神流し
二日目となればボランティアの仕事も余裕ができるもので、トウイチは長くなった休憩時間に大社の宝物館へ行ってみた。宝物館は弥生時代の米蔵を模した作りになっているが、よく見れば鉄筋コンクリート造になっている。
宝物館の中は空調がよく効いていた。土曜日の昼間だが館内は静かで、人工大理石のエントランスには、ガイドの腕章を着けた女性が受付にひとりいるだけだった。時期だからなのか、エントランスには舟祭りの由来を説明する大きなプレートが置かれていた。
神代のころ、妻を病で亡くしたある神が悲しみのあまり邪神となった。そしてこの地に疫病をもたらしたとき、ある皇子が剣をもって邪神を倒した。皇子は邪神を慰めるため、その亡骸を舟に乗せて川へ流し供養した。その後邪神を倒すのに用いた剣を御神体として大社が建立され、邪神を慰めて病気の治癒を願う祭りがはじまったということらしい。
「祭りに興味がおありですか?」
和風フォントと淡色系の絵で構成されたプレートをぼんやり眺めていると、受付にいた女性がさり気なく、トウイチの傍に来た。マスクで大半が隠れているが、その顔立ちからトウイチと同い年に見える。しかし同級生の女子学生たちのような化粧っ気がなく、長い髪をポニーテールにしているだけの活動的な印象だ。
「祭りのボランティアをしてるんで、祭りの由来ぐらいはよく知っておかないとって思いまして」
「やっぱり! ここは若い人が来る場所じゃないですから」
トウイチは自分が社交的な人間ではないと思っているが、ボランティアという慣れないことをして気分が高揚しているのか、この女性と少し話をしてみたいと感じた。そのためだろうか、妙に饒舌になった。
「遺体を川に流すって聞くとひどいことみたいに聞こえますけど、いわゆる隠喩ってことですか?」
「はい。古くから川や山は異界への入り口とされてますから」
「そして、水は疫病をもたらす存在とも言われる。いろいろとぴったりな話ですね」
大学ではなかなかできないやり取りに、トウイチは口元が滑らかになっているのを実感した。女性ガイドの目元は、いい受け答えができた生徒を前にした教師のように微笑んだ。
「神話とは、古代のできごとを隠喩にして創られた物語なんです。それぞれの言葉がなにを伝えたがっているのか、それを考えると楽しくなるんです」
まっすぐな瞳を見ると、目を逸らしたくなるような衝動に駆られた。トウイチは最近こうした瞳は苦手であると気がついたが、なぜかこの女性ガイドのマスクのない顔を写真に撮りたいと思った。
「でも、なんだか理不尽な感じもしますね。あの邪神もなりたくてなったわけじゃないでしょうし」
もう勧善懲悪のヒーローアニメを楽しめる歳でもない。妻を亡くし、悲しみに暮れた果てに邪神となり、打倒されて亡骸を舟で流される。疫病を鎮めるためとはいえ、これほど理不尽なことはないではないだろうか。
「……皇子自身が、そう思っていたのかも」
ぽつりと呟いた女性ガイドは、呆然としたような気の抜けた目をしていた。
「でもそんなことになっちゃたから、もう誰にもどうしようもなくなった。だからせめて、誰にも咎められない場所へ送り出した……」
女性ガイドが考えた仮定に、世の識者たちはどんな考察をするだろうか。どのみち、邪神のことは安らかにさせてくれないのは確実だろう。
空調が効きすぎるのか、トウイチは肩を震わせた。
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