第11話 指紋鑑定技師と殺害許可証を持つ男
アナザーサイド署鑑識課。
指紋鑑定技師のグルムス・オルターは、訪ねてきたレパードにデータを渡した。
ひんやり冷えた個室に響くレパードの嗄れ声。
「お、さすが早いな!」
穴蔵で陽に当たらないオルターは色白で痩せ型、大きな目をギョロつかせ挙動不審なところもあるが仕事はできる男だ。誰よりも早い。
「オルター、あんたがここにいてくれて助かったよ。俺はついてる」
もちろんレパードは彼の弱みも握っていた。
だが、オルターの性癖は有名で今更感が否めなかった。
だからレパードの頼みをオルターは喜んで引き受けていた。
「レパちゃん……アタシずっと待ってたのよ」
猫なで声にたらりと冷や汗をかくレパード。
「な、何だって?」
「別にもうバラしちゃってもいいわ。あんたにキスしたこと」
「ひぃーー! ま、待て、落ち着け!」
「タフでワイルドなあなたが好き」
近過ぎるオルターの頬をグィと押しのけ、レパードはデータに目を通した。
もう! ……と、オルターは記載の結びを指差す。
「見て。レパちゃん。【一九四五年、グレイヴスのヘストン・ヒルにて〝戦死〟】とあるわ」
「何だと?」
ニヤリと小さな黄色い歯をむき出し、オルターは戯けて言った。
「実は生きているのだ〜〜! ということかしら」
レパードはその経歴を今一度上から見入った。
【ジョセフ・ハーディング 一九一七年十二月十一日生まれ フリーホイール……】
オルターは訊いた。
「その男を捕まえるの?」
「いや、違うが……」
「じゃ誰を?」
「女と子供」
「こいつは何の関係が?」
「……わからん」
レパードは顎をさすりながら〝ジョセフ〟を見つめる。
――この目……確かに見たことがある……。
「レパちゃん。それで今から何処へ?」
「ノースフォレスト」
「ふ〜ん」
「……あ、そうだオルター。〝ハイランズ〟って医者を知ってるか?」
いかにも不健康そうだがと彼を見つめる。
「知らなーい。何? こう見えてもアタシ健康だし〜美容にも気をつかってんだから」
レパードはしらーっと視線を投げる。
「……変な病気とか、ないの?」
「ヤだもう!」
オルターは赤面、レパードの腕を掴んだ。
「言ったじゃない! 待ってたのよって」
「ちょちょ、ちょっっタンマ! ……い、幾らだ? この鑑定料」
「いらなーい。アタシが欲しいのは、あ・な・た」
****
風になびくコート。
カフェレストRamonaへの客人。
ビフ・キューズは手を挙げ、彼を迎え入れた。
みしりと床を軋ませながらその男はゆっくりと、奥の衝立で隔てた席へ向かう。
視界を全て遮るほど大きく、髪は丸刈り、サングラスをかけている。
食事をしていた数人の客はその威圧に身をすくめ、硬直した。
生成りのコートを脱ぎ、彼は腰掛けた。
「ご苦労様」と、それはビフからの報酬。
彼はその包みに手を当て、しばらく経って表情を和らげた。
懐から煙草を取り出し、火を着けた。
ビフは灰皿を置き、カップを取り、カプチーノを注いだ。
「怪我はなかったかい?」
彼は一口味わい、低く掠れた声で答える。
「ああ。大丈夫だ」
「よかった」
ビフはその硬い肩を叩く。
「会えて嬉しいよ。ライセンス」
〝ライセンス・トゥ・キル〟
彼はビフの古き友人。
暗黒街でその存在が既に伝説と化した男。
〝LICENSE TO KILL =殺害許可証を持つ男〟。
そして奇妙な話だがジョーの良き理解者でもある。
軽く身を起こし店内を一望して、ライセンスはまたビフを見る。
「ジョーは、もう発ったのか?」
「昨日の朝な……」
「どうしたんだ? 何か考えてる」
「その後電話で、ジョーが〝レオ・フットプライド〟のことを聞いてきた」
ビフは昨日の出来事を話した。
ライセンスは黙って聞いていた。
身を乗り出してビフは話す。
「それで思い出したんだ。そのリリィという女……彼女の写真を、ジョーは持っている」
「ん? どういうことだ?」
「地下牢から助け出した時、ジョーはそれを離さなかった。手術の時も静養中も肌身離さず」
ライセンスはふぅっと息を吐いた。
煙が目に沁みる。
「……で、ジョーは彼女たちをどうするつもりなんだ?」
「ノースフォレストまで。
「そうか」
ライセンスはカプチーノを啜り、考える。
ジョーの胸の内を。
「ビフ。もう一度、フットプライドの事を調べてみてくれないか?」
調べるのがビフの仕事だ。無論だと頷き、
「実は今、ドクはグレイヴスにいる。お前さんが掴んだ情報をずっと追ってた。その証拠をいよいよ手に入れようとしている」
「……そうか。もしそれが真実ならば」
「真実ならば?」
煙草を揉み消し、ライセンスは言った。
「その時は、俺が出向く」
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