長は見届けたいんですけどね、と笑いながら煙草の火を消すカリン。

 僕も同じタイミングで煙草の火を消す。

「ふふ、粋な返事ですね」

「伝わったならなによりです」


 そしてお互い二本目に火を点けた時だった。

「そう言えば……シオン君、前回の旅はどうでしたか?」

 ふと、カリンが尋ねてくる。

「なんだかんだで楽しかったですよ、色々ありましたけど」

 少し噛みつきながら返す。

 ふむ、と少し考えながら煙を吐くとカリンが口を開く。

「シオン君さえよければ今度の休みにでもちょっと遠くへ行きませんか?この時期のバイク旅はとても心地よいですよ」

 初夏のバイク……確かに心地よさそうだ。海辺でも山でも、楽しそうだな。

「それに、あの子達と違ってシオン君とはちゃんと話したこともありませんし。もう少しお互いを知るのも大切かと」

 確かに、カリンは旦那様の方がメインなのであの二人より接点はあまりないかもしれない。

 それでこそ……共通点は煙草とかくらい。しかパッと浮かばない。

「いいですね。楽しみにしてます」


 その決断が僕にどれだけの被害をもたらすのか。

 誰も教えてはくれなかった。


「あぁシオン君、明日のバイクですが少し注意点があります」

「注意点、ですか?」

 僕のポケットの中から通知音が響く。カリンからのメッセージには動画のアドレスが添えられている。

「大型のバイクですし、乗り方を口頭で伝えるよりは動画の方が楽なので」

 万が一の事故も怖いですし、楽しむ為には予習が必要ですよ、と付け足しながら手を振り喫煙所を出ていくカリン。

 僕も煙草を消し、自室に戻り動画を何回か見る。なるほど、こう乗るのか。




***




 そして、当日。

「おにい、いってらっしゃい!今日は私に任せて!」

 モモが手を振りながら叫んでくる。

 行ってくるね、と僕もモモに手を振り返しながらこれでもかと降り注ぐ陽光を手で遮る。

 カリンもこれなら天気の心配ありませんねと呟く。

「ではシオン君、行きましょうか。ガレージからバイクを出してくるのでここで待っていてください」

 カリンからフルフェイスのヘルメットを渡され屋敷の前で待つ。

 ヘルメットを被り調整をしていると、カリンの身体に合わないのじゃないかと言うサイズの大型バイクを引っ張ってやってくる。

 バイクを停めると再度重要な所だけ確認を入れ、カリンが乗ったバイクに乗り込む。

「曲がる時や止まる時は合図しますので」

 そして、とカリンがわざわざ後ろの僕を見てから話を続ける。

「シオン君、別に私はなんとも思いません、思いっきり抱きしめてくださいね」

 うっ、今日ちょっと気にしてた事をストレートに、フルフェイス同士でもわかるような意地悪そうな言い方を。

「もっと緊張する事言わないで貰えない?」

 しょうがないから覚悟を決めて一日なんとかしよう。

 そう思ってた時代が、僕にもありました。



「うわあああああ?!」

 荒い。

「次、右曲がりますよー」

 荒い。

 お嬢様がカリンのバイクの話になる度苦笑と言うか、本当に苦い物を食べたような顔をしていたのは―――

 いや考えてる余裕がない、恥ずかしいとかじゃない。

 命の危険を感じる、思いっきりカリンを抱きしめる。

 ―――それほどカリンの運転は荒い。

「いやぁ、楽しいですねぇ」

 もはや楽しむどころかそれに返事をする気力と言うか。

 色々と余裕がないままカリンに拉致される。



「さて、とりあえず休憩しましょう」

「解放された……」

 まずは無事に地面を踏めることに安堵しながらカリンと一緒に歩く。

 ここは……。

「公園、ですか?」

 はい、どうみても公園ですよ。と返すカリンの横を歩きながら大きめの公園を練り歩く。

「ここでちょっと一服しましょう。飲み物を買ってきますね」

 カリンが自動販売機に飲み物を買いに行くのを見送ると、近くにあった喫煙所のベンチに腰掛ける。

 そして少し経って帰ってきたカリンは。

 まるでチェックメイト、と言いたいように僕の分の缶コーヒーを隣に置く。

「いやぁ、かなり抱きしめてきましたねシオン君」

 受け取った飲み物を吹き出しそうになるのをこらえながら赤面するのが自分でもわかる。

「いやっ、そう言うんじゃ……!」

「冗談ですよ。ふふっ、からかいがいがありますね」

 手のひらの上でころころ転がされながら。カリンの声のトーンが少し落ち着くのに気がつく。

 そして、少しだけ間を置くとカリンは話しだした。

「……ここの公園の、このベンチで。ナズナとモモは拾われたんですよ」

「あの子達が……拾われた?」

 そう言えばあの子達がなんで住み込みで働いているのか、考えてもみなかった。

 てっきり高校に近い場所で住み込みで働くことも出来るから、とか。そんな感じだと思ってはいたが……。




***




 カリンはゆっくりと立ち上がる。

「何年か前のこんな日に、お嬢様とバイクで出かけたことがあるんです」

 淡々と、まるで語り部のように話し出す。

「お嬢様が休憩したいと仰られたので、この公園で休憩することにしたんです。私は少し給油に行ってたのですが……」


 公園に戻ってくると、お嬢様と見知らぬ子供が二人。

 一人は全てを吐き出すような、悲しみを洗い流すような量の涙を流し。

 もう一人はその子の手をぎゅっと握りしめるも、その手は震えが止まらない。

 そこに優しく寄り添うように、お嬢様は佇んでいた。

「話を聞いたお嬢様は、どうしても保護したいとの一点張りでして。まぁ、私も同じ考えだったので旦那様に連絡をして一時的に保護することにしたんです」

 それが結果的に今に至るんですけどね、と最後に付け足す。

「そう……だったんですね」

「あ、これは内緒ですよ。特にあの子達の前では」

 流石に言いませんよ。と返すとそれを聞いたカリンはにこりと笑う。

「さて、メインディッシュと行きましょうか」

「あとどれくらいあるんですか?」

 内緒です、でもそこまで遠くはないですよ、と缶コーヒーを飲み干しながらカリンが返す。

 もしかして、やっぱり照れてるんですか?とからかわれるも、違いますと受け流す。

 あぁ、またあの爆走タイムに戻るのか、とちょっと考えながらも。

 なんだかんだ……いや、こう前置きすると失礼な言い方だが、カリンもかなり美人な訳で……。


 ―――照れるもんは、照れる。




***




 そのまま一時間程、照れも恐怖も何も考えないようにしながらバイクは走っていく。そして急に景色が変わる。海だ!

