提示部:第一主題 - Journey

EP04 芽吹き - Shoot

『私は止まる気は無いの、少なくとも今のあなたとは違う』


「おにい、居る?」

 夜、自室でのんびりしているとモモがノックしながらドアを開けてやってくる。

 ノックの意味を理解しているのだろうか、この義妹は。

「何かあった?」

 別にー、と言いながらベッドに腰掛けるモモ。

 特に用事が無いなら……と思いつつも追い返す理由も無いので僕もベッドに腰掛ける事にする。

「で、本題は?」

「うん、明日暇かなって聞きに来たの」

 明日……は特に用事はないはずだけど。

「暇といえば暇かな」

「じゃあデートしよ!」

 ……からかってるのか、何か企んでるのか。

 一瞬だけ考えるも、別にいいやとすぐに思考がリセットされる。

「デート、ねぇ。どこか行きたいの?」

「んー、行くとしたらお買い物かなぁ」

 遊園地とかじゃないんだ、と返すとそこまで子供じゃないですーと返される。

 まぁ買い物くらい付き合ってあげるか。別に苦では無いし、明日は晴れるみたいだから良い休暇にはなるだろう。

「わかった、行こうか」

「ほんとに?やったー!」

 嬉しそうに人のベッドで寝転がる義妹を見ていると自分も笑みがこぼれる。

 でも買い物か。モモは何を買いに行きたいんだろう。

 服かアクセサリーか……なのかな。

 ……よく考えたら僕はナズナも含めこの子達の事をあまり良く知らない。

 同居人な訳だし、色々知ってて損はないだろう。

 ――と思っていた頃の自分がどれだけ浅はかだったかはまた別の話になる。


「じゃあ、十時にエントランス集合でいい?」

「わかったよ、寝過ごさないように今日はもう寝ようか」

 まだそこまで深い時間では無いけど……。このままの調子だと寝るまでベッドの半分を長い間占領するだろうから。

「おにいが追い出すー」

「はいはい、明日一緒に遊んであげるからとっとと寝なさいな」

 モモを部屋から追い出す。

 僕も明日休みだから、と何も考えずに力仕事をしたせいで溜まってる疲れを早めに癒すために眠りにつくことにした。

 ……残り香なんてものを残して行きやがってあいつ。




***




 午前十時……ちょっと前、エントランス。

 身支度を終えて先に待っていようとエントランスに向かうと先客が。

 ……ナズナ?

「おはよ、ナズナも今日どこか出るのか?」

「いや、出る訳じゃないけど。まだモモは準備してるしシオンなら早めに来るだろうなと思って」

 ……どう言う事だ?

