第9話 偽りの魔王、その終焉
四重詠唱という離れ業によって本来到達できない神聖魔法の、その最大級の秘宗に到達する瀬名。四重詠唱による上位神四人との同時バイパス接続がどれほど驚異的なことかというのは、新羅辰馬ですら「ハリ・ハラ」すなわち破壊神シヴァと維持神ヴィシュヌの二重詠唱を限界にしていることからしてもそのすさまじさがわかろうというもの。そして瀬名が接続を誓願する神オシリス、イシス、モト、そして復活したオシリス(アテン・ラー)は、全員ハリ・ハラと対等……とはいかなくとも近しいレベルの上位古神。もともとこの四重詠唱を得意としていたわけではない瀬名だが、ただひたすら、慕情捧げる牢城雫を救う、その一念で「理論だけは理解している」程度の技を使いこなしてのけた。盈力や神力の素養はなくとも、技術でそれを埋める。瀬名は間違いなく天才と言える。
雫と瑞穗にはいっさいの傷やダメージを与えることなく、神敵すなわちユエガの身体だけに大ダメージを与える「天に座す至高の主」。スライム状の身体に穴を穿ち、切り裂き、灼き、蒸発させる。魔王の座を求める老大魔は、低く身の毛もよだつような怨嗟の声を上げた。
「この……小僧がぁぁ! 仮にも魔王を相手にここまでのことをして、生きて帰れると思うなよ! 魔王の名の下に、極刑を言い渡す!」
粘液体の中の紅い瞳を憎悪と憤怒にぎらつかせ、大きく口を開いてユエガは絶叫する。クズノハと新羅辰馬、二人の魔王格から収奪した力があってなお信じられないほどのダメージを受け、ユエガの力は一気に大きく削がれる。
しかしそれでも。
仮にも魔王の空位に登極を望むような存在が、そう簡単に敗北するはずがない。呪詛のひとこと、それだけで瀬名の身体は強烈な浸食を受け。その痛みは猛毒の沼に生きたまま浸されるがごとしであり、およそ人間の耐えうるものではない。瀬名もまた、ユエガが発したのと同じ、聞くに堪えない悲鳴を上げた。なお意識と、そして戦う意思を放棄しないのだから覇城瀬名という少年の精神力は相当なものだ。
この……程度で……ッ!
痛みを強靱な精神で無理矢理に忘れ、次の術式を練りに入る瀬名。しかしそこに。
「飛べ!」
先にユエガの力が発動する。「複数存在する不確定な未来を、時間を飛ばすことで任意に確定させる」能力。これによって本来発動するはずだった瀬名の能力は、強制的に不発という未来に確定させられてしまう。
「小僧が……つまらん手間を掛けさせてくれる。だが、もはや貴様に勝ちの目はないわ!」
無尽蔵に触腕を伸ばし、消耗しきった瀬名を乱打するユエガ。アカツキ古流集成のたぐいまれな使い手とはいうものの、四重詠唱という大技を二度……一度は強制的に失敗させられ、不発で終わったが……使ったあとでは身体がどうにも重い。打たれるままに打ち据えられる。
「ぐぁ、ぁぐっ……ぐっ、ぇあ゛……ッ!」
悲鳴はやがて断続的になり、そして弱々しくなって、やがて絶える。覇城瀬名は全身をズタズタにされ、絨毯の上に倒れ伏した。
「フン……ゴミが身の程を弁えず魔王に挑むからこうなる」
ユエガはそのまま汚物でも処分するように瀬名の命を絶とうとしたが、そこで悪魔的ひらめきに流体の口をいやらしく歪める。
「ぐくく……おい
そう言ってねばつくドロドロの身体に取り込んだふたりのうち、ひとまず瑞穗を解放する。解放、とはいっても触手を使って
そのうえで体内に残す雫ひとりに対象を絞り、愛撫を執拗に加えていく。乳房や腰、尻に太腿の内側、その他首筋や膝裏、足の指先にいたるまで、女が感じる部位という部位を、同時に自在の緩急をつけて責め立てる。雫の意思力がいくら強靱無比であっても、襲ってくるものが痛みではなく快楽である以上抵抗のすべがない。
「や、やめれー……そんな、あたしの身体を好きにしていいのは……ひぁうっ……」
