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「おお……!」
その駅前広場は深夜にも関わらず、仕事終わりのサラリーマンや大学生らしき人影でワイワイと賑わいを見せていた。
爛々と煌めく無数の提灯は幻想的で、まるで別の世界にやってきたかのよう。
否が応でも、気分が昂ってくる。
「これが……」
人だかりの中心に構えるのは、大きめに展開されたひとつの屋台。
夜風に揺れる暖簾にはシンプルな「ラーメン」の文字。
それは、毎夜見られるものではない。
ゲームで言えば、通常の数倍の経験値を貰えるメタルス〇イムくらいの確率
不定期に、突発的に、幸運の女神が微笑んだ時、この屋台に出会える。
「これが、伝説のラーメン屋……!!」
俺たちが住むこの街で連綿と語り継がれる、めちゃくちゃ美味いと噂の伝説のラーメン屋。
それこそが今日、俺と後輩ちゃんが深夜外出なんていうリスクを犯してまでここにいる理由。本日の目的である。
「すごいすごい! めっちゃ人! 人がゴミのようですよせんぱい! 深夜! 深夜なのに明るいし!」
子供のようにはしゃぎ回る後輩ちゃん。気持ちはすごく分かる。俺もあと10年若ければチビるほどに興奮していたに違いない。
愉快なネズミが暮らす夢の国にも劣らない非日常感がそこにはあった。
「大声で人をゴミとか言うのやめような」
ほら、そっちのオッサンめっちゃ見てるから。ただでさえ高校生の俺たちはこの場で異端なのだ。目立ちたくはない。
「でもでもせんぱいせんぱい!」
「どうどう。どうどう」
「んみゅ……」
とりあえず落ち着かせるように秘儀・頭ポンポンを繰り出すと後輩ちゃんは大人しくなった。
完全に保護者だよ。俺にもはしゃがせろよ。
「よし、落ち着いたな。それじゃあ……」
さっそく食べたいのだが見たところ列が出来ている様子はない。屋台の数少ない席は当然満席で、周りの人はそれぞれがバラバラに順番待ちしているようだった。
どういうルールなのだろう。事前準備の足りなさを悔いながらも周囲を窺っていると、
「38番の方、席空いたのでどうぞー」
店員らしき人が表に出てきてそう言った。
そして待ち人のひとりが店員に札を渡し、暖簾の奥へ入ってゆく、
「なるほど。ちょっくら整理券もらってくるわ」
「あ、はい。お願いしていいですか?」
「おう。待ってろ」
俺は後輩ちゃんをその場に残して、屋台の方へ向かった。
◇
「ねえねえ、お嬢ちゃんひとり? 可愛いねー」
それは何事もなく整理券を受け取り、後輩ちゃんの元へ戻る途中。少しだけ、周囲がざわついていた。
「ラーメン食べに来たん? 俺たちもなんよー、ねね、一緒に食べない?」
「一人で食べるより一緒の方がいいっしょ~?」
「俺たちの番もうすぐだしさ、あんま待たずに食べれるべ」
3人ほどの大学生らしき男が見慣れた女の子――――後輩ちゃんを囲んでいる。
「え……? あ、あの……えっと……」
いつもの小生意気な態度はどこへ行ってしまったのか。
さしもの後輩ちゃんも慌てた様子で、言葉も上手く発せないでいる。
「ほらほら、あっちで話そ? ラーメン食ったらどっか店入ってもいいし? 金はもちろん出すしさ」
「もういっそのことラーメンとかどうでもよくねえ?」
「それあるわ。くっそ待たされてて意味わかんねえし。ラーメンなんてやっぱダセえし? このままもっと楽しいとこ行くべ。な?」
そう言って、男の一人が整理券を投げ捨てると後輩ちゃんの手を無理やりに取ろうとした。
「え? え? ちょ、ちょっと、さ、触らないで――――」
抵抗する後輩ちゃんを見て、俺は心の中で悪態を100ほど付きつつ、
「――――おい。そいつ俺の女なんですけど、なんか用っすか」
男の手を掴んで無造作に投げ払った。
「せ、せんぱい……っ」
これ見よがしに後輩ちゃんは俺の後ろに隠れる。この後輩、俺を盾にする気満々だ。
「なんだよ男連れかよ」
「っかーつまんね」
「はあー行くべ行くべ。どっかで飲みなおすべ」
語気を荒めたことが幸いしたのか、一睨みすると男たちはシラケた様子でこの場を去っていった。
「はぁ~~~~~~っ…………」
姿が完全に見えなくなったのを確認して、俺はグッと堪えていた息を思いきり吐き出す。
「もう無理。マジ無理だって。怖すぎだって。俺よく生きてたよ。夜の街こえええよぉぉぉおおお……」
数瞬の出来事とは言え、人生で一番緊張した瞬間だったかもしれない。
未だに心臓はマラソンを走り切った後くらいにバクバクと脈打っている。
「ほんとつらみだってぇ……ぎゃん怖かったもん。ぎゃん寿命縮むわぁ……」
「あ、あの、せんぱい?」
「あー? なんだよ後輩ちゃん、せんぱい今生きていることの幸福を噛みしめてるとこだから放っておいてもらえる? てかもう帰らない?」
「めっちゃ泣いてる……格好悪い……。あと、帰りません」
そら泣くわ。名作アニメ見終わった後より泣いているわ。誰に格好良さ求めてんの?
あ? キれるぞ?
「で、でもその、ありがとうございました。助かりました」
「いーよぉもうそんなことぉ……だから帰ろ? 家でカップラーメン食べよ? それでいいでしょ?」
「イヤです」
やっぱダメ?
あんな目にあってもラーメンに執着する後輩ちゃんマジ卑しい。
「て、てゆーかせんぱい、さ、さっき変なこと言ってませんでした……? わ、私のこと、お、おおお俺の女……とか」
「女だろー、1ミリくらい。この話さっきもしたよねえ?」
「そ、そうじゃなくて……! そこじゃなくてですね……!」
「もうどうでもいいてその話題。俺は後輩ちゃんが男でも全然おーけーだよ? 胸も大してないし」
「………………せんぱい」
適当な応対を繰り返していたのだが、その瞬間、後輩ちゃんの瞳から光が消えた。いつも女の子っぽいソプラノな声のトーンががくんと下がる。そして沸々と黒いオーラが湧きたってきた。
これが暗黒進化か。それとも闇落ちか。主人公ポジの宿命だよな。これからの成長を思うと胸が熱くなります。というところでエンドロール。
次回に続く……
「フンっ!」
と都合よく幕が卸されるわけもなく。
華麗なフットワークから放たれる、渾身の腹パン。
だが、甘い。
「フフ……フフフフ……」
「――――あ、あれ……?」
「フハハハハハ! 効かねえなあ! 後輩のへなちょこパンチなんて!」
「な、なんですとー!? ま、前はあんなに苦しがってたのに!」
「俺だって成長するのだよ、残念ながら」
「むぅ~! むーむー! むー! せんぱい嫌い! 大嫌い!」
「フハハハハハ!」
数ヶ月前のことだ。
俺はこの後輩ちゃんに出合い頭の腹パンを食らった。そしてのたうち回った。
そんな出会いから、なぜここまで関係が続いているのかと問われれば話は長くなるのだが、とにかく俺はその時誓ったのだ。
この後輩……絶対泣かせちゃる……! めちゃくちゃにしてやる……!
というのは犯罪くさいため断念。
俺は次に腹パンされてもその拳を弾き返せるような、強靭な肉体を作ることに決めた。
そして俺の辛く険しい筋トレ生活が始まった。
まずはクラスの変態眼鏡から購入した憎き後輩ちゃんの隠し撮り写真を部屋の壁に杭で打ち付け怨念を込めた。それから今度は……(非常に長ったらしくネチネチしているので割愛)。
「せんぱい、女の子に殴られて醜態を晒したのがそんなにショックだったんですか?」
「ば、ちげえよ! ぜんっぜんちげえ! ちっと身体鍛えようと思ってたのが重なっただけだ!」
「え~ほんとですか~?」
「ほんとだっつの……」
悔しがっていたのもつかの間、ニシシと生意気に笑う後輩ちゃんに嘆息が漏れる。
「えいっ。えいっ。とりゃ。しねぇー!」
ドカドカと人の腹を殴ってくる後輩ちゃん。じゃれている様な微笑ましいものかと思いきや、最後だけ少し殺意を感じた。
しかし俺の腹筋はもうヤワじゃない。
肉体はいくらでも強くなれる。どんなに頑張っても鍛えられないのは脆く崩れやすいガラスのハート、それだけなのだ。
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