「多分思ってることとは違うよ」

「え?」

 はぁ、察しが悪いなと椅子から立ち上がりながらいつもと同じように悪態をついてくるナズナ。

「モモには気をつけときなよ、ってアドバイス」

「忠告とかじゃないんだ」

 あはは、シオンにそんな事出来るわけ無いじゃん、と更に笑いながら手を振り自分の部屋に戻るナズナ。

 そしてすれ違うようにエントランスに来るモモ。

「あれ、お姉ちゃんと何か話してたの?」

「いつもみたいに僕を見つけ次第イタズラ、ってだけだよ」

 あはは、お姉ちゃんらしいやとモモは笑い、僕も釣られて笑う。

 玄関の扉を開ける――眩しい、とてもいい天気だ。

「それじゃ、行こうかおにい」

 モモは僕の手を引っ張り走り出す。

 小さくて、可憐な彼女の手を握り返し、二人で駅まで小走りで。

 たまにはこう言う日常も、悪くない。


 駅から電車で二十分程だろうか。

 他愛もない会話をしながら目的地で電車を降りる。

「あの、おにい」

「ん?どうした?」

 モモは少し恥ずかしそうに、もじもじとしながらゆっくりと言葉を発する。

「……人も多いしさ、はぐれちゃうと嫌だから。手、繋いでても良い?」

 駅まではずっと、そもそもモモから手を繋いでたじゃないか。と、ここで言うのは流石に無神経すぎるので、無言で彼女の手を取る。

「ありがと」


 少し歩くとお目当ての商業施設にたどり着く。

 やはり人も多いし、これではぐれたら確かに大変そうだな。

 とりあえずどこから見ていくのかモモに尋ねると、特に何もと返ってくるので、二人でフロアガイドを見渡す。

 階層とエリアである程度ジャンルが分けられているらしいので、最初に服を見に行くことにする。

「いやぁ、久々に来たけどやっぱりここって広いねぇ」

「ここらへんじゃ一番か二番目くらいに大きいんじゃなかったか?」

 などと雑談を挟みながら様々な店を冷やかしていく。所謂ウィンドウショッピングと言う奴だ。

 モモは店に入るときだろうがなんだろうが手を離そうとはしないので、そこまで不安になるもんか?と思いながらも別に離す理由も無いのでそのままにする。

 そうなると、大体店員さんから最初に声かけられるのは。

「仲良いですね、彼氏さんですか?」

 そう見える……ならまぁ、まだいいか。

 勘違いされ、下手すれば通報されかねない年齢の離れ方はしている訳だから。

「えへへ、そうなんです」

 いえ、と声を出そうとすると握られている手が心なしか……いや、確実に強くなってる。

 そんな痛くなる程の握力ではないが意図はわかるので合わせる。

 このように何店舗かはしごして、すべて冷やかすだけ冷やかし店を出るモモ。

「……なんか買いに来たんじゃないのか?お目当て見つからない?」

「別に決まってほしいものがあるわけじゃないよ。でもちょっと暑くなってきたからワンピースみたいなのは欲しいかなって」

 さっきから冷やかしてる店にあらかた置いてあった気がするんだけど……お気に召さなかったのだろう。

 そうこうしてる間に気が付けばここら一帯の店を見つくしてしまった。

「うーん、無かった!」

 ゆめちゃんに何かもらおー、と話しながら次のエリアへ足を踏み入れる。アクセサリーコーナーか。

「そう言えばおにいはピアスっていつからしてるの?」

 ……いつから、か。とても難しい質問だな。

「うーん、結構前からだったはず。屋敷に来る前には開けてたよ」

 嘘はついていない、嘘は。

「じゃあいろんなピアスつけたりしてきたの?」

「あんまり派手なのはつけてないよ」

 今つけてるのも一応お出かけ用と言うことで付け替えてきた物で、普段はもっとシンプルな物を付けてるし。

「いつか開けてみたいんだよね、ピアス」

 モモがピアス、か。

 そう言えば今日もイヤリングを付けてるからイメージはしやすい。

「例えばサマーワンピならこう言うのが似合うんじゃない?」

 入ったアクセサリー屋のピアスコーナーから何個かピックアップする。

「あっ、それかわいい!……かわいいよね!」

 モモがわざとらしい上目遣いでこちらを見る。

「……欲しいの?」

「さぁ?どっちでしょう?」

 じゃあ買わないぞ、と店を出ようとすると引っ張られる。

「わかった、わかったから!肩痛いから引っ張らないで、筋肉痛が」

「えへへ、ありがと」

 モモが気に入ったピアスをアクセサリー用の小さいカゴの中に丁寧に入れ……あと何個かピアスとイヤリング、そしてとあるモノをカゴに入れレジへ向かう。

「おにい、そんなには」

「これは未来のモモへの投資だよ」

 なにそれ、と笑いながら少し恥ずかしそうなモモを見てこちらも笑みが零れる。

 お会計……まぁこんなもんだろう。

 店を出て一旦座れる場所を探し、腰を下ろす。

「はい、これ。まだホール開けれなくてもこれ使えば疑似的にピアスつけれるからさ」

 イヤリングコンバーターと呼ばれるそのアイテム。

 一見何もついてないイヤリングに見えて、よく見るとイヤリング本体にピアスホールの代わりがあり、そこにピアスを通せば耳に穴を開けることなくピアスをつけれる便利アイテム。

「えっ、そんなことまで考えててくれたの……!?」

「せっかく買うんだったら早めにつけれる方がいいだろ?」

 うん、とモモは勢いよく席を立つ。

「ちょっとつけてくるから待ってて!」

 元気よく駆け出していくモモを見ながら……まぁお手洗いとここならそこまで距離も離れてないしはぐれる事はないだろう。


 数分後、モモが戻ってくる。

「……似合う?」

「うん、とっても似合ってるよ」

 良かった、と恥ずかしそうに笑いながら席に座るモモ。

「さて、ここからどうしようか?」

「んー、おなかすいたからごはん!」

 了解、と頷き何か良いところはないか二人で探し、ある程度目星を付けると席を立つ。

 今度は僕の方からモモの手を取りフードコートの方へ歩いていく。




***




 腹ごしらえも済み、また再び散策を再開する。

「本当にここ一日居られるんじゃないかってくらい大きいよねぇ」

 本当に……こんなに大きい施設、維持するのも大変だろうなぁ。

「屋敷がこんなに大きくなくて良かったなって今思ったよ」

「あはは、私たちしか住んでないのにこれだけ大きかったら掃除とか大変だね」

 僕が一番大変だよ、と笑いながら歩く。

 こんな大豪邸……ってレベルじゃない場所、一人じゃ何日かかることやら。

 って、ここまで大きかったら何人も雇うよ普通。

 なんて話も交えながら歩いていると急にモモが立ち止まる。

「ん、どうした?」

「あのグッズ、前お姉ちゃんが欲しいって言ってたやつだ!買いに行く!」

 グッズがある場所までモモに引っ張られる。あぁ、確かに前そんなこと言ってた気がするな。

 モモはグッズを手に取りレジに向かう。例の如く、僕の手は離さないまま。

「自宅用で、ラッピングはいらないでーす」

 支払いを済ませ、商品をバッグに入れるのを見守る。

 見守る。

 ……見守る。

「手、邪魔じゃない?」

「ぐぬぬ」

 手を意地でも離そうとしないモモを見ながら仕方がないので僕がバッグに入れてあげる。

「ありがと」

「どういたしまして」


 不思議なそう顔をする店員さんを横目に店を出る。

 そこからまた歩いていると、今日何度目かわからないが……今までよりも強く手にプレッシャーがかかる。

「おにい、ちょっとこっち」

「あ、うん……?」

 とりあえず何も考えずにモモに合わせて動く。

「……おにいの身体で私を隠してて、ちょっとの間」

「わかったよ」

 苦手な相手でも居たのかわからないけど、とにかく通路上からは死角になるようにモモをカバーする。

 そこからしばしの間、モモを見る。

 いつもあんなに元気なのに、今はまるで怯えた子犬のように震えている。

 そっと軽く頭を撫でるとモモは僕の方を向く。

「……泣いてない」

「うん」


 もうしばらくして、モモが口を開く。

「おにい、もう大丈夫」

 モモがゆっくりと呼吸をしながら僕に告げるので、僕はモモから離れ――

「捕まえたっ!」

「えぇっ!?」

 思いっきり抱きしめられる。

 公衆の面前で、僕を後ろから抱きしめる。

 まわりからは微笑ましそうな目で見られる、何の罠だこれは。

「えへへ、これで元気ばっちり」

 少しだけ腫れたモモの無邪気な目を見ていると特に文句も何も浮かんでこない。

「それならなにより」


 また、このだだっ広い施設の中をぐるぐると練り歩いて、フロアを上がり、また練り歩く。

 どのくらい経ったのだろうか。時計も何も確認していないので時間の感覚があやふやだが……そろそろ帰る時間が近づいてるのはわかる。

「そう言えば、ここの屋上って観覧車あるんだよねー」

「乗りたいなら乗りたいってちゃんと言いなさい」

 乗りたいです!と素直に答えるので屋上までそのまま行くことにする。

 二人分のチケットを買い、順番を待つ。

「――おまたせしました、二名様ですね。ごゆっくりどうぞ」


 観覧車の椅子に座ると一日の疲れが一気に降り注いでくる感覚に襲われる。

「やっと落ち着けるね、おにい」

「もう左手の感覚があやふやだよ」

 観覧車の中だけ両手の自由が許される。降りるまでに感覚が少しは回復するといいのだけど。

「もうちょっとで頂上だよ!」


 ――世界を一瞬だけ、二人だけで独占しているような。

 街は茜色に染まり、全てを包み込んでいく。

 先程までの疲れも忘れ、二人で食い入るように。

 街を、夕日を、全てを頬張る。

「あ、あそこ!屋敷じゃない?」

「流石にここからじゃ……あ、確かに方角的にもあってるかも」

 こう、唐突に現実味を帯びた瞬間フィルターが解けたようにいつもの街に戻っていく。

 今頃、屋敷のみんなは何してるのかな、と思いながら。

 帰るまではモモの事だけを考えよう。


 観覧車から降り、何も言わずに手を取り。

 駅まで二人で歩いていく。

 あとは電車に乗って、最寄りで降りて屋敷までゆっくりと歩いていく。


「あら二人共、おかえりなさい」

「えぇ、ただいま戻りました」

 屋敷に戻るとお嬢様とナズナが出迎えてくれた。

「シオン、後で部屋に行くから」

 ナズナが?まぁいいけど、と返す。

「モモ、そのイヤリングとっても似合ってる」

「えへへ、実はこれピアスなんだー、おにいがイヤリングにする奴買ってくれたの!」

 良かったですね、とモモの頭を撫でるお嬢様。

「さて、お夕飯にしましょう。今日はカリンが作ってくれたんです」

「んー、このいい匂いはカリン姉の料理だったんだね、早く食べよ!」

 その前に手洗いうがいね、とモモを捕まえ引きずる。

 ……やっぱり屋敷の中が一番落ち着くなぁ。

 どちらかと言えば、守られてるのは僕の方なのかもしれないし。

 そう思いながら、無邪気に笑うモモを眺めた。




***




 ……数時間後、僕の部屋にて。

「で、シオン」

「話ってなにさ?」

 特に重要って訳じゃないんだけどね、と前置きしながら。

「今日のモモ、どうだった?」

「どう……って、いつもどおりだったけど」

 ふーん、と僕を見ながらナズナはしばし黙り込む。

「……ナズナ?」

 声をかけるも、まだ答えは返ってこない。

 そして、また何分経ったか。ナズナがようやく口を開いた。

「ま、妥協点ってことなのかな。シオン、要観察」

「いや、何もしてないんだけど?」

 逆だよ、とナズナは落ち着いたトーンで話す。

「……まだ話すには早いけど、いつか話すから。今はモモを見守って欲しい」

「わかってるよ」

 何を考えているのか、何を話そうとしているのかはわからないけど。

 ――僕はこの二人について、やはりまだ知らない事が多すぎる。

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