「黙れ雌豚。誰が反抗を許可したか」
弱々しい抵抗は、強く肉芽を摘ままれることであえなく封殺される。とにかく女を狂わせる技において、自称魔王の海魔の主は並ぶものがなかった。そして肉芽を責められたことで雫の顔にあからさまな恐怖がうかぶ。すなわち挿入されるのではないかという危惧が切実に迫ることで、雫の普段の威勢の良さが萎縮させられてしまう。
「や……やだ、やめよーよ、こんな……」
「くく、恐怖に引きつった顔になったな。ブタはそうして、ワシに怯え、へつらい、許しを請うて生きるのが似合いよ」
実に実に下衆いことを宣い悦に入るユエガだが、ただのチンピラの言葉と違うことにはユエガは圧倒的で絶対的な力を持っているということだ。粘液の流体であるため打撃も斬撃も通用しない身体に、言葉ひとつで呪詛を与える魔力と、時間を操る能力。ここまでの力をそろえるとあれば、魔王の後継を狙うというのもあながち夢想家のたわごとではない。
その「力ある下衆」であるユエガがすぐさま雫を犯さないのは、慈悲心とはほど遠く、ただ彼女を徹底的に嬲り抜き、落とし、自分から求めるように導く、そのためだけに他ならない。徹底的に快楽を全身くまなく叩き込まれて、雫は何度も連続で絶頂させられた。
「くあぁー……うっ、ひっ、あぁーっ……、ひぁ、んんんぅ~……ッ!!」
なんとか歯を食いしばり甘やかな声を抑えるが、潤んだ瞳や口の端からこぼれる涎が彼女の極限状態を如実に物語る。そこにユエガが触手の一本をブラシ状に変化させ、股間を激しく扱き上げれば、大した経験があるわけでもない雫である、たまったものではなかった。
「んあぁぁぁぁぁぁ~ッ! いやあぁぁ!!」
ついに泣きながら叫んでしまう。それはユエガの思うつぼであるとわかっていながら、もう雫に抵抗のすべはない。
「ふ、堕ちたな。そら、お前の飼い主は誰だ? 言ってみろ」
「く……ぅ、うっさい、ばーか……こんなことで、女の子が好きに出来ると……ひあぁぁぁぁぁぁぁぁ~ッ!?」
「つまらん抵抗をされると気に障るのだ。あまりワシを怒らせるな」
静かに、あくまでも
「や、やめてください! そのままでは本当に牢城先生が死んでしまいます!」
宙づり
「死んだなら生き返らせればよい。なんのために時間を操る力があると思っている?」
平然と言ってのける、異常者の思考。ユエガにとって雫も瑞穗も、壊れたらいくらでも修理のきく
「わ、わたしを……わたしを好きにしていいです。ですから牢城先生を……」
「駄目だ。今はこの娘をいたぶる時間なのでな。お前はお前でたっぷりと嬲ってやる。楽しみに待っておれ」
瑞穗の自己犠牲からの懇願もにべもなくはねつけられる。そしてユエガは雫に敗北宣言をさせるため、首を締め上げる触腕にさらなる力を込めた。
「そら、あと何分で死ぬ? 何度死んでも構わんぞ、その都度生き返らせてやる」
「殺しなさい……何度殺されたって……あたしにはなにがあってもたぁくんだけなんだから……!」
絶望的に命の危機に直面させられて、雫はそれでもなお新羅辰馬への思いを
「興ざめもいいところだな。なら死ね」
ユエガはなんの感慨もなく、触腕に力を込め……そこで自分の力が突然に激減していることに気づく。強制的に取り立てたはずの負債、二人の魔王格から奪った力が、ここにきて奪い返されている。
となればそれが意味することは。
「たのもー!」
「その言い様はおかしくない? もともとあなたが住むべき城なんだから」
どばーん! と派手に寝室のドアを蹴り空け、入ってくる銀髪と黒髪の
「さて。断罪される前になにか、言い残すことはあるかしら。元老さま? 王の帰還を待つ魔族たちの扇動と、勝手な魔王への登位。それだけで十二分に極刑だけれど」
「く……いや、これは……皇子・皇女閣下の手間を省こうとのことでございまして……反逆の意図など毛頭……」
