第6話 姉二人

 船を出せ、そう言われて、商人・梁田篤やなだ・あつしはむしろ感激に震えた。忠臣・山中伊織やまなか・いおりの血筋である梁田にとって、主君・伽耶聖かや・ひじりすえである辰馬の無茶を聞いてやることは苦痛よりむしろ喜びでしかない。当然、この島にやってくるのに使った大船を出すわけにはいかないから、船は新規に現地調達。商人としての交渉力を十二分に発揮して、そこそこの中型船帆船を買い入れ。


 そして操舵を任されるのは百戦錬磨の傭兵隊長、ジョン・鷹森である。歩兵・騎兵戦のみならず、彼は船戦ふないくさにも習熟して航海技術にも長ける。今の状況においてきわめて頼りになる人物であった。


「乗り込め、野郎ども!」


 鷹森のかけ声で一斉に乗り込む辰馬たちと、非戦闘員として雇われた10人ほどの水夫たち。普段なら真っ先に船酔いでぶったおれる辰馬だが、今は神経が昂ぶり先鋭化しているために酔うこともなく脳髄の先端をチリチリ言わせている。


「あの触手ヤローどものねぐらっスよね。何処なのかわかってんすか?」

「あぁ、あのクソ女の技が炎だったからな。海の中で水温が高くなってるところ……海底火山とか、その近辺だろーよ。何カ所か、当てずっぽうで当たるしかねーが」

「間に合いますかね……?」

「間に合わせるにきまってんだろーが! しず姉たちを触手の生け贄なんぞにさせてたまるか!」

「……ふーん」

「んぁ?」

「いや、雫ちゃん先生が最初に来るんだなーって思って……」

「……別に順番とか、大した意味ねーわ。しず姉も瑞穗もエーリカも、全員大事だ。晦日つごもりもゆかも会長も、ついでに磐座いわくらもな」


「敵影! 戦闘員、戦闘準備!!」

 鷹森が短い湾刀カトラスをかかげて敵影を指す。先刻戦ったタコ頭の魔族、その頭だけを20メートル級に巨大化させた大蛸のような化け物は、しかし無数の触手からして普通の大蛸ではありえない。


「あ゛ー、やっぱキモいな、これ……ひとまずお前らに任す」

「了解!」

「お任せあれ!」

「やってやるでゴザル!」


・・

・・・


 いっぽうその頃。

 遠洋の海底火山、そのひとつの地下洞に、魔皇女・妖狐クズノハはいた。

 眼下には石のベッド、その上に横たえられる、無数の少女たち。クズノハの手足として働くタコ頭の魔族たちがその少女たちにのしかかり、腰を動かす。悲鳴と嬌声、そして魔族たちの法悦めいたうめき声が、洞内に響いた。


 牢城雫、神楽坂瑞穗、エーリカ・リスティ・ヴェスローディア以下辰馬の側妾そばめたちも、ここに運び込まれた。クズノハの絶大無比な魔力により、彼女らの霊的能力は抑制されている。


 周囲の状況を見るに、異形の海魔に犯されることで少女たちは力を奪われ、その力は魔皇女クズノハへと献じられるらしい。逆説的に言えば犯されない限りはまだチャンスがあるということだが、神力霊力を封印されている以上、旗色は非常に悪い。


「ゃ、やめ……やめて、ください……っ、くぁぁ、ん……っ、辰馬さま、辰馬さま助けてえぇ……っ!」

「やめなさいよ、この、バケモンッ! わたしを誰だと思って……んぶふぅぅっ!?」


 瑞穗とエーリカ、二人の胎上にのしかかった海魔は、泣き顔で拒絶する瑞穗の121㎝にむしゃぶりつき、あるいはわめき立てるエーリカの唇を奪って口腔内を蹂躙する。触手を駆使した愛撫の技に、瑞穗もエーリカも、望まざるとにかかわらず性感を昂ぶらされ、身をほてらせた。


「あがあぁっ、あぎ、んああああっ! 痛いっ、やめてぇ! わたしはもう女神じゃないのっ、だから許してぇぇ!」


もと創神・サティアには苛烈な拷問のような行為が待っていた。両手を後ろ手に縛り上げられて冷たい石の三角木馬のようなものに跨がらせられ、触手の鞭で打ち据えられる姿は、敗北女神の惨めさを際立たせていた。


「や、やめなさい……わたし、わた……新羅くん、助けてぇぇ!」

「じょ、冗談じゃないですっ! こんな化け物に、わたしが……ぃ、いやあぁ! 新羅、助けなさい、助けてぇぇ!」


 少し離れて、北嶺院文ほくれいいん・あや磐座穣いわくら・みのりもまた窮地にあった。蠕動ぜんどうする触手に愛撫され、分泌される媚薬的な粘液に理性がほんのすこしずつ、しかし確実に削られる。精神的にもっとも脆弱である文は、知らず自分から腰を揺らめかし始めた。


「ここ何処ー? このひとたちなんなのー、美咲? なんだか怖いよぉ……」

「ゆかさまには手を出さないで下さい! わたしがお相手しますから……んぶぅっ!?」


 主君の身の安全を願うあまり自分の身を捧げると約束した晦日美咲つごもり・みさきには大勢の海魔がのしかかり、獣欲を発散すべく口腔や両手、そして普段シニヨンにまとめているがほどくと長い赤毛に、汚い逸物をなすりつけた。彼らが本番行為に至らないのは主の魔皇女が許しを出さないためであり、ひとたび許可が出れば彼らは容赦なく瑞穗たちの純血を奪うだろう。


 そんな中、魔皇女クズノハがなぜ、一気に女たちを犯させないのかと言えば。


 どうぅっ!

