第602話 虹光孔雀

 突如として上空に現れた白い千眼孔雀……のレア種は、自身を中心に無数にある飾り羽を広げ、ホバリングする。背中の飾り羽は、扇状を超えて円形に広がり、魔法陣が多数展開された。

 赤、青、緑、茶、紫、白、黄緑色。初級4種類と中級3種類の計7種類の魔法陣が、時計回りに5個ずつ展開される。

 合計で35個の魔法陣が展開される様は、仏教だか密教だかにある曼荼羅図のようである。


 ただ、魔法陣1つ1つは小さいので、ランク1魔法だろう。千眼孔雀も5つと少ないが、ランク1を同時展開して、充填していた。まぁ、威力は低い代わりに、充填時間が少ないのがランク1魔法の利点だからな。今も急速充填されており、後数秒で爆撃が始められようとしていた。


 こちらも対抗策は準備中である。正直なところ、初級属性のランク1魔法を何発喰らったとしても、死にはしない。属性ダメージは蓄積するが、それだけである。問題は、中級属性の方だ。中級属性は、各属性によって状態異常を喰らうのだ。紫色の雷属性は麻痺。白色の氷属性は凍結。黄緑色の木属性は蔦による拘束。

 この内、凍結はブラストナックルの〈熱無効〉で無効化出来る。麻痺は、ストレージから抗麻痺剤を1錠取り出して飲んでおく。これで予防が出来る筈。

 ただ、最後の木属性魔法による拘束は、避けるしかない。溶岩の中に逃げて蔦を焼き払う事も出来るが、そうすると今度は水魔法の〈アクアニードル〉が水蒸気爆発しそうなんだよな。

 なら、受け止められる盾を! 〈充填短縮〉のお陰で、敵のランク1魔法より早く完成した!


「〈ストーンシールド〉!」


 斜め上に構えた左手の前に、石の盾が出現した。〈ストーンウォール〉と迷ったが、陰に隠れるより敵の動向を見ながら対処したかったのだ。沢山あるランク1魔法の内、木魔法だけ〈ストーンシールド〉で受け止めればいい。


 その直後、敵の曼荼羅のあちこちから魔法が発動し、光を放った。一斉射撃ではなく、順次発動させるようだ。

 火の玉が、水の針が、風の刃が、石礫が、雷の玉が、着弾で弾ける氷の玉が、蔦の玉が……俺の居る中州目がけて斜め下へと撃ち下ろされた。


 まるで弾幕ゲームの様だ。顔への直撃は避け、木魔法だけは絶対に回避か盾で受け止める。

 そんな気合を入れた最中、目の前にヴァルキュリアの2人がスライド移動して来た。

 ……〈カバーシールド〉か?!

 俺は指示を出していないが、独自に判断したのだろう。ランスを眼前に構えたうえ、背中の翼で身体を包むように畳んでいる……防御形態っぽい……それに加え、各属性のシールド魔法を3枚ずつ展開していた。

 レア種が放ったランク1魔法による弾幕は、2人のヴァルキュリアによって、その殆どを防がれたのだった。


 ……あれ? 俺の準備は無意味だったんじゃね?

 まぁ、情報収集する時間が出来たと前向きに考えよう。〈詳細鑑定〉っと。



【魔物】【名称:虹光こうこう孔雀】【Lv50】

・千眼孔雀のレア種……であるが、独自進化を遂げている。特徴的であった飾り羽の眼は、全て宝石へと姿を変えており、全周囲を知覚する事は出来なくなった。その代わりとして、飾り羽の宝石全てが魔法の発動媒体となっている。宝石は各属性への耐性を強化し、魔力の貯蔵庫にもなる。

 名前の通り、初級中級の7属性を自在に操り、各属性の魔法を5個ずつまで同時展開する事が可能である(最大35個)。ただし、使う魔法のランク数と同じだけ宝石を重ねる必要があるので、高ランク魔法ほど同時展開数が減る。

 その一方で、身体が巨大化し、飾り羽の数も増えた為、回避率は極端に下がった。魔法系の定めか、肉弾戦は苦手としている。 

・属性:火

・無効属性:火

・耐属性:水、風、土、雷、氷、木

・弱点属性:闇

【ドロップ:虹光孔雀の扇羽根(各属性のどれか1つ)】【レアドロップ:虹光孔雀の宝眼石】



 ……分かっていたけど、爆撃機能力が強化されてやがる!

 加えて耐性がえぐい。空を飛んでいるから魔法でないと狙えないのに、殆どの属性に耐性があるとか……50層未満で闇属性の魔法なんて持っている奴居ない……あ、黒い魔剣術なら持っているか。


 一応、ソフィアリーセから倒し方は聞いている。〈ダウンバースト〉を数発重ねて地面に引き摺り落とし、前衛陣が飾り羽を切り払ってしまえば、脅威度はかなり下がるらしい。

 この戦術を真似するにあたって問題となるのは、手数が少ない事だな。俺しか〈ダウンバースト〉が使えない。ヴァルキュリアさん達を突撃させれば、それだけで終わる可能性もあるけど……報告書にするネタにしたいので、瞬殺しないようにしよう。


 取り敢えず、有効そうな手立てを考えつつ、充填をする……している途中で、飛来してきた数発のジャベリン魔法が〈アクアウォール〉の水壁を突き破り、白のヴァルキュリアに直撃した。青のヴァルキュリアは構えていたシールド魔法で防御していたが、白の方は2発同時に狙われたせいで避け切れなかったようである。

 更に、元々召喚してから時間が経っていた事もあり、白のヴァルキュリアは消滅して行った。消えて行く彼女に声を掛けつつ、俺も反撃に出る。


「ありがとうな! 〈ダウンバースト〉!

 この隙に青さん、突撃頼む!」


 上空でホバリングしていた虹光孔雀が、風の鉄槌を受けて落下する……が、地上までの高さの半分ほど落ちただけで、持ち直してしまう。しかし、羽ばたいて浮き上がろうとしている間は、飾り羽の魔法の充填も停止するようだ。

 そこ目がけて、青のヴァルキュリアが突撃結界を纏って突撃を仕掛けた。残像を残すほどの速度で飛んで行き……ギリギリのところを回避された。虹光孔雀が羽ばたきを止め、首をのけぞらせたせいである。ただ、その代わりに背中の飾り羽を10本以上刈り取った。


 羽が大量に舞い散り、青のヴァルキュリアが上空へと舞い上がる。突撃結界の光の尾を引きながら上空で旋回をすると、今度は一直線に下へ突撃し始めた。以前も見た、クレーターを作るパワーダイブである。

 俺の方も追撃の準備は整ったが、パワーダイブで終わるならそれで良い。その結果を見届けていると、今度は虹光孔雀の方が魔法陣を光らせた。真上を見ながら、降りて来る青のヴァルキュリアの直線上に、4つのシールド魔法が展開された。上から順に雷属性の盾、風属性の〈ウインドシールド〉、氷属性の盾、土属性の〈ストーンシールド〉。


 加速状態では避けようがない。青のヴァルキュリアはそのままシールド魔法へと突っ込んだ。

 四角い形の紫電の盾をぶち抜き、竜巻の〈ウインドシールド〉をもぶち抜く。ここの時点で、突撃結界が消えた。

 そして、氷の盾を槍で風穴を開けて突破……したが、最後の岩の壁は突破できずに、身体ごと体当たりをして止まってしまう。青のヴァルキュリアは水属性だから、相関的に土属性に弱いのだ。

 シールド魔法4枚分の属性ダメージも喰らったのだろう。青のヴァルキュリアも、マナの煙となって消滅していった。


 ……しまった。俺も援護してあげるべきだったか。

 情報を得る為とは言え、捨て駒に使ったみたいで少し罪悪感。まぁ、折角のレベル50のレア種、レベル上げに使わせてもらおう。

 ヴァルキュリアへの対処後、虹光孔雀が立て直しを図っている間に、俺も特殊アビリティ設定を変更した。アビリティポイントが多い聖剣はポイントに戻し、代わりに〈無充填無詠唱〉とジョブ5つをセットし直す。街の英雄レベル43、魔道士レベル43、ニンジャレベル47、司祭レベル45、武僧レベル40である。

 武器は……手数の多い二刀流で、購入したばかりのメッキ武器、黒短刀2本を腰に装備した。



 その間に、虹光孔雀も再度空へ舞い上がったようだ。上空でホバリングしながら魔法陣を多数広げて、曼荼羅図状態になっている。

 俺の居る中州には、穴が空いた〈アクアウォール〉が残っているが、これを盾にするのは無理だろう。魔法が撃たれる前に、こちらから先制攻撃する。


「〈ダウンバースト〉! 〈封魔剣〉!」


 風の鉄槌で再度墜落させる。1回では半分しか落ちて来ないが、魔法の発動を遅らせるだけで充分だ。続いて使ったスキルの効果で、両手の黒短刀の刀身が魔剣術のようなオーラを纏い、黒くなった。街の英雄が覚えたスキルである。