ユエガは弁明の言葉を長々と並べ立てるが、それを見つめる辰馬の瞳は恐ろしく静かだった。冷め切った
「おれの女に手ぇ出した、そんだけでじゅーぶんだわ。死ね、ばかたれ」
実に珍しいことに。雫のことをはっきり「おれの女」と明言して、辰馬はひたすら静謐に口訣を唱える。
「我が名はノイシュ・ウシュナハ。勇ましくも誇り高き、いと高き血統、銀の魔王の継嗣なり」
ほとんど投げやりと言ってさえいい口訣。しかし怒りの発露を物語るかのように、立ち上る魔王の力はいつもよりさらに大きい。竜巻のようにたちのぼり、荒れ狂う魔王の霊威、普段なら御しきれないそれを、今の辰馬は平然と、余裕すら持って完全に制御する。
さらに。
「我が名はクズノハ。銀の魔王の血脈にして、次代の王の姉なる妖狐」
クズノハまでもが魔王化の口訣を唱える。あまりにも豪勢で圧倒的な超越存在ふたりにユエガは文字通り震え上がったが、自分の体内に雫と、そして磔の瑞穗という二人の人質が存在することを思い出して逆転に口を卑しく歪める。
「皇子にとってこの娘らは大切な存在では? 迂闊なことをされては、この娘たちを殺してしまうかもしれませんなぁ?」
「…………っ」
「関係ないでしょ、ノイシュ。あの
「おお、怖いですなぁ、皇女さまは。しかし、なにごとにも万一、ということはあるものですからな。よくよく考えたほうがよいと
調子を取り戻したユエガは邪悪に笑い、余裕を見せる。そしてたとえどんな理由があろうと雫と瑞穗に傷ひとつつけたくない辰馬としては、ユエガの言葉に逆らうわけにいかなかった。
「わかったから、先にしず姉と瑞穗を離せ。そしたらなんでもゆーこと聞いてやるわ」
「くく。こんな小娘に入れあげるから、ワシのような小物に膝を屈することになるのですぞ、皇子。ですが、こやつらを解放する前に力を戻していただきましょうか。怖くてかなわん……当然、皇女もですぞ」
「……約束は守れよ。魔族は約束と契約を破れない、そこを信じるからな」
「約束は破れないけれど、約束の穴を使った詐欺は魔族の得意とするところだけれどね」
「いえいえ、まさか皇子と皇女に詐術など……」
そこに。
「まぁ待ってください」
割って入る幼い声。立ち上がった覇城瀬名は、戦意を失うことのない瞳でユエガを見据える。その意思力の
「引き続き、ボクがお相手しますよ、偽りの魔王陛下。まさか霊力しか使えない人間如きに恐れをなすことはないでしょう?」
「貴様か……ふ、確かに先ほどの四重詠唱は大したものだったが、所詮人間の力。そんなものでワシを殺せるつもりか?」
「ええ。殺せますとも。なので、その二人を解放なさい。人間如きが怖いのなら、できないかもしれませんが」
ぴき、と。液状生物であるユエガの額で青筋がビキリと立った。
「よかろう。ならば貴様の力を見せて貰おうではないか。そして絶望して死ね!」
そう吼えて二人を解放する。すかさず辰馬が雫と瑞穗を抱き留めた。
「たぁくん……遅いよ……。さすがに怖かったじゃないかよー……」
「あー、すまん。こっちもいろいろあった」
実のところ、最低限力を回復するためにやむなくクズノハと寝てきたわけだが、そのことはちょっと言えない辰馬だった。
さておき、瀬名vsユエガである。
触腕の乱打。ラッシュ、ラッシュ。止まらないラッシュ!
しかし所詮、絶大な体力に任せた技巧ゼロの乱打に過ぎない。対するに、しばらく倒れたことで十分に回復した瀬名はアカツキ古流集成の達人。11才という年齢で侮るなかれ、彼の技巧はすでにアカツキという国家においても指折りのものだ。最小限の体捌きで避け、いなし、躱してのけ、ほとんど手すら使うことなく触腕の猛攻を回避する。
そして、接近し。接触。同時に神讃を
「ヘリオポリスにいまします、九柱の大神に誓願奉る!
汝らの王は完全なるもの、
また極限の王、そしてまた宇宙の王!
原初の水なるヌンの息子、ありとあらゆる事象の支配者!
水と知恵の主たる汝に請う、万象の支配者、その名において、
我が願いのもと全ての水を渇し去れ!」
神讃は至高神アトゥムへのものだが、実質アトゥム以外のヘリオポリスの九柱神に対する神讃を含む十重詠唱といっていい。精神力には自信のある瀬名だったが、並みの人間が神力や魔力の使い手に対抗するための重ね掛けにも限度というものがある。つきだした腕の毛細血管が破れて腕から噴水のように血が吹き出たし、眼球周りの血管もちぎれて目から血が垂れた。
それでも瀬名はやめることをしない。おそらくこの術式であれば一撃で『海魔の王』なる流体生物を枯れ殺せるという確信のもと、力ある言葉を解き放つ!
「万象支配の
周囲の水気という水気が、一気に渇え果てる。あまりに強烈な脱水のため、熱波が蜃気楼を起こすほどだ。本来なら恵みの水をもたらす神アトゥムの力を逆転させ乾きをもたらす術は、絶大な効果を上げた。
「が、があぁぁぁぁぁぁっ!? こ、んな……人間、如きの技で……ワシが……認めん、認めんぞおぉぉっ! こんな、なにかの間違いだ、わしが負けるはずが、この身が果てるはずがない……っ!」
この瞬間、ユエガが万全ならお得意の運命改変によって瀬名の術を不発に出来た。しかしいまのユエガは辰馬とクズノハから力を奪い返されており、十全にほど遠く、運命改変などという大技は使えず、そしてまた術に対する抵抗力も大いに弱っていた。
そのために瀬名の術に抵抗する力がなく、ただ狂ったように悶えのたうち狂態を晒すほかない。そして十秒となく、魔王の座を狙った海魔の主はひからびて消え果てた。
「あまり……人間を舐めないでもらいましょうか……」
ふらつきながらそう言う瀬名。出血はひどいが致命傷ではないらしい。
「えーと……瀬名、だっけ? あんがとな。助かった」
辰馬がそう言って握手を求める。
だが瀬名はその手を払った。
「ボクとあなたは雫さんをめぐるライバルです。馴れ合いはごめんですね」
「ガキがかわいくねーこと言うなぁ……ま、実際お前に助けられたから、今日のところは怒らねーでやっけど」
「あなたが怒ったところで、ね。またボクに投げられるだけですよ」
「ばかたれ。さっきは投げられてやったんだよ。おれの本気見るかぁ?」
「いーから、さっさと帰るわよ、ノイシュ、瀬名。それともここに残って、魔王になってみる?」
それはまっぴらごめん被るので、辰馬は慌ててクズノハの作った魔方陣に乗った。魔王としての力を顕現させても、転移系の術は辰馬の得手ではない。
「それんしても……待たせたな、しず姉」
「あとでちゅーしてくれたら許す」
「あ゛?」
「ちゅー」
「あ゛ぁ?」
「ちゅー!」
「……はい、わかり、ました……」
かくてひとまず、海魔の主は打倒して辰馬たちはもとのリゾートホテルにもどる。大輔をはじめとした一堂は、クズノハにすっかり心酔している海魔たちによって安全圏まで導かれ、いったん船が覆り大ピンチだった梁田篤、ジョン・鷹森の両名も突然よってきた海魔たちに襲われるかと思いきや命を救われ、彼らもまた命を拾った。
で。
辰馬はホテルの一室で雫とキスをしているわけだが。
「んちゅ……ちゅぷ、ちゅ、くち……」
「ぷぁ……もういーだろ、しず姉?」
「まぁーだ。おねーちゃんはあと10回キスすることを要求します」
「なんでそんな、ってぅぷ……んぢゅぅ、ん、んーっ!?」
まあ、おおむねいつも通り、辰馬が逆レイプされる状況に変わりはなかった。
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