51、何かがおかしい

「カロリーヌ様がご無事なのはとても喜ばしいことですが、フレイア様、何かがおかしくないですか?」

「クリスティナもそう思う?」


はい、と私は頷いた。


「正直に申し上げますと、リザ様からブレスレットに特別な効用があったと聞いたときはちょっと嬉しかったんです。リザ様をお守りすることができましたし。最初にご説明したように、ロザリオにも使われるビーズですから、そういうこともあるかもしれません。でも」


私は自分が付けているブレスレットに視線を落とした。薄い紫。シェイマスやミュリエルとお揃いだ。

これに何か特別な力があるなんて、まだ信じられない。でも、もしあるとするなら。


「その効用がそんなに発揮される事態が続く——そのことが心配です」


フレイア様も同じことを考えていたようで、小さく頷いた。

何かが起こっている。でも何が? 

もしかして、気づかなかったけど前回も起こっていたのかしら? だからミュリエルはあんなことを? でも何が? わからない。

フレイア様はゆっくりとおっしゃった。


「ブレスレットの光を見たのはカロリーヌ様だけだったんですって。それもリザ様と同じよ」


私は驚いた。そのことは厳重に口止めしていたので、カロリーヌ様がリザ様の真似をしたとは思えない。

フレイア様は顔を上げた。


「こうなると呑気に売り上げがいいとか悪いとか言ってられないわね。クリスティナの言う通り何かが起こっているのよ……王妃様にご相談しましょう」

「王妃様に?」

「一度きちんと状況を説明しておいた方がいいわ」


確かに、と私は頷いた。今はまだこの程度で済んでいる。でも、放っておけば、ブレスレットなんかじゃ防げない何かが起こるかもしれない。

胸騒ぎを感じた。


          ‡


翌日。

フレイア様の計らいで、王妃のルイザ様のお部屋にお邪魔した。手入れされたブロンドの長い髪をぴったりとまとめたルイザ様は、ときに冷たい印象を与えるほどテキパキとしたお方だ。

午後のお茶を飲みながら、私とフレイア様が一部始終を説明すると、ルイザ様は張りのある声でおっしゃった。


「クリスティナのブレスレットにそんな効果が?」


フレイア様が答える。


「ええ。二件ともなると偶然や思い違いではないかと思いましたの」

「確認するけど、その二つが特別なブレスレットというわけではないのね?」


私は頷く。


「はい。どれも同じビーズから作りました。作り方も他のと同じです」

「あなたは無事なの? クリスティナ」

「え? 私ですか?」


意外に思って聞き返すと、ルイザ様は眉間に皺を寄せて私を見つめた。


「ブレスレットに不思議な効果が出た上に、原因不明なんでしょう? 作り手であるクリスティナに、変わったことが起こったりしていないの?」


心配してくださっているのだ。私は笑顔で答えた。


「ありがとうございます。私の方は何も変わりはありません」

「それならまだいいわ」


実はとても情が深いルイザ様は、間違いなくこのカハル王国を内側から支えるお一人だ。私もフレイア様も、ルイザ様を目標にして厳しい王子妃教育を乗り越えたところがある。


「実はね」


ルイザ様は目を細めて、優雅に茶器を下ろした。


「まだ公表していないけれど、各地で不穏な出来事が起こっているの。イリルがあちこち駆け回っているのも、その関係よ」


ただの視察にしては戻ってくるのが遅いと思っていたらそんなことが。フレイア様も初耳だったのだろう。驚いた顔で、私と目を合わせた。


「何が起こっているのですか?」


思わず聞くと、ルイザ様は首を振る。


「それはまだわからない。でも確かに、何かがおかしい」


ルイザ様は私を真っ直ぐに見つめた。


「これは私の直感だけど、クリスティナ、あなたのブレスレットはそれを防いでくれている気がするの。無理させるのでなければ、少し多めに作ってくださらない」

「わかりました。お役に立てるなら光栄です」

「私も手伝うわ、クリスティナ。職人を早く探すようにする」

「ありがとうございます、フレイア様」


ふと顔を上げると、私とフレイア様のやりとりをルイザ様は微笑みながらご覧になっていた。そして感慨深けにおっしゃった。


「本当にアルバニーナによく似てきたわ」

「そうですか?」

「ええ。その角度なんてそっくり」


ルイザ様は母と旧知の仲だった。その縁もあって私とイリルは婚約したと聞いている。表向きは母の実家が後押ししたことになっているが、病弱だった母が自分がいなくなった後の私を守るためにルイザ様を通して結んでくれたのだ。


「あなたたちを見ていると、私とアルバニーナの若い頃を思い出すわ」


私とフレイア様は照れたように顔を見合わせた。とても嬉しかった。


「もっとも、アルバニーナほどお人好しじゃなくていいと思うわ。あの子は面倒見が良すぎた」

「そうなんですか?」

「身寄りのないエヴァのことをアルバニーナはとても可愛がっていたのよ」


ミュリエルの母のことだ。


「あなたが生まれるとき、エヴァはアルバニーナの身の回りの世話を一手に引き受けていて、出産にも立ち会ったの。それくらいエヴァのことを信頼していたのね……オフラハーティ公爵もむごいことをするわ」

「本当ですわ」


フレイア様がまったく同感だという調子で答えた。私も深く頷いた。

ふと私は、気になっていたことを口にした。


「あの、ルイザ様、サーシャ・マクゴナー子爵令嬢とブリギッタ・ドムス子爵夫人のことはご存知ですか?」

「どちらも、あまり社交界に出てこない目立たない方たちよ。どうかした?」

「ミュリエルの家庭教師と侍女になってくださったんですが、その……今までお付き合いがなかったものですから、どうしてかと思って」

「そうね、どちらも困窮していると聞いたことはないけれど、なにか働きたい事情があったのかしら。誰の紹介?」

「ギャラハー伯爵夫人です」


ルイザ様は片方の眉をピクリと動かした。


「ギャラハー伯爵夫人、最近、様子がおかしいと聞いているわ。随分痩せたようで、どこかお悪いんじゃないかという噂よ」

「病気でしょうか?」


私が聞くと、まさか、と目を細めた。


「あの帝国から来た伯爵とずっとべったりらしいの。さすがのギャラハー伯爵もそろそろなんとかしなくてはと思っているようよ」


ドゥリスコル伯爵のまとわりつくような視線を思い出した私は背筋に寒気を一瞬感じた。


「ではドゥリスコル伯爵もそろそろ帝国に戻られるのかしら」

「そうだと思うわ」


フレイア様とルイザ様のそんな会話を聞くだけで、気持ち悪さがよみがえった。


——私ったらあの人のことが本当に苦手なのね。


小さく息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る