第10話 ノースフォレストへ

 リリィ・ストーンは一九四〇年、エイブラハム・ローリングと結婚し、翌年二人の間にボビィが生まれた。

 家を持ち、ポニーを飼い、五年間は幸せだった。

 一九四五年、一度除隊したエイブラハムはまた戦場へ行かなければならなくなった。

 国の劣勢は徴兵を掲げ、若者たちを敵地へ送り込んだ。


 ある日幼いボビィが指差す、テレビの向こう。報じられたのは、

《エルドランド兵が数名、捕虜として…》

 そして敗戦。

 特殊部隊の救出作戦も失敗、捕虜となったエイブラハムは還らぬ人となった。

 リリィは彼の死を信じなかったが、ある朝彼女のもとに一人の男が訪ねてきた。

 それは医師のDr.ハイランズ。


「捕らえられた者たちは天然痘に侵され、私がワクチンを注射し、エイブラハムは一命を取り留めた。酷い環境だった。数日、彼を看た後、特殊部隊が来た。そう、確かに彼は救出されたが……丘の上、ヘストン・ヒルで敵の銃弾に倒れた……」

 泣き崩れるリリィ。

 《先生、彼女に伝えてくれ》……ハイランズはしばらく待ち、言った。

「……私が訪ねたのは、あなたに彼の伝言を。『もし、俺が死んでも俺はお前のそばにいる。いつも、永遠に愛している』と」



 リリィが病いに伏し、絶望を彷徨っていた時、レオ・フットプライドがそこに立っていた。

 優しく手を差し伸べた彼にリリィは揺らいだ。

 不安と寂しさに耐えられなかったリリィ。

 暮らしが行き詰まり、希望を見失った時、リリィはフットプライドからの求婚を受け入れた。

 式を挙げ、豪邸に移り住んだ。

 初めは平穏だったが、フットプライドは決してボビィを愛さなかった。



 キャンピングカーはアナザーサイドの街を離れ、ハイウェイ5を北上していた。

「ノースフォレストへ。Dr.ハイランズという人のところへ……」

 リリィは簡潔に事情を話した。

「夫、フットプライドから逃げている」のだと。


 ジョーはリリィが再婚していたことは風の便りで知っていた。

 相手がどんな男なのか、何をしているのか、気になってはいたが調べることはしなかった。

 ただ幸せでいてくれたらいいと胸におさめていた。


 〝ネヴァレンド州警察署長 レオ・フットプライド〟。

 ジョーはラジオで聞いたことがあった。

《私が就任してから犯罪検挙率が上がった。秩序ある都市づくり、州の治安を強固に!》と熱く語っていた。

《市民の信頼を得るために自ら動き、家族を守り……》



「ジョーさん」

 ハンドルを握る手に力が入っている。

「……ジョーさん、あの……」

 ジョーはハッと力を緩めた。

「え? あ、……な、何だ?」

 後部座席のリリィはじっとジョーの背中を見つめている。

「何故、ここまで親切にしてくださるんです?」

 少し間を置き、ジョーは答えた。

「言っておくが、何も裏はない。今はあまり他人を信用できないかもしれないが……」

「そんな」

「俺もいつかノースフォレストへ行くつもりだった。友人に会いに」


 それが同じDr.ハイランズであることは今は言わない。

 以前彼がアナザーサイドからそこへ越したことはビフから聞いていた。

 手厚い治療と看護でこうして今生きていられる――ビフ同様命の恩人ハイランズに会いたいのは俺も同じ――後でビフにその住所を聞かなければ……ジョーは胸の内で呟いた。そして、

「リリィさん。これも何かの縁だ。協力させてくれ」



 彼女の膝の上でボビィは静かに眠っている。

 呼吸も楽に、穏やかに寝息をたてている。

 すっかり安心しているように見える。

 守られている。それはリリィも感じていた。


 ****


 レパード・スキンが丸一日かけて得た情報は二つ。

 一つは……

「その親子なら駅の方へ歩いていったよ」

 ほぅ。列車に乗り込んだかと、レパードは駅に向かい、掃除夫から話を聞く。

「ベンチに座ってただ。ん、で、もう一人来たなぁ。髪の長い大男で丸縁のサングラスをかけてたべ」


 〝髪の長い大男〟〝丸いサングラス〟……。


 もう一つの目撃情報は花屋の主人。

「ああ、その親子だったらハイランズ先生を訪ねてやって来たよ。でも先生はいねえがな。今月の始めに越してった。ノースフォレストだって教えてやったよ。残念な様子で帰ってった」


 その花屋の隣り、一軒の木造建屋。

 それはDr.ハイランズがいた診療所だ。


 レパードは裏口に回り、ドアの鍵をこじ開けた。

 微かに漂う薬品の臭い。

 リリィに関する何か、物的証拠は残っていないか、床や柱の傷まで隈なく探したが、何もなかった。

 ドアポストも空っぽ。住所変更はされているようだった。



 レパードは外に出て公衆電話から郵便局に電話した。

 想像力を最大限に働かせ、声の調子を整えた。


「私は西区五番通りにいたハイランズだが、越した先で届くはずの郵便物がまだ届かないんだ。転居届は出したのだがもう一度確認したい。ノースフォレストの、何と登録してあるかね?」

 成り済ましたレパードに、しばらくして局員は答えた。

「……セントルドルフ五〇三ですが」

「OK!」


 ****


 ……ジョーは受話器を置いた。

 給油所。リリィはその間に燃料代を払った。

 ビフ・キューズはレオ・フットプライドについて知っている事を教えた。


『奴は王家の遠縁でそれを後ろ盾に現在の地位に。軍にもいた。暴行で一度訴えられ書類送検されたが、権力で揉み消した。スタッカリー・ファミリーとの収賄容疑も。奴は獅子の皮を被ったハイエナだ』


 ジョーは目頭を押さえ、車のところへ戻った。

 リリィに礼を言い、ハイランズの居場所を伝えた。


「そうなんですか。でもまさかビフさんのお知り合いとは」

「ビフは顔が広い。あそこでビフを知らない者はいない。Dr.ハイランズも有名な腕の立つ医者で……俺も一度診てもらったことがある」

 そう言ってジョーはリリィの横でいい子にしているボビィの頭を撫でた。

 そして少し安心したリリィの顔を見ると、ジョーは盛り上げるように言った。


「よし! ボビィ、腹減ったな! 近くのレストランで何か美味いもん食おうか!」

「うん!」

「先は長い。今日はその後ゆっくり休もう」

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