【スキル】【名称:封魔剣】【アクティブ】

・一定時間、封魔の力を武器に宿す。この状態で敵を攻撃すると、スキルの発動や魔法の充填を阻害し、低確率で魔封の状態異常にする。また、投射型の魔法やブレスを剣で切る事により、掻き消す事も可能。ただし、この効果で掻き消すと、スキルの効果も早く切れてしまう。


 向こうはランク1魔法やジャベリン魔法を多用するっぽいので、こいつで切り払えば打ち消す事が出来る……まぁ、それは護身程度のオマケだな。続いて、別のスキルを発動させた。


「〈流星剣〉!」


 墜落仕掛けた虹光孔雀は立て直しつつ、俺の方に魔法陣を向けている。その死角となる斜め上から、光剣が1本出現し、撃ち出された。


【スキル】【名称:流星剣】【アクティブ】

・上空に光属性の魔力剣を召喚し、標的の斜め上から流星の如く撃ち下ろす。命中した敵は、盲目耐性が1段下がる。


 見ての通り、武器に付与した〈封魔剣〉が〈流星剣〉にも乗っているようなのだ。

 千眼孔雀とは違い、全周囲の視覚など持たない虹光孔雀は、この攻撃を避けられない。その思惑通り、虹光孔雀の翼貫通して行くのだった。黒いから闇属性かと思っていたが、撃墜する程の威力はなさそうである。

 虹光孔雀が鳴き声を上げ、展開していた魔法陣の充填速度が目に見えて落ちた。魔封の状態異常は低確率なので、外れたようだが問題ない。仕上げに光魔法で追撃した。


「〈ライトピラー〉!」


 虹光孔雀の直上に出現した黄色い魔法陣の各所から、真下に向かってレーザーが連射される。合計10本の攻撃は、虹光孔雀の全身に照射され……たが、飾り羽が燃えるとかは無かった。

 焼き切るとか、燃えるとかして欲しかったが、本命はそこじゃないから良いか……レーザーのダメージも大きかったのか、怒ったように甲高い鳴き声を上げると、魔法陣を光らせた。充填を阻害したけど、ランク1の魔法は小さいから完成しているのもあったようだ。


 ただし、発動した魔法は明後日の方向へと飛んで行った。

 ……良し、大サソリの時にも使った戦術だけど、やっぱりコンボで使うと強いな。


【スキル】【名称:光属性ランク3、範囲魔法】【アクティブ】

・ライトピラー(指定した範囲に多数の光の柱を立て、光属性ダメージを与える。術者と対象の精神力を比較し、その差の確率で盲目の状態異常にする。敵味方識別機能あり)


 〈封魔剣〉で充填を阻害し時間を稼ぎ、〈流星剣〉で盲目耐性を下げて、〈ライトピラー〉で盲目にするコンボである。こういうのが嵌まると気分が良い。

 この隙に、攻撃力アップの奇跡〈ムスクルス〉や、魔法ダメージ軽減の〈アリベイトマジック〉等のバフを自分に掛けておく。これで準備完了。後は〈ダウンバースト〉を連打して、地面に引き摺り下ろそう。


 しかし、俺が魔法を使う直前に、中州の直ぐ傍で爆発が発生した。爆発で溶岩が飛び散り、煙が周囲に充満する。これに続いて2発目の爆発が起こり、更に視界が悪くなる。

 完全に予想外だったが、原因は視界の端で見えていた。〈アクアジャベリン〉が溶岩に着弾して、水蒸気爆発を起こしたようだ。中州に落ちていれば爆発する事は無いが、盲目で狙いがバラけたせいである。


 そこへ、煙を切り裂いて魔法が着弾し始める。溶岩に落ちて行った魔法が、段々と中州を捕らえ始めたのだ。煙で見えないが、向こうも盲目の筈である……音で狙いを変えて来たか?


「〈ブリーズ〉! ……〈ブリーっと、危なねぇ!」


 風のランク0魔法で吹き散らそうとするが、煙を裂いて至近弾が飛んできた。ギリギリ回避出来たので、街の英雄のパッシブスキル〈無我の境地〉が発動する。


【スキル】【名称:無我の境地】【パッシブ】

・敵