第5話 事故と追跡
鮮やかな夕焼けが、心地よく疲れた体を包んでいた。
走り始めた車の中、ボビィ少年は山の風に吹かれながら〝朝日のあたる家 the house of the rising sun〟を口ずさんだ。
「〜あたいのママは仕立て屋だったぁ〜彼女がこの新しいブルージーンズを縫ったのよぉ〜あたいの恋人ギャンブラーで〜神様……」
子供らしからぬ低い唸り声。
ハンドルを握るリリィが気だるそうに言った。
「うるさいわね、何訳わかんない歌唄ってるのよ」
「だってぇ眠たくなってきたんだもん」
「素直に寝たらいいじゃない」
「だって……僕が起きてなきゃ」
ホテルでシャワーを浴び、休むつもりだったが落ち着かず直ぐに出た。
息子を酷く疲れさせている自分をリリィは責めた。
――でも急がなきゃ……少しでも早くノースフォレストへ……。
リリィはアクセルを緩めなかった。
「……そっか。気遣ってくれてありがとうね。ボビィ」
そう言ってボビィにシートを倒させ、片手で後ろから毛布を取ろうとした、その時、リリィの運転する車はセンターラインを大きく越えた。
対向する大型トレーラーがホーンを激しく響かせる。
慌てたリリィは左へ思いきりハンドルを切った――車はギュンと反転し、右サイド後方から道路脇の茂みの中に突っ込んだ――トレーラーの運転手がキャビン内から怒鳴り散らして走り去る――リリィの車は草木をなぎ倒し、ブレーキが効く間もなく、大木にぶち当たって止められた……。
リリィは助手席のボビィを抱きしめた。
「大丈夫?! ごめん! ごめんね……」
小さく震えながらボビィは言った。
「はぁー、うん、ちょっと……びっくりして」
濡れたズボンを隠そうとする。
「おしっこ、ちびっちゃった……」
****
商談が成立し、レパードはリリィが使っていた部屋に案内してもらった。
ここにもフットプライドの怒りが叩きつけられていた。
ひっくり返されたテーブル、チェスト、ベッド何もかも。
レパードはぐるりと見回し化粧棚やクローゼットを開ける。
ギョロギョロと大きな目で残された物品をチェックする。
しばらくして塵箱に捨てられた卓上カレンダーのメモに気づいた。
「署長。この赤丸ついてる日。これって何です?」
「ん? どれだ? ……ああそれか、ボビィが病院にな。小児喘息で毎月」
「今日は九月九日。じゃあ一昨日の七日……ちょうどここを出て行ったと思われる日、病院へ行ってるはず」
「なるほど」
フットプライドは頷き、すぐさまその医師に電話を入れた。
確かに、二人が来たと言う。
レパードはカレンダーを畳みポケットに突っ込み、窓から外を見渡した。
自家用車は使っていない。
その病院から彼女たちがどう動いたか……どういう手段で何処へ向かったかだ。
そして州立インフィラデル総合病院の前へ。
いつも長い列を作っているタクシーがいる。
レパードは運転手たちに二人の写真を見せ、七日の日、午前十時過ぎの記憶を尋ねて歩いた。
「知らんね」……「覚えとらん」……「俺は休みだったんだが、あんた。乗るの乗らんの?」……「逃げた女房と子供? そいつは面白ぇ、いったいどんな旦那だ」……「いちいち覚えてねーよー」……
「……ああ。この親子ね。ん、間違いない。乗せたよ」
二人――リリィとボビィを乗せたと言う運転手に先導され、レパードはそこから五キロほど離れた三番通りまで車でついて行った。
やがてタクシーは停まった。
「ここだよ」見渡すとバス停も駅もうんと遠い。
何故ここだ? ……レパードは車の窓越しからタクシーの運転手にチップを渡し、その場所を少しうろついた。
彼女がフリーホイールに帰るはずがない。
先ずフットプライドが知る土地には行かない。
人気のない埃っぽい町。
しばらくして彼の目の前に一軒の中古車販売店が立ち広がった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます