第6話 手掛かりの車

 あれから車は動かなくなった。

 後輪が完全に車体に食い込み、セルも回らない。

 リリィは八つ当たりでオーバーフェンダーをひと蹴り。

 そして通りへ出て救助を求めた。


 電話もない夜の田舎道。人里離れた寂しい山中。

 五台の車が通過したが、止まってはくれなかった。

 痺れを切らしたボビィは立ち上がり、森の奥へ入って行った。

「この先は確か湖だよ。誰かいるかもしれないよ」



 草木を掻き分け掻き分け、ボビィは前へ進んだ。

 蛙やコオロギの鳴き声が喧しく、ヤブ蚊が顔を狙って飛んでくる。

 立ち止まったかと思うと、ボビィはまた勢いよく前へ進んだ。

「ボビィー、そんなに奥へ行っちゃダメよ! 迷ってしまうわ」

「大丈夫だよママ。……ほら、匂いがするんだ。ねぇ、お魚が焼けるいい匂いがするよ」

「……あ、本当……ま、待って!」

「誰かいるんだ!」

 そう言って笑顔を見せるボビィの後をリリィは追った。



 湖まで辿り着いたボビィ。

 そこには一台のキャンピングカーが。

 車の横にはテントが張り出され、そこで魚が炙られていた。

 人影が見える。大きな男の影が吊り下げられたランプの炎に揺れていた。

 どうやら向こうも気づき、こちらを見ている。

 ボビィは恐る恐る近づき、勇気を出して声をかけた。


「こ、こんばんはー!」首を傾げ、ボビィは灯りの下、その主の顔を見た。

 そして目を見開いた。

「おじさん!」

 そこにいたのは店で出会った、人形を救い出してくれたおじさん。

「また会ったね! おじさん!」



 ――な、何だってんだ? ……ジョーは驚き、固まった。

 手にしていた拳銃を隠し、少年の顔をランプの灯りで確かめた。


「おじさん何してるの? こんな所で。……あ、そっか、お魚焼いてんだね」

「坊やこそ何でここにいるんだ? こんな時間に」

「ふふん……坊やじゃないよボビィだよ。ボ・ビ・ィ。……あのね、車がね、壊れちゃったんだ」

「何だって?」

 ジョーは一時間程前、遠くでクラクションが鳴り響き、大きな音がするのを聞いていた。

 まさか――!


「ママが運転してた車……事故しちゃって」

「リ……マ、ママは、それで、ママはどうした? 何処にいる? 怪我は、おい、まさか」

 名前を呼ぶところだった……ジョーは動揺を隠せない。

「大丈夫。……ほら、今来るよ」

 ごそごそと茂みの中から疲れた顔のリリィが現れた。

「ボビィ! いるの?」

「ママー、こっちこっち。ねぇ! 感動だよ。またあのおじさんがここに!」


 ジョーは平静を装い、ちらりと彼女を見る。

 リリィは目を丸くした。

「おじさん、お魚焦げちゃうよ!」

 ボビィが気を利かせてそれをひっくり返す。

 嬉しそうだった。

 ジョーはボビィの頭を撫で、優しくいたわって言った。

「怪我がなくてよかった」


 その言葉と眼差しを不思議そうに見つめるリリィ。

 救われる思いでいっぱいだった……。


 ****


 レパードは勘が冴えていた。

 リリィは確かにその中古車販売店で車を買っていた。

 四十五年式、白のフォルクスワーゲンType1を二十五万ニーゼのキャッシュで。

 店主によると店の前の通りを右へ出て行ったという。

 右へ出ればハイウェイ5へ導かれる。それは南北に走る州の縦貫道路。

 北か南か、どちらかだ……。



 車の燃料は五リットルに満たなかった、とすれば近くのガソリンスタンドで給油する。

 何処に立ち寄ったかで向かった先が掴めるか。

 レパードは店主に電話帳を借り、半径二十キロ前後以内のスタンドをチェックし、ダイヤルを回した。

「一昨日の七日、正午頃……」



 そして次に昔の同僚に協力を要請した。

 これがレパードの常套手段。強みである。

 ネヴァレンド州警の警官たちは大抵理由など聞かずとも動いてくれた。

 それはレパードが彼らの汚職を知ってるからだ。

 暴力行為、賄賂、押収したヤクの闇売却他諸々。

 警官時代のレパードは潔白だった。

 横暴する彼らをいつか利用するつもりでいた、と言っても過言ではない。

 でも消されたくはないからあくまでも下手に出る。


「俺もネタ提供するからさぁ……」

「インフィルナンバー305の車を捜すだけでいいんだな?」


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