 側面入り身、深く相手の制空権に踏み込んだ状態からの肘打ち。外門頂肘。強烈な打撃に吹っ飛んだクズノハは壁面にぶちあたって一瞬、白目を剥いた。


「魔皇女様ってこの程度? ぜーんぜん、たいしたことないねっ……ハァ、ハァ……ッ」


 あおるように、雫。魔力欠損症である彼女は、霊的拘束も受けることなくクズノハに相対していた。


「息が上がっているのはそちらだけどね。やはり人間のキャパシティじゃ、それが限界じゃない?」


 ほんの一瞬とは言え失神させられたクズノハだが、余裕が崩れることはない。空威張りというわけでなく、実のところ雫がどう頑張ったところで体力と魔力の絶対差はどう逆立ちしても埋められない。この勝負は最初から結果が見えているのだった。


 クズノハが勝てば雫を自分の魔徒・眷属に変える。かわりに雫が勝てたなら、この洞内に監禁した全ての少女たちを解放する。この条件を提示してやると、雫は一も二もなく飛びついた。


 勝負を前にして雫は、決着がつくまで海魔たちに本番は控えさせる、という条件を付け加え、かくて新羅辰馬の「血統上の」姉と「生活上の」姉の一騎打ちとなったわけだが。裸の雫に水着を着せてやる慈悲もなければ、彼女がいつも振るう銘刀「白露しろつゆ」もない。圧倒的に不利だったが、それでも戦うほかはない。


 クズノハとしても、魔力欠損症の敵を相手にするのは初めてではなかったが、ここまで純度の高い相手は初めてだった。外から打ち込む魔力はほぼ完全に無力化されるか、必殺の威力を込めたものは回避される。となれば接触して直接、体内に魔力を打ち込むしかないのだが、まあそれをいなし、捌く技術の卓越していること。


 逸材。天才と言うべき。是非ともわたしの眷属に欲しいわね。


 内心に呟くクズノハに、ふたたび雫が肉薄。


 あえて受ける。


「鏡面反射」


 短く口訣。神讃や魔契のたぐいではない、もっと単純かつ高等な、自分の力に指向性をもたせるためのもの。身体の形成要素を鏡と変えることで、打ち込まれた打撃・衝撃・攻撃をはじき返す。自分の打撃の威力で、雫の小柄な身体がはね飛ばされた。小柄な身体には不似合いに大きな乳房や尻肉が、弾んで揺れる。


 自分の全力をカウンターで返されたのも同じだ、さしもの雫も大ダメージにふらつき、立ち上がることおぼつかない。膝を笑わせながらもなお立ち上がってのけた意思力はさすがというべきだが、もうクズノハ相手に戦える状態ではなかった。


「ま……まだ……ッ! この程度で……!」

「諦めなさい」


 クズノハはふ、と陽炎のようにゆらめくと雫の真横に出現、精妙無比の手刀を延髄にたたき落とす。血気がたまっていた延髄は血流を阻害されて機能不全を起こし、雫の意識を刈り取った。


「さて……」

「クズノハ、他の女をどう扱おうと構わないが、彼女を眷属化することは許さないぞ。雫さんはボクの妻になるんだからな」

「……うるさい坊やねぇ……それなら貴方も眷属にしてあげましょうか? 夫婦でわたしに仕えればいいわ」

「覇城の主であるボクが、魔族風情の風下に? 馬鹿にするのも大概にしろ……ぐっ!?」

「契約者として今まで甘く見ていたけれど。あまり思い上がるものではないわよ、ニンゲン(・・・・)風情。用済みの玩具おもちゃなんて、壊すのになんの躊躇ためらいもないのだから」


 黒い熱砂をまとう不可視の巨腕が、瀬名の首を締め上げて持ち上げる。しっかり頸動脈を極められて、瀬名はたちまち泡を吹き、4秒きっかり、酸欠で意識を失う。


「そしてここで、真打ち登場、ね」


 洞の外に目をやるクズノハ。


「そーいうこった。お前がおれの姉貴だとして、容赦なしでしばき倒すから覚悟しろよ、ばかたれ女」


 新羅辰馬と、やたらげんなりした舎弟三人組が、かろうじて間に合った。


「おほぉーっ、裸の群れ! 瑞穗ねーさんもエーリカも、あのクソ生意気な磐座もッ!」「いーからみんな助けてやれ。おれは……こいつとケリをつける」

「さっき一方的にやられたばかりで、今度は勝てるつもり? 世の中そんなに甘くないと思うけど?」

「まぁな。お前の力の源泉がわかんなかったら勝ち目なかったかもしれんが……先代魔王の側近、海の魔神ユエガ……この海底火山そのもの……に『次代の魔王』である自分を担保に力を借りてるんだろ、お前は」

「!?」

「おれらの船が座礁してな。運悪いなーと思ったが、ユエガと接触できたのは結果として幸運だったな。どっちが次の魔王に相応しいかわからんから、おれにも力貸してくれるってよ」


 そのおかげで、大輔、シンタ、出水の三人も一時的に強大な魔力を身に帯びている。ただその前の大海魔との戦いと、難破経験、そしてユエガから力を得るためどろりとした粘液を全身にあびせられてぐったりしてはいるが。


「さてと……そんじゃ」

 辰馬は高く腕をかざす。ぶぁ、と広がる12枚の光の羽根。全身を薄く強靱にまとう金銀黒白の光。掌にともる光も、いつも以上に力強く。


「ふん……弟が姉に勝てないと言うこと、教えてあげる。魔力を全部吸い上げたらわたしのペットにして、徹底的に調教してあげるわ!」

 クズノハも手を上げる。黒みを帯びた紅蓮は竜のごとくクズノハの黒衣にまとわりつき、凶暴な咆哮を上げる。


 咆哮を合図に、両者地を蹴った。

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