第9話 豹の嗅覚
午前十時、店が開く。
ジョーはテーブル席で本を読んでいた。
平常心を取り戻そうと文字を読み漁ったが、全く頭に入らなかった。
やがて客が一人、入ってきた。
異様な雰囲気のその男は疲れた顔で気怠く店内を見回した。
小柄で、髪を撫でつけているが薄汚い。
得体の知れない臭気を漂わせながらビフの顔を見て高慢な目を向けた。
「マスター、何かこう、美味いもん食わせてくれ」
ビフは無愛想に応えた。
「ウチのはどれも美味い」
チッ、こんなもんかと男は頭を掻きながらメニュー表を掴み取った。
「肉、肉! 子牛のヒレステーキ、レアでいい。頼むぜ」
そしてジョーの向かいの席に座った。
ふらついていてもまるで猫科のような敏捷性――この類いの男、ざらにはいない……ジョーは見て取った。
男は煙草の煙を燻らせながら、シラけた目でジョーを見る。
一瞬目が合い、男はご挨拶に手を挙げたがジョーは応えず、次のページをめくった。
ステーキが運ばれ、男はなりふり構わず食らいつく。
「うめぇー!」と万歳したかと思うと急に立ち上がり、カウンターのビフの所へ。
「マスター、訊くが……この二人を見なかったかい?」
差し出された写真。
そこには先程までここにいたリリィとボビィ。
ビフは表情一つ変えずに答えた。
「いや。見ないね」
「そうか」
そして次にジョーの前に。
くちゃくちゃと肉を頬張りながら充血した目をギラつかせる。
「あんた。この二人、見た覚えは?」
ジョーも表情を変えない。
「ない」
男――レパード・スキンはジョーの目つきが気に食わなかった。
その本の表紙を見る。
「ん? 『詩ノ心ヲ読ム』? ハッ! ゴツい体でセンチだなぁ〜じゃああんた、俺の心も読んでくれ。俺があんたをどう思ったか」
まるで挑発。
ビフがフロアに出て来た。レパードはバッジを抜き出した。
「ネヴァレンド州警察だ」と、勝ち誇るレパード。
だがビフとジョーは動じなかった。
平然とそれを眺め続ける二人を尻目に、レパードは席に戻った。
ふん! と鼻で笑い飛ばし、また食べ始める。
そして――いるんだ。こういう非協力的な人種が……と舌打ちしながらも
「この街で見かけたら教えてくれ」と言うだけ言っておいた。
ジョーは立ち、勘定を済ませ、店を出た。
レパードは仕事中とはいえやっぱりビールを注文した。
悟られないように道を急ぐジョー。
リリィが追われる理由は何なのか――。
****
アナザーサイド駅。
プラットホームのベンチに座っている二人。
ボビィはリリィの膝にもたれ、体を休めた。
リリィはその頭を撫で、背中をさする。
駅に着いてボビィの喘息の発作が起きた。
急がせたのがいけなかった。
この不安な状況で無理もないと、リリィは謝った。
「……大丈夫だよママ」
ゼェゼェと喘ぐボビィ。
「ごめんね……」
その肩を抱きしめる。
「ボビィ。あと二時間も待てる?」
ノースフォレスト行きの列車は午後一時十五分。
「うん。……ねぇ、ママ」
「何?」
「ジョーおじさん、一人で……一人ぼっちで旅してるのかな」
「……多分」
「寂しくないのかな」
「そうね……」
通帳を開き、見つめるリリィ。
それは独身の頃のもの。
振り込まれた不明の大金に気づいたのは、フットプライドから去る決意をした時だった。
アナザーサイド支店に行き、直接尋ねたが調べはつかなかった。
旅立つ客。列車から降りてくる客。
ボビィは虚ろな目で遠くを見つめる。
ふと、階段の方に目を向けると駆け下りてくる姿にはっとし、ボビィはむくりと身を起こした。
「ジョーおじさん!」
「ボビィ!」
走り寄ってくるジョーの胸目がけ、ボビィは思わず飛び込んだ。
「どうしたの? おじさん……ゴホッ」
咳き込み、ヒュウヒュウ息をするボビィの容態をジョーは察した。
屈んでその背中を優しく撫で、いたわった。
そして立ち上がっているリリィの顔を見つめた。
ジョーの目は悲しかった。
「ジョーさん……」
「君たちを追って、ある男がやって来た」
「え? まさか」
「もし、良ければ俺が力になる」
深く憂える眼差し。
「……放ってはおけないんだ」
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