 唐突に身体を包み込む潮風に少し心地よさを考えながら……ここでは止まらない様子のカリン。

 あろうことか海を無視して、複雑な小道に入り込んで……余計に荒さが目立ってくる。

 道路も若干コンクリートが壊れたりしている影響で上下に揺れる。

 うーん、車酔いしない体質で良かった。車酔いとか言う概念とはまた違う気がするけど。


 そのまま酷道を突き進んでいくと、唐突にカリンはバイクを止める。

「着きましたよ、シオン君」

「ここは……灯台、ですか?」

 目の前には石造りの灯台がそびえ立っていた。

「ふふ、シオン君。ここからが本番ですよ?ちゃんとついてきてくださいね?」

 カリンが灯台の下に歩いていき、中に入る。

「……ここ、入れるんですか?」

「えぇ。結構興味深い資料もありますよ、それなりに歴史のある灯台なので」

 カリンは手慣れた手付きで二人分の見学料を支払い、かなり急な螺旋階段を登っていく。

「かなりきつい階段なので滑り落ちないように。帰り道の方が危ないんですけどね」

 何段だろう、途中で登りきったと思ったらまだ中間地点らしく、まだまだ螺旋階段は続いていく。

 それを何回重ねたのか、数えるのを諦めて何回か。ようやく階段が終わる。

「ここが頂上、ですか?」

「そうです。さぁ、シオン君外に出ますよ」

 外に?と思いながらドアを開けると―――

「―――うわっ!?」

 扉を開けた途端、突如として強烈な海風が全身を襲う。

 びっくりして反射的に一瞬目を閉じてしまう。

 そしてその一瞬が終わると、目の前にはとてもとてもキレイな景色が広がっていた。

「凄い……」

「そう言ってもらえてよかったです。きっと気に入る場所だと思って選んだので」

 えぇ、バッチリ気に入りましたよ、と返す。

 カリンは笑みを浮かべると僕の手を引き、灯台の外をぐるっと一周歩く。

「手を引く意味って……ありますか?」

「シオン君はすぐ吹き飛んじゃいそうですからね。大事なシオン君を吹き飛ばしたらお嬢様に大目玉食らいますし」

 ……僕ってそんな感じで思われてたのか、と思いながら。

 ぐるっと一周、どこを見ても景色が素晴らしく。どこも変わった味を出していて……本当にキレイだ。



 そこからまた、急な急な螺旋階段を落ちないようにゆっくりと下っていき灯台の下に戻る。

 そして。

「それじゃ、シオン君。帰りましょう」

 地獄の爆走タイムが始まる。



 酷道を進んでいく。

 舗装が所々剥がれている道をくねってたまに跳ねて、をしていると。

 どうしても一日の疲れと諦めで強めにしがみついてても、どこか恥ずかしさが捨てきれず緩んでしまう。

 そんなタイミングで縦揺れに煽られる。

 少し緩んだ腕が……腰よりも高い位置に当たってしまう。

「セクハラですか?」

「事故ですっ!」

 わかってますよ、と笑いながら返すカリンに対し、もう二度と再発させないと言う強い決心で恥ずかしさを捨てる。

 そこから二時間ほど、ずっとカリンの温もりと風の冷たさを感じながら屋敷に帰る。

「ん、シオンとカリンじゃん。おかえり」

 ちょうどよく帰宅したナズナ。彼女も今日は出かけていたらしい。

 そのままエントランスに一緒に入ろうとするとカリンに引き止められる。

「……少しだけ話がありますので車庫まで一緒についてきてください」

「なに、シオンついにやらかしたの?」

 やらかし……いや、事故ではあったがアレがやらかしてしまったのであれば謝罪はしておかなければ、などと考えながらナズナになんでもないよと返し、カリンと共にバイクを車庫に持っていく。



「で……僕、何かやらかしました?」

「あはは、やらかしてはいませんよ。胸も別になんとも思ってませんし、シオン君をそう言う対象とは見ないですね」

 別に嫌われてる訳でも無関心な訳でもなく、ただ純粋にでも対象外だと変なノリで投げつけられる。

 ……それじゃ、なんでここまで連れてきたんだ?

「まぁ、別にそこまで深い事ではありませんよ。今日は一緒にバイクに乗れて楽しかったですし」

「……もしかして感想が聞きたいとかですか?」

 凄い楽しかったですよ、続ける。運転の荒さには何も言わないでおいた。

「いえ、そう言うのもありますが……」

 カリンが一呼吸おいて僕の顔を見て話す。


「お嬢様をよろしくおねがいします」

 なんとなく、空気が変わったのを察する。

「……えぇ。わかりました」

 最近旦那様は忙しいし。

 それもあってお嬢様の事も心配しながら、僕に委ねるような発言だったんだろう。

 今のお嬢様に仕えてる中で一日中動けるのは自分だけだし。

 だから、カリンから任されたと。


 純粋に、そう思っていた。




***




 コンコン、と扉を叩く。

 部屋の中からははい、とだけ返事が帰ってくる。

「戻りました、お嬢様」

「おかえりなさい、シオン」

 お嬢様にカリンの運転の話をするとふふ、と笑いながら大変な休日だったでしょう?とお嬢様は笑う。

「しがみつくのに必死でしたよ……」

「……そうですね。楽しかったですか?」

 もちろん楽しかったです、と返す。

「明日から、またよろしくおねがいしますね」

 その意味に気が付かぬまま、こちらこそと返す。


 そして、また何も変わらない生活が始まる。

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