第12話 空と海の穏やかな赤
二日目。その日は浜辺で夕食をとることにした。
ボビィはすっかり元気になった。
バーベキューを喜び、残さず食べた。
陽が沈み、空と海の穏やかな赤を背に、打ち寄せる波にはしゃぐボビィ。
その遊ぶ姿を見ながら、ジョーとリリィが座っている。
「ボビィは明るいな」
ジョーがポツリと言った。リリィは頷き、少し背を伸ばして微笑んだ。
「ええ。天性の明るさかしら。いつも励まされます」
「病気、治るのか?」
「小児喘息で……お医者さんは体を鍛えるのもいい。水泳とかって。薬だけに頼っても駄目みたい」
ボビィに手を振るリリィ。彼女は知りたかった。
「ジョーさん。生まれは、どこなんです?」
「……エルドランド」
「……の?」
「あ、ああ、……ブリンギングス」
嘘をついた。
「そうですか。私はフリーホイールなんですが、ご存知ありません? 西の方の、小さな町で」
「あそこはいい所だ。自然に囲まれて。昔、友達が住んでいて行ったことがある」
「どれくらい前?」
「ん? と、いうと?」
「い、いえ……もしかしたら前に、会ったことがあるかもしれないと……」
「俺に?」
「ええ」
「さあな。……覚えがない」
「あなたといると、何だか懐かしくて… …初めて会った気がしないんです。 ……あ、ごめんなさい、私、いろいろと聞き過ぎたかも」
ジョーは胸が締めつけられる思いがした。
彼は遠く、海を見つめる。
彼女は俯き、息をつく。
熱い潮風。波の音。
ジョーの方からようやく切り出した。
「あと二日もあれば着くだろう。ハイランズさんに連絡とって、それからだな」
コクリと頷き、それからリリィは顔を上げた。
「そう。早く落ち着かなきゃ。ボビィのためにも」
「逃げきれると思うか? 奴から」
リリィはジョーに顔を向け、目を見て答えた。
「あの子を守るため、たとえそれが逃げだと言われても、私はこうするしかなかった。あの暴力にはもう耐えられない」
「あの子に手を? フットプライドは」
「お酒飲むと人が変わって怖かった。酔って暴れて家の物壊して……。それで一度、ボビィに」
リリィは言葉を詰まらせた。顔を伏せ、目に涙を浮かべ、言った。
「銃を向けた」
拳を握りしめるジョー。
その怒りに全身の傷が疼いた。彼女はハンカチで顔を拭いた。
「たわむれだ、撃ったわけじゃないって言ったけど……もうつらくて……無理」
「逃げだなんて言ってすまない……」
「いいんです。ジョーさんには何もかも頼って、感謝しか……そう、とても……安心できるんです」
遠くのボビィが二人を呼んだ。嬉しそうに声を上げている。
立ち上がりながらジョーはリリィに言う。
「……俺の顔……怖くないか?」
「え?」
「ほ、ほら、こう……尖ってて厳つくて……まるで鬼のようだ」
リリィはジョーを見つめ、微笑んだ。
「いいえ。あなたの目は……とても優しい」
待てずに走ってくるボビィにリリィは手を広げた。
「ママ! 見て、カニ! 捕まえたんだ!」
「わあ、かわいい」
「ジョーおじちゃん、これ食べられる?」
「ははっ、こりゃ食べるには可哀想だ」
そしてボビィはジョーの手を引き、波打ち際まで走って行った。
二人が楽しく遊ぶ姿を、リリィはずっと見つめていた。
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