黒き翼の大天使~第2幕~魔皇女クズノハ篇

遠蛮長恨歌

海魔の主

第1話 魔王の娘/別離の予感

 不自然なほどに薄暗い、闇の臥所ふしど


 その奥に二つの人影が絡み合っていた。


「こちら」を認識したのか、闇のベールが薄く剥がれる。


 長身で全身に脂の乗った、しかし鈍重さはみじんも感じられないグラマラスな女性。銀髪であり、大きく野心的な瞳は燃えさかる血のクリムゾン・レッド。目つき、髪の色、肌の白さ、それらすべてが、ある少年を想起させた。


 仰臥して揺れるたわわな乳房と女の顔を、どこか虚無的に見上げるのは少年。まだ10才前後にしか見えないいとけなくも端麗な容姿は、しかし支配されているのとは違う。女の責めに対して巧みな動きで反撃を喰らわせ、二人は主導権を奪い合う。


「ミカボシさんがやられるなんて、ね……。さすが我が弟、というところかしら?」

「完全な状態でなかったか、依り代の神月老人が無能だったか、だろう? 大した脅威とは思えないな…ッ」


 打ち上げる少年に会わせて、女性は巧みに秘壺を締め上げすぼめる。少年は年齢相応のかわいらしい悲鳴を上げ、それまで放つことなく高めていた精を放ってしまう。


「く……」

「まあ、次はそう簡単にはいかないわ……。盈力などなくとも、純粋な極限に達した魔力が劣るものではない……父には認められなかったけれど」


 女はそういうと、頭頂から金色に輝く耳を生やした。少年の位置からは見えないが、腰には狐のしっぽ。解放された魔力に、さしもの剛胆な少年も震え上がった。


「金毛玉面九尾の狐……魔王の娘クズノハ・ウシュナハ……」

「ふふ。では手筈通りに、覇城様? 安心して、あなたご執心の牢城さんだけは、殺さず残してあげるから」


 金の粒子を散らし、クズノハは幻のように消えた。


 2ヶ月前、覇城家当主の地位を継いだばかりの少年、覇城瀬名はじょう・せなの前に、覇城家に幸運をもたらす霊狐として接近したクズノハ。瀬名はこの女の存在は危険と本能的に悟りどうにか倒す方法を模索、倒せないとなるとクズノハから逃げる道を探したがこれもなく。いつしか絡め取られて、妖狐の愛人にさせられてしまっていた。


 しかし……。


 臥所ふしどから起き上がり、机の上に立てる写真を取り上げる。


 そこに写るのは牢城雫ろうじょう・しずくだった。覇城瀬名という少年は極端なナルシストであり、自己と同一の遺伝子を持つ女性しか愛せない……簡単に言って近親相姦趣味……ために、彼が雫に極端な執着を見せるのは当然と言えば当然と言えた。彩色師により着色された雫の隠し撮り写真に、瀬名は激しい高ぶりを感じる。


・・

・・・


「おめでとうございます、名公との

「オレからも、おめでとうございます、新羅公」


 新羅辰馬しらぎ・たつまの前にはむくつけき中年男が二人。大人げもなく張り合って「新羅辰馬一の部下」の座を競っていた。


「あー……、あんがとさん。つーかはよ帰れ、お前ら」


 飛ばしの鼻息に圧されながら答える辰馬に、梁田篤やなだ・あつし長船言継おさふね・ときつぐはぐいぐいと迫る。


「なにを仰いますか! 今日をなんの日と心得られる!?」

「そーですぜぇ、正月だ……一年の計、まずこの国を獲るってことを女神に宣誓せにゃあでしょうよ」

「そんなつもりは毛頭ねーわ……、つーかお前って女神信仰持ってたんだな? 女なんて女神でも食いモンだと思ってた」

「そら、仰るとおりですが。本音と建て前ってヤツですよ」

「……汚い話はやめにしてほしーなぁ。この家、子供も住んでんだよ」

「小日向ゆか、ですか。あれは案外な拾いものかも知れませんな」

「あ゛? なに、お前ってそーいう趣味か?」

「いえいえ。先々アカツキを滅ぼすとして、小日向という錦の御旗にしきのみはたは実に役に立つ……本田馨綋ほんだ・きよつなは公に首輪をつけたつもりでしょうが、むしろ飼い犬になったのは……」


 どげし、と長船の首元に強烈な当て身。


「……さて、初詣行くか」


 繕うように言って、辰馬は応接間を出た。出たとたん、瑞穗と鉢会わせる。


「お……瑞穗」

「ぁ……おはようございます、辰馬さま。お出かけですか?」

「んー、ちょっと初詣にな。近場でテキトーなとこ……」

「それなら、ヒノミヤへ行きましょう!! 新生されたヒノミヤの様子、一度見てみたかったんです!」

「お。おう……なんか、お前もぐいぐい来るよーになったよなぁ……」

「も、申し訳ありません、奴隷の分際で……」

「あー、違う違う! ちゃんと主張できるよーになっていい傾向だなって事!」

「そう…ですか? 一瞬『こいつうぜぇ』って……」

「だから、仲間の前でサトリは禁止な。ルール違反だから……そんじゃ、みんな着替えて出かけるか!」


 ほとんど追い立てられる感じで、辰馬はお出かけを決める。盛装とは言え辰馬の玄服(和服)なんて作務衣ひとつ。着替えに時間はほとんどかからない。男なんてそんなものだが。そうは行かないのが女性陣。


「辰馬さま、こ、これ……どうでしょう?」

「おぉ……なんか、お姫様みたいだな」


 瑞穗が来て見せたのはいわゆる「袞冕十二章こんべんじゅうにしょう」というやつ。深紅の袞衣に白の絛帯くるみおび、帯の左右には玉佩を下げ、頭には黄金作りの仰々しい冕冠べんかんりゅうを垂らす。袞冕の両胸には竜、背中には北辰、その他腰や袖と言ったところかしこに玄武や朱雀、白虎といった神獣が刺繍されている。あまりに華美すぎる衣装は気品凄絶すぎ、新羅辰馬はヒノミヤの斎姫いつきひめの本気をまざまざと見せつけられた。


「なんです? あぁ、今日は正月でしたね。ヒノミヤへ?」


 磐座穣が寄ってきて、言う。辰馬に対し一瞥、睨み付け、そして「ちょっと待ってなさい!」と言い残して自室に駆け込む。


 バン!


 大音を立てて戻ってくる穣の着衣は、普段の白い水干ではなく。薄紫の小袖に大袖、その上から薄茶の領巾と、足下に届く長い紕帯。下は袴ではなく、桃華定刻ふうの裙。髪は結い上げ、宝髻という金飾りで止めている。普段の3割増しの美貌であった。


「おー……」

「おーってなんですか? 少しは気の利いた台詞を口にしたらどうです? まあ、気の利いた言葉の持ち合わせなんてないのでしょうけれど。所詮蛮民のあなたに無理難題を押しつけて申し訳ありませんでした、閣下」

「うるせーなぁ……毎度毎度、喧嘩売ってんのか?」

「そうですよ? 何で五十六様を倒したあなたにへつらわなくてはならないんですか?」

「あんなジジイのどこがよかったのか…」


 ビシィッ!


「っあ!?」


 ドバシ!


「っく!?」


 目にも止まらぬ平手の連打。辰馬の身体を小揺るぎさせることもではない軽い張り手ではあるが、それでも烈気の激しさは衰えていない。


 三発目、辰馬は「いー加減にしよーな」と穣の手首を掴むと、容赦なく捻りあげる。それはいいものの、痛みに呻く穣にどーすりゃええんよと途方に暮れた。


「瑞穗、任せた」

「は、はいっ……」


「さて、他もみんなにも声かけんと……置いてったら絶対、あとでどーこー言うからな、あいつらは」


 とうわけで、辰馬と瑞穗は広大な宮殿の中を人捜しして歩き回る。


「なんでこんなに広いんだよ、ここ……。寮の本館よりでかいし」

「でも、辰馬さまが卒業したらもっと大きいのを作るんですよね?」

「あー、うん。全部おれの金でやるらしいな。そんな金があるかよ、ばかたれ」


「しず姉ー、入るぞー」


 がちゃりと。いつもなら「勝手に入ってくるなよー、やはは♪」とか返ってくるはずなのに、今日の 雫はやたらと物静かだった。ピンク・ブロンドは束ねず、大きな瞳を伏し目がちにして物憂げなため息。まるで別人のたたずまい。


「あー、たぁくん……なに?」

「いや、初詣たけど……無理っぽいな。悪い」

「ちょちょちょ……行くよ、行くって! 今のはアレだから、そう、たぁくんをどきっとさせようとね!?」

「そらまぁ、いつもノーテンキなしず姉があんな顔したらゾワッとするが……」


 雫がとっさに隠した手紙には、こう書いてあった。『父母の命、新羅辰馬の安全、それらが大事であるならば、今すぐ覇城はじょう家当主・覇城瀬名はじょう・せなのもとに出頭されよ』と。


 お別れかー……。


 雫は心中、悲しく切なく呟くも、表面にはあくまで明るく元気なお姉ちゃんをとりつくろった。


「あのさ、たぁくん。初詣終わったら海水浴いこーよ」

「はぁ? この寒い中……」

「覇城のプライベートビーチでね、鶯谷。年中暖かいんだって」

「そ、それは素晴らしいです! 是非行きましょう、辰馬さま!!」


 瑞穗が食い気味に食いつき、瑞穗に甘い辰馬が拒否するはずもない。


「まあ、んじゃ行くか……けどしず姉って覇城と仲悪かったんじゃ……」

「ーい、気にすんなぃ! 行くよーっ!」


 こんな正月の一コマから、新羅辰馬の第二の冒険「魔皇女クズノハ」篇が始まる。



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