第3話 レオ・フットプライドとレパード・スキン

「隠し事はためにならんぞ!」

 メイドのペギーは何も知らないと言い張った。

 寝静まる夜のインフィラデルヒルズ街。

 広大な屋敷の豪華なシャンデリアの下、レオ・フットプライドは大理石のテーブルを蹴り倒した。

「あの女め!」

 憤怒に満ちた彼にペギーは怯え、床に座り込んだ。

 フットプライドの手には紙切れ。離婚届。

「この俺から逃げられると思っているのか!」

 それを引き裂き、手当たり次第物を叩き壊した。



 次の日の朝、チャイムが鳴る。

「開いてるぞーっ」

「お邪魔しまぁす」

 と小柄な男は家に入り、無作法に言った。

「うわぁ、ひでぇ……何すか、これ」

 散らばる食器とガラスの破片。ひっくり返されたテーブル、戸棚。割れた花瓶。

 絨毯は波打ち、まるで台風の過ぎ去った後。

 その主人レオ・フットプライドは髪を乱し真っ赤な顔でソファに座っている。

 男は頭を掻き足の踏み場を探りながら、自分を呼びつけたこの家の主人の前に歩み寄った。

「奥さんが逃げたって……本当のようスね。署長」

 フットプライドは顔をしかめる。

「ああ?  逃げただと? ハッ、俺がそんなこと言ったか? ちがっ、違うね! そうじゃない、あいつは黙ってどっか行ったんだ」

 同じことじゃねーかバーカと男は思った。

「レパード・スキン! 何してる! お、お前も、ほら付き合え、飲め! ほら飲めよ……」

 ――自棄酒やけざけか……あぁ……「署長、しっかりして下さいよ。あーあ、手から血ぃ出てますよ。そんな酔っ払わなくても、たかが女のことで」

「何だとぉー! もいっぺん言ってみぃ……このクソ、ク、ソ……」


 フットプライドは泥酔。ふらふらで振り上げる拳も情けなかった。

 レパード・スキンは鼻から息を吐き、ポケットから薄汚れたハンカチを取り、渡した。

「冗談、冗談ですよ」



 レパード・スキン。

 彼はバウンティ・ハンター=賞金稼ぎ。

 斡旋あるいは自らを宣伝し依頼を受け賞金首を捕まえる。

 賞金首――賞金をかけられるのは悪党が多い。

 イカサマ賭博師、結婚詐欺師、マフィア犯罪のカギを握る証人そして極悪犯罪人、とにかく大変な奴らばかりだ。

 依頼人も様々、警察以外の民間人もいる。

 高額なハントほど困難で危険、死と隣り合わせ。

 金のためなら手段を選ばず、金のためなら情けをかけない。

 ハイエナのように嗅ぎ回り、お尋ね者を引きずり落とす。

 正義など片腹痛い。

 誰かへの忠誠心など微塵もなければ恩義など糞食らえだ。

 やるのはただ、金のためだ。


 レパードは元警官だった。

 そしてレオ・フットプライドはかつての上司、ネヴァレンド州警察署長。

 顔を合わせたのは三年振り。古い付き合いだったが、百獣の王気取りのフットプライドのことは嫌いだった。

 生理的に受けつけないし、彼が警察を辞める時も何一ついい事は言わなかった。


あいつレパードの首に幾ら賭ける? 見てろ直ぐにお尋ね者だ」そう言って蔑んだ。

 だが今となっては別に何てことない。

 ――こいつは金を持ってる。ただそれだけだ。

 それなりの報酬は頂きますよと。



 フットプライドはようやく目を覚ました。

「レパード、元気だったか?」

「ええ。署長もお元気そうで」

 レパードはさっさと答え、本題に移した。

「私を呼んでくださったのは逃げ……いや、黙ってどっかへ出て行かれた奥さん」

「リリィ。子供も一人」

「お子さん」

「フッ、俺の子じゃないんだがな。前の、死んだ元夫の。俺にとっちゃ邪魔でしょうがないんだが。そう、リリィとボビィ。その二人を捜してくれ」


 フットプライドは二人の写真をテーブルに置いた。

 それを手に取り、レパードは眉を上げる。

「お美しい方ですなぁ羨ましい」

「ああ。最愛の妻だ」

「でしょうな」――あーこいつにゃ勿体ねぇ……。

「で、心当たりは?」

「わからん。メイドも何も知らんと」

 レパードは親指を立て「これ。とか?」

「戯け! あるわけがない!」

「これは失礼。じゃあ故郷にでも帰ったんでしょうな」

 レパードは睨まれ頭を掻く。 

 そしてポケットからシケモクを探り出し、火を着け一服した。


「で、この件を俺に頼むのはどうしてです? あなたはネヴァレンド州全土を預かる警察の署長様だ。ちょっと紐を引っ張れば女子供の一人や二人、直ぐに見つけられるはず……何故、俺なんです?」

 その言葉にフットプライドは顔をしかめた。

「嫌か?」

「いやいや、そんなんじゃないッス」

「お前の評判がいいからだ」

 ――ウソつけ。お前はただ署の奴らの誰にも知られたくねぇんだろ? お前はプライドの塊だからな。面子ってもんがよ……レパードは腹の中でそう呟きながら、

「ありがとうございます。嬉しいですよ。俺を使ってくださるだけでも」

 さあ幾ら提示するかなとレパードは頭で算盤を弾いた。



「レパード。このバッジを使え。何かと役に立つだろう。そしてこのメモ。リリィの生まれ故郷フリーホイール。西に二千キロの小さな町だ。生家の住所と電話……母親が出たが知らないと言い張った。とにかく、何か手掛かりを掴んだら逐一俺に連絡を入れろ」


 警官バッジとメモを渡すフットプライド。

「フッ、懐かしい輝きだ」

 それをポケットに入れ、レパードは右手で人差し指一本と左掌を広げ、微笑んだ。

「金か? 幾らだ。十五万か?」

 レパードは首を横に振り、大きな目をギラつかせて答えた。

「いえいえ。一人五十万。奥さんとお子さん合わせて百万」

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