第2話 覇城の当主

 ヒノミヤ関係者として先に行くという瑞穗みずほみのりといったん分かれ、新羅辰馬と牢城雫、女神サティア、そして正妻・小日向こひなたゆかとその保護者・晦日美咲つごもり・みさきはゆっくりヒノミヤの石段を登っていた。ちなみにエーリカは正月だろうとグラビアの仕事で忙しく、北嶺院文ほくれいいん・あやは受験前の追い込みでこれまた多忙。


 とりあえず、あとでお守りとなんか小腹にきくモン買っていくか……。


 などと思いつつ、ぼやーんとヒノミヤの全景を見渡す。戦火から数ヶ月。ヒノミヤはすでに往事の賑わいを取り戻していた。以前より拓けた雰囲気で、大道芸人や出店の数、それらと人の声の賑わいを活気というなら以前以上の活気。早くも吟遊詩人の歌が、弾唱詩人の曲が、ヒノミヤ事変をモチーフに為た歌を奏でる。


「たいしたもんだ……」


 人間のしぶとさ、したたかさを思い知って、辰馬は思わずとごちる。そして自分がこの一帯を半壊させた事実に思い至り、少しやるせない気分にもなった。


 辰馬とつながる神霊はハリ・ハラ。すなわち破壊神にして創造神にであるが、魔王という本人の気質ゆえか破壊の力、大元帥法ばかりを駆使しまくって創造の力を使うことが少ない。「はあぁ~~~…」と大きくため息をついた。


「なんだよー、そのため息。せっかく隣に気合い入れたおねーちゃんがいてあげてるんだぞ?」


 そう言う雫も見事な晴れ着姿である。瑞穗や穣のような、ヒノミヤの大権力者がまとうような豪奢すぎるしろものではないが、色違いのひとえを何枚も重ねた着物は華美であり、彼女の華やかな容姿に負けていない。


「知るかよ……今しず姉におぺっか使ってる余裕は……ぁ」

「ふふーん♪ どーしたどーしたぁ? 萌えちゃったか、たぁくん?」

「……萌えるかばかたれ。だいたいだな、23にもなって年甲斐もなく……」

「……おねーちゃんに年のこと言っちゃうか~……ていっ!」

「うぎゃあっ!?」


素速く肉薄、腕関節をとる、と見せかけ、辰馬が肘を強ばらせるや素速く標的を切り替え。右手小指と薬指の関節を、思い切り極める。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーッ!!」

「『おねーちゃんごめんなさい、ボクが悪かったです。ボクは本当は雫おねーちゃんのことが大好きなんですぅ~?』って言いなさい、たぁくん? それとも……伸ばす?」

「やめればかたれ! いきなりなにしてくれてんだお前、しず姉!」


「まーた今年も仲いいっスねぇ~、辰馬サンと雫ちゃん先生」

「ざけんな馬鹿。ニタニタしてねーで止めろや、シンタ!」

「んー、美少女同士の尊い絡みを引きはがすとか、オレの信条に……」

「……この前の、おれの女装写真。従軍記者が秘蔵してるんだと」

「ッ!! 雫ちゃん先生、まあここはひとつ、離れてあげましょ!? どーせまた辰馬たつまサンが馬鹿言ったんでしょーけども、ここは大人ってところを見せて、ね?」

「むー、仕方ないか……」


 大輔、出水と一緒にやってきたシンタになだすかされて、渋々と雫は極めをほどく。なにやら変な咆哮にねじまがった小指をグシッ、と力一杯ひねって元に戻し、はぁ、とため息一つ。


「しず姉、すぐ暴力に訴えるクセ、やめよーや。おれじゃなかったらあんた、今頃殺人犯になってるぞ?」

「まーたまた。あんなのぼーりょくって言うよーなもんじゃないでしょ? スキンシップじゃん」

「いやな、そーいうのをなんたらハラスメントって言うんだって」

「そんなもん知るかァ!」

「うあぁ!?」


 耳をつんざくような、雫の咆哮ほうこう。作務衣の胸ぐらを掴んでガンガン揺すってくる。


「おねーちゃんが弟をかわいがっていけないはずがねーでしょーがっ!」

「ぁ……うん……あぁ……いーから離せっての」


「大輔さん……あのかたって、宮代みやしろでわたしと戦り合った……?」

「あぁ……恥ずかしながらウチの教師……」

「教師……あんな、子供なのに……」

 大輔になかば抱きすくめられた状態の少女……長尾早雪ながお・さゆき……は、ほへー、という顔でかつて自分をたたき伏せたハーフ・アールヴの少女を凝視する。この少女と大輔の関係は実に順調のようで、仲むつまじい。


主様ヌシさま、いつまでも遊んでないでいくでゴザルよー」

「遊んでねーんだが……」


「おにーちゃーん、あれ、あれ買ってー」


 すっかり妹ポジションに落ち着いているゆかが、辰馬の袖を引く。ゆかは締め付けのきつい玄装(和装)でななく、洋服姿。いざというときすぐ逃げられるようにと言う美咲の配慮だ。そしてゆかを護衛すべき立場にある晦日美咲つごもり・みさきも、やはり身動きしやすい薄手の平服にスパッツという一見野暮ったい姿。


「ゆかさまが失礼します、新羅しらぎさん」


 美咲みさきはそう言って頭を下げるが、ゆかはあくまで「辰馬たつまに買って欲しい」と主張しているので、差し置いて美咲みさきが金を出すこと言うことはしない。いーから出せよとも思うが、どうしようもない。英雄・伽耶聖かや・ひじりのお面と、たこ焼き、リンゴ飴などなど買わされた。


「もったいないわね……、いまここに集まっている人間の信仰をすべて集めれば、私の失われた力も一気に回復するのに」

 青髪を結わえて宝髻ほうけいでまとめ、いつもの破廉恥装束とは違ってしっかりした7重のひとえに領巾をかぶったサティアが物騒なことを呟くが、さすがにもう人間に敵対しようという気分はないようでそこは一安心。


「さて、お詣りして、瑞穗たちに会って帰るか……」

「おにーちゃん、おんぶー」

「あー、はいはい……」


 参詣路に並ぶ辰馬たち。


 5分後。


「うあぁ~……酔う。まだか~……」

「辰馬サン、ほんと人混み駄目っスよね~」

「よく将軍稼業こなせたもんだよなぁ。」

「あのときはな……極限状態だったし……もう二度とやらんし……」


 長船は梁田は是が非にも辰馬を軍人にしたいようだが、辰馬にそのつもりは全くない。歴史好きであり、ここ最近は瑞穗から兵学の講義など聴かされてもいるが、軍人とかもっとも忌むべき職業だと思っている。望む道とすれば伽耶聖かや・ひじりとその時代について研究家になりたいというのが望みではある。


・・

・・・


「辰馬さま、新生ヒノミヤへようこそ!」

「フン……お詣りが終わったら早くお帰りください」

「そんなこと言って。穣ってさっきまでずっと新羅公のことばっかりはなしてたんですけどねー、ね、瑞穗?」

「ちょ! 蒼依!?」

「はいはい、ツンデレツンデレ。あんまり最近、ツンデレはモテないらしーよ?」

「つまらないことを言わないでください! わたしか新羅のことを好きみたいな……」


 拝殿から本殿に上げられた辰馬たちを、教主・鷺宮蒼依さぎみや・あおい神威那琴かむたけ・なこと沼島寧々めしま・ねね、そして今となってはヒノミヤを離れた瑞穗と穣が出迎えた。美々しい晴れ着姿の美女たちのかしましさと、女性がまとうなにやら甘ったるい空気に辰馬は圧倒される。


「……んじゃ、帰るか」

「あ、よたしも帰りますー!」

「……わたしも。ではね、新教主さま」


・・

・・・


 それから半日。


 新羅辰馬は船上にあった。


 付き従うは神楽坂瑞穗かぐらざか・みずほ牢城雫ろうじょう・しずく、エーリカ・リスティ・ヴェスローディア、そして女神サティア、晦日美咲つごもり・みさき北嶺院文ほくれいいん・あやと、新羅家正妻にして被保護者の小日向ゆか。プラスいつもの三バカ大将と、この大船のオーナーとして梁田篤、およびサバイバルインストラクターとしての傭兵隊長、ジョン・鷹森。


 まず4日掛けてアカツキ最東南端の岬に向かい、そこから航路。航海初日は極寒であったが、2日目、3日目となっていくうち、太陽の熱と海流の暖気、穏やかな風によって気温が如実にょじつに変わる。


 大貴族・覇城家の擁するリゾートビーチ、鶯谷うぐいすだに


 ヒャハァー、と艦橋から飛び降りようとするシンタや大輔をジョンが殴り、はしけをかける。


「そんじゃ、行きますか……しず姉?」


 いつもなら大はしゃぎのはずの雫が、やけにおとなしい。いぶかり、辰馬がその顔をのぞき込もうとすると、雫はばっと頭を上げて普段通り、元気のいい表情でにぱーと笑った。


「っし、行こ-、たぁくん!」

「……んー、まあ、いいか」


そして。


 リゾートホテルの前に待ち構える、一対の男女。

 一人は、10才前後。ピンク・ブロンドの、柔らかげで慇懃いんぎんだが傲慢ごうまんな雰囲気をたたえた美少年。明らかに雫と似た風貌の持ち主であり、血筋のつながりは疑いようもない。覇城家当主・覇城瀬名はじょう・せな


 その覇城の華奢で小柄な身体に、絡みつくようにしなだれかかるのは白い肌に黒髪、目尻にほくろの艶然たる美女。辰馬は一切まったく全然どうとも思わなかったのだが、立つまい以外の面々はこの女を見て、辰馬を見て、そしてまた女に視線をやった。とにかく信じられないくらいに、辰馬と顔立ちが酷似している。


「ようこそ、牢城雫さん……と、有象無象の小者たち。実のところ、雫さん以外はどうでもいいんだけれど、せっかく来たのだから楽しんでいくがいいと思うよ。」


少年、覇城瀬名はそう言って歩み寄ると、雫のヨットパーカー越しの細い腰に腕を回した。


「おいこら、ガキ」


 辰馬の声は自分でも驚くほど、すごみを帯びたものとなった。


「なんです? 新羅辰馬」

「なんです、じゃねーわ。しばくぞおまえ、ばかたれが!」


 なんだかよくわからない焦慮しょうりょとモヤモヤに突き動かされ、辰馬は瀬名に拳を突き出す。


 あくまで牽制。


 しかし瀬名は怯えてすくむことなく、雫の身体から身を離すと入り身で辰馬の腕を取った。


「ッ!?」


 腕を退こうとするが、間に合わない。次の瞬間、辰馬の身体は背中から砂浜に叩きつけられる。


「くぁ!?」

「たぁくん!? ちょ、瀬名君、なにを!?」

「雑魚の嫉妬はみっともないですね……ここが砂浜でなく舗装された路上であれば、あなたは死んでますよ? ……力の差、理解できましたか? 理解できなくても構いませんが、ボクと雫さんの邪魔はしないでいただきたいものです」

「……この、ふざけんなよ、てめ……」

 硬い砂地に叩きつけられ、背中から全身へとジンジンひびく痺れに苦悶する辰馬を虫けらでも見る目つきで睥睨し、牢城瀬名は言い捨てるとまた雫のひしに腕を回し、リゾートホテルの中へと去って行った。


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