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 ひと悶着を終えると、俺たちは順番待ちすべく屋台近くのベンチに腰かけた。


「せんぱい、ちょっと寒くないですか」

「まあ11月の深夜だしな」


 人が多いため実際の温度よりは暖かく感じるのだろうが、それでも初冬の夜風は肌寒く流れている。


「もうちょっと近づきましょうか」

「ああ? イヤだよばっちい」

「ばっちくありませんー」


 後輩ちゃんはムキになった様子でズイっと身体を寄せて軽く抱き着いてくる。ばっちいって、さっきキミも先輩に言い放ったんだよ。覚えていますか?


「ほら、あったかい」

「そりゃ少しは温かいけどさあ」


 なんというか、居心地が悪い。

 陰キャの習性としては無意識的に身体を仰け反らせて驚異の脱出劇を見せたくなる。人との距離感に苦しむ生き物なのです、我々は。


「こんなことしてると、恋人に見えるんですかね。私たちでも」


 後輩ちゃんはさほど興味もなさそうに口を開く。


「はあ? 見えんだろ。せいぜい兄妹? それか順当に先輩後輩。俺はいつだって後輩ちゃんの保護者ですことよ」

「フンっ(腹パン)」

「効かん」

「むぅ……この近距離からでも効かないんですか。ダメすぎるせんぱいでも成長できるってほんとなんですね。エッセイとか書けば全人類の希望になり得ますよ」

「後輩ちゃんの中の俺の評価が知りたいわ……」

「私が今まで出会った生命体の中で最下位です」

「わあすごぉい……」


 そこらのアリさんにも負けているなんて。いや分かるよ、働きアリさん勤勉だもんね。それに比べて俺は毎日無為に時間を費やす堕落した学校生活を送っているだけである。なんだ妥当な評価か。


「まあでも、暖にはなるので。そう捨てたものでもないですよ?」

「カイロ手に入ったら捨てられますね分かります」


 所詮俺は平均体温がちょっと高めで温くて冷え性でもないことが取り得な男ですよ。


「お次、45番の方、どうぞー」


「あ、俺たちだ」

「やっとですかっ。あったかいラーメンが待っているのでもうせんぱいポイーっと」

「ええー……まあいいけど」


 ラーメンなら仕方ないな。ラーメン温かいもんな。美味いもんな。ダサくねえよバカ野郎。一生忘れねえからなその言葉。

 駆け足で屋台へ向かう後輩ちゃんを追って、俺もベンチを後にした。


 実際、暖簾を跨ぐとそこはまたもう一つの別世界だった。

 すぐ目先で調理しているため、もはや熱いほどだ。俺の存在価値がないのも頷ける。むしろ近くにいたら邪魔かもしれん。


「おおー」


 パフォーマンスというわけでもなく、ただ一心にラーメンを作る店主。その姿はまさに熟練した職人のそれで、見惚れるほどに格好いい。

 ラーメンのメニューは自身の現れのように、中華そばただひとつ。後はドリンクや一品モノのサイドメニューがいくつかあるのみだ。


 調理を眺めていると程なくして、ラーメンが着丼した。

 

 まず目に留まるのはキラキラと輝くように鮮やかな醤油スープ。トッピングはシンプルにネギ、メンマ、、ナルト、大判のチャーシュー。そして細めのツルツルとした麺が顔を覗かせている。


「びゅーちふる……」


 いや、もはやエロチック。芸術の域に達する様な至高の一品はその艶やかさからエロスさえも感じるものだ。


「せんぱいってハーフの人でしたっけ?」

「あ?」


 俺の発音があまりにネイティブすぎて関心しちゃったかな?


「バカとアホのハーフでしたっけ」

「……それ、俺の両親バカにしてるみたいだからやめようね」

「はっ!? そうですよねごめんなさい! せんぱいがバカでアホなのは怠惰でどうしようもないせんぱい自身の責任ですもんねすみません!」

「…………そ、そうね。そういうことね。…………殴っていい?」

「ベリベリのーてんきゅー!」


 両手バッテン。


「…………(ピキピキ)」


 ギリギリで拳を抑え込んだ。

 どうやら二人して英語は苦手らしい。

 バカなやり取りをしていると、突如卓上に一人前の餃子が置かれた。


「ほれ、あんま喧嘩しなさんなよ」

「へ? あ、はいすんません……」


 騒がしくしすぎたか。


「あ、あのこれ、私たち注文してません……よね?」


 言いながら、後輩ちゃんが少し自信なさげにこちらを見たので俺も頷いて同意を示した。


「サービスだよ」

「え」

「サービス。うちの餃子はうめえぞー?」

「あ、ありがとうございます……?」

「若え子が来るのは珍しいからな。美味しく食ってくんな」


 店主はにかッと人の良さそうな笑みを見せる。ラーメンを作ってるときの凛々しさとはまるで別人だ。


「あ、餃子はちゃんと二人で分け合うんだぞ?」

「え、あ、はいそうっすね」

「そうしねえと、ニンニク臭くてできなくなっちまうからな?」


「キッ……は、はあ!? い、いや俺たちは……ってもういねえし……」


 ガッハッハと笑って店主は厨房へ戻ってしまった。 

 後輩ちゃんはなぜか表情を隠すように俯いていたが、その耳は真っ赤だ。


 意外と見られてんじゃん。

 恋人。

 まあ、全くもっての誤解で、あり得ないのだが。


 気を取り直して、俺たちはラーメンと向き合う。

 早く食べないと伸びてしまうし、ラーメンに失礼だ。


 俺たちはほぼ同時に、伝説と謳われる至高のラーメンを啜った。


「こ、これは……!」


 キュピーン! テレレレッテッテッテー!

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