第2話 ジョセフ・ハーディング

「すまんなジョー、待たせちまって」


 カフェレスト〝Ramonaラモーナ〟のオーナー、ビフ・キューズは特製トマトジュースをテーブルの上、彼の目の前に置いた。

 店の奥、仕事を終えたJOKERMAN――ジョーは約束の時間キッカリに訪れていた。


 サングラスを外し、厳つい体に一気にジュースを流し込むジョー。

 ビフは机の引き出しから、分厚く張った紙袋を取り出した。

「よくやってくれた」

 葉巻に火を着けるビフ。

「聞いたかいジョー、スプンフルは壊滅した。ハーツ将軍は死に、クレイドルズの独裁は終わった。後はスモウクスタックが誰を支えどこまでやるかだ。国家の再建、伴う責務は大きい」

 そう言ってビフはジョーに一本勧めたが、彼は首を横に振った。

「まだアナザーサイドにいるだろ?」

 ジョーは答えた。

「ああ。もうしばらくは」

「髪切ったな。それくらいがいい」

 ひと仕事終えた後に長く伸びた白い髪を肩の高さまで切るのはある種の通過儀礼だった。

「……ビフ、一つ借りたいものが」

「ん? 何だい?」


 ジョーにとって、ビフ・キューズは最も信頼できる男だった。

 仲買屋としての仕事の斡旋、身の回りの世話、相談相手。

 何より、彼は命の恩人だった。

 報酬をバッグに詰めバイクのキーを取ると、ジョーは立ち上がり礼を言った。

「感謝してるよ。ビフ」


 ****


 ジョーは一人で旅をしている。

 エルドランドを街から街へ、ジプシーのように。

 冷血な殺人マシーンとして語られるジョーだが、彼も同じ人間、血も涙もある。口にはできない過去がある。


 彼は軍人だった。

 特殊部隊の精鋭として二度の世界大戦を経験していた。

 その忠実で的確、勇敢な行動は事実、国家の窮地を幾度も救った。

 しかしある年、彼は軍に裏切られた。

 捕虜となった同胞を救出する為、ジョーは敵地に潜入した。

 生死を彷徨うエイブラハム・ローリングを背負い、丘へ登った。が、エルドランド軍のヘリはそのまま遠ざかった。

 ジョーは捕えられ、エイブラハムは死んだ。


 残虐非道な拷問、瀕死の重傷を負うジョー。

 苦悶と屈辱の中、彼の命を繋いだのはただ、怒りだった。

 収容所の地下に転がるジョーを救ったのはビフ・キューズ。

 その時彼は敵国の将校だった。


「しっかりしろ、ジョセフ・ハーディング」

 微かな灯りに照らされるジョー――ジョセフの顔は目も当てられない。

「俺とDr.ハイランズはエルドランドへ亡命する……お前を連れて」

 ビフ・キューズはジョセフを抱きかかえた。

「そこでストーン・サンダースが待っている……」



 包囲網を潜り抜け、山を越え、海を渡り、彼らは無事エルドランドへ入った。

〝希望と夢の国〟と謳う、エルドランド国へ。

 サンダース・ファミリーの厳重な警備の下、ジョセフは約一年静養した。


 顔を変え、名前を変え、素性を闇に封じたジョーはやがて旅に出た。

 必要とあらばストーン・サンダースの命に従った。

 風のように現れ、風のように去った。

 復讐はいつしか愚かしく、虚しく思え、ただ時の流れに身を委ねた。

 彼を生かしていたのはある一つの思いだった……。

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