第4話 ボビィ少年と母親のリリィ

「合計で五千ニーゼです」――精算。

 籠いっぱいの缶詰、トマトジュース、非常食。

 それらをショルダーバッグに詰め、速やかに店を後にする客。

 レジのマギーはまじまじと見送った。――よそ者ね……レスラーか何かかしら……。


 ****


 食料を調達したジョーはバイクに跨り、キーを挿す。

 すると駐車場の隅、彼の目の端に一人の少年の姿が入った。

 少年はしゃがみ込み側溝を見つめている。困った様子で動かない。

 どうしようか悩んだが、ジョーはバイクのキーを抜いた。


「……坊や。どうしたんだ?」

 潤んだ目の少年は、その大男、ジョーを見上げ、固まった。

「何か……落としたのかい?」

「……うん、僕のマスクボーグK」と、鼻汁をすする。

「ん? 何だって?」

「正義のヒーロー。悪と戦うサイボーグさ。知らない?」

「ああ。知らない」

「ほら、あそこ」

 確かにその〝人形〟がドブにハマっている。

 鉄の格子の蓋、その奥深くからこちらを見つめている。


「うむ。これじゃあ坊やには取れないな」

 そう言ってジョーは錆びた蓋を掴んだ。

「下がってな」

 少年は息を飲んだ。見知らぬ大男の太く力強い腕に目を奪われた。

 分厚い鉄蓋が軽々と持ち上げられ、脇に寄せられる。

 ジョーは膝をつき手を伸ばした。

 その手はマスクボーグを掴み、少年の前に。

「……ありがとう」

「洗わなきゃな」



 泥まみれの人形を水道水で洗い、タオルで拭いてあげるジョー。

 少年は満面の笑みでまたお礼を言った。

「おじさん、ありがとう!」

 その輝く瞳にジョーは嬉しくなった。

「……ヒーローを救い上げたおじさんも、ヒーローかな?」

 ジョーは戯けて言った。そんな気持ちになるのも懐かしかった。

 その時だった。


「ボビィ! 何をしてるの?」

 店の建物の角から一人の女が声を上げ、走り寄ってきた。



「どうしたの? その人は誰?」とヒステリックに。

「ママだよ」と少年はジョーに言い、その母親の方を向いた。

「ママ! おじさんが僕のKを助けてくれたんだ!」

 少年ボビィは事情を母親に説明した。

 彼女は眉をひそめ、初めジョーを睨んだが、ボビィの喜びが次第に伝わった。

 彼女はサングラスを外し、礼を言う。

「すみません……。ありがとうございます」


 ジョーはそのとき目を疑った。胸が激しく高鳴る。

 現れた少年の母親――それは彼が知る、忘れられない女性。

 長いブリュネットの髪に青い瞳。

 唯一、ジョーがかつて心を焦がした、唯一の女性。


 ****


 午後七時。

 買い物から帰り、ジョーはベッドに横になっていた。何時間もそこに。

 思いもよらぬ、初恋の人との再会。

 ジョーは今まで、彼女が微笑む卒業パーティーの時の写真を肌身離さず大事にしていた。

 古ぼけてはいるが、彼の中の〝リリィ〟はいつも新鮮だった。


 ――リリィ・ストーン……。あぁリリィ。君に出逢えるなんて……俺は夢を見ているようだ……。


 それはジョーの真実。

 彼女への想いがあったからこそ、彼は今まで生きてこれた。

 そして今また蘇る、あの日の声。艶やかで愛らしい響き。



《……いいわよ……隣りのクラスの人よね?

 ……お名前は確か…… ジョセフ。そう、ジョセフね……

 ……そうなの、あなたも入隊するの……無事を祈ってるわ……じゃあ……


 どうしたの? その人は誰?

 ……その人は誰??

 誰? ……誰? ……誰?!!!》



 ジョーはムクッと起き上がった。

 洗面台の前に立ち、鏡の中の自分を睨みつけた。

 死の灰をだらりとかぶる白髪に苔のような緑の瞳が二つ。

 これが現実だ。


 ――おい、ジョー。〝ジョーカーマン〟。お前はもうジョセフじゃないんだ。

 血も涙もない殺し屋だろう? 過去は捨てたんだろう?

 その尖った、恐ろしいつらに捨てたはずじゃなかったのか?

 お前はもう……表通りは歩けないんだ……

 そう、言い聞かせた。


 気の抜けた顔はいっそう見るに堪えない。

 顔を洗い、冷水をコップに注ぎ一気に飲み干し、背伸びをし、ジョーはまた動き出した。


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