第30話 姉の想い
あのあと、数日かけて魔物たちと、魔族を討伐し……瀬名には強制的にひっこんでいただきまず概ねは殺さずに済ませ……仲間たちと分けてもなお、ちょっとした一財産になるお金を得た辰馬。
けどなぁ……これ、家の維持費やらなんやらでほとんど飛ぶんよ……。
まだ16歳にして、そんなことを考えさせられるのも結婚などさせられたからで、別にゆかにたいして恨み節はないもののこの婚儀を考えついた宰相・
などと考えながら、辰馬は本屋にいた。書店にせよ古書肆にせよ、本屋の独特な空気感が好きだ。紙の臭いに絶頂感を感じるとか言ったら変態かと笑われるが、あながち大げさなことでもない。なぜか知らんが書店に入るとトイレに行きたくなると言うヘンな癖が発動するのだけは如何なものかと思うが。
まあ、あんまし高い本は買えんか……つーかこの店、いつも思うけどこの配置はよ。
まじめでお堅い歴史書コーナーのすぐ裏手に、きわどい……というか有り体に言ってエロ本コーナーがあるのである。ここ一年で写真の精度も上がり、世の中大富豪家ならカラーテレビすらある時代。エーリカ・リスティ・ヴェスローディアの水着グラビアも、去年なら白黒に彩色師が着色したどこか嘘くさいものもだったが、今ではもうカラーの陰影バッチリである。普段からエーリカの裸なんぞ見慣れている辰馬だが、やはりそれでもこんな場で知人の媚びた水着姿なんぞ見るといたたまれなくなる。
兵学関係だと歴史書の一番端だから、ホント困る、この配置……。
はたから今の辰馬を見るとやけに熱心な顔でエロ本コーナーを物色している銀髪美貌の貧乳少女、という風情であり、見た目に面白い絵面ではあるが本人的に笑ってられる状況ではない。本当に心の底から困る。
店員に言わんとな、配置変えろって。
やや憤然とそう考えて、辰馬は開き直って本を手に取る。もちろん、エーリカ表紙のグラビア誌ではなく、「
うし、これ買っていくか!
軍学校の入校試験は10月、あと3ヶ月ちょっとあるとはいえ、余裕あるスケジュールとはなかなか、いえない。辰馬の場合新羅邸の少女たちに求められて逆レイプされて時間を空費してしまうこともありだから、その辺も考えて時間を作っておく必要がある。
ま、なんだな。アンチョコ使うみたいでちょっと、アレだが……
書店から出るなり包装紙から取り出して、大判サイズの「兵論考」を開く。本の内容はおもに「東方」と「西方」に別れ、東方での有名どころというか
辰馬の祖先、
西方にもウェルスの祖帝シーザリオンの盟友で将軍のコルブロス、当然というかクーベルシュルトの祖で女神凌辱の蛮王ゴリアテ、草原の覇者アミール・ナーディル、剣奴から王となりラース・イラを大陸最強に導いた剣王アータルなど開国4皇(コルブロスは王ではなく、その右腕だが)と言われる男たちはやはり名将・名軍師であり、ほかにもウェルス皇帝11代ウィティゲス・ヘラクリオスや、ナーディルの軍に3度、挫敗を味あわせたクルクシェートラのチャン・ドゥン・トゥエの名も名高い。近々の人間としてつい先日、辰馬が手合わせした戚凌雲の師父・呂燦やレンナートの師匠マウリッツもまた、高名な軍事家、軍事理論家として名声を確立している。
西方でもっとも凄まじいのはフス・ウィクリフという男で、彼はもともとウェルス……東辺の、現在ではラース・イラ領の地方であるが……神学者であったのだが、教会の堕落に失望し絶望し、そこから敢然と立ち上がった。そこから彼は当時まだ大陸の覇者であった神国ウェルスを相手に、互角以上の戦いを敢行する。竜騎兵連隊……軽甲銃騎兵隊という意味ではなく、「神域」に住まう本物の
ここまで読んできて思うのは、軍事において魔術を同時に駆使することが非常に少ないと言うこと。まあ大規模魔術自体非常に困難だし、消耗も激しいのでそれも理由のひとつなのだろうが、これまでの時代の戦争において「純粋に兵略を競い合う場に、魔術などと言うものを持ち込むのは無粋」という考え方が根付いていたからにほかならない。しかしこれからの時代は総力戦が主になる予感。各国大規模魔術の使い手を動員して、戦場に火の玉や氷の刃が飛び交うことも珍しくはなくなるだろう。それはつまり旧時代におけるナポレオン戦争以降、第一、第二次大戦と大量虐殺兵器が量産されていったのと似たような流れであり、辰馬の心を暗澹とさせる。
兵法ならそれだけで勝負しよーぜ、まったく……。
そうごちて適当に、ファストフード店に入ってポテトとオレンジジュースだけ頼む。あの炭酸の黒いのは辰馬的にどうしても苦手だ。シンタあたりは大喜びでぐいぐい飲んでゲップしていたりするが。
「あら、辰馬」
「……たぁ、くん……」
先客がいた。それも姉二人。実姉クズノハと、育ての姉雫。まあ辰馬にとってクズノハはどーでもいいわけで、なにやら沈んでいる雫が気になる。「どーしたよ?」とりあえず相席しつつ問いかけるが、雫は暗い顔で
「あたし、やっぱたぁくんに邪魔かなー……」
「は? なに言ってんだばかたれ。そんなわけ絶対ねーだろーが」
「でも、美咲ちゃんがいればあたしいらないよね? お料理も洗濯もお裁縫も、ぜーんぶ出来るし。あたしの取り柄だった戦闘力だってまけないくらい美咲ちゃんにはあるし、しかも一応聖女さまだし、大公家の侍従長でお国の宰相のお気に入りだし……もうねー、役立たずのあたしは身を引いて瀬名くんとでも結婚しちゃおうかなーって……」
「……ハァ、ばかたれ」
「……なんだよう、こっちはまじめに話してるの! ばかたればかたれせからしか!」
実に珍しいことに、雫まで南方方言で言い返した。ちなみに「せからしか」は「やかましい」で、意訳すると「バカバカ言いやがって、うっせーんじゃ!」というほどの意味だが、雫が方言を使うのは実に珍しい。それくらい、心理的余裕がないということでもあるだろうが。
「あのさー、もしあのガキにしず姉盗られたら、おれは自殺するぞ?」
「へ?」
「なんか、今までしず姉がそんな自信なさげにしてるとこ見たことなかったから気づかんかったけど。なんか勘違いしてるよな。……しず姉がおれを好きなんじゃなくて、おれがしず姉を好きなの。わかったか? 二度言わせんなよ? だから、おれから離れるとか、自分が邪魔とか、そーいうこと言うな。諒解?」
「う……うん……うん! やはは、まさかたぁくんからそんなふーに……」
「あんまり思い返すな。今のはこの場だけの……」
「ダメダメ。何度だって思い出してにやにやするもーん♪」
「調子、戻ったみたいね。先輩」
「うん! そりゃもう、たぁくんにあれだけ言われたら! クズノハさんもありがとー!」
「まあ、それはいいんだけどね。……さて、次はわたしの悩みか……」
「ん?」
一泊、軽く間を置いて。本当に何でもないことのように。
「実のところ、魔王って必要あると思う?」
魔王にもっとも近きもの、魔皇女クズノハはそう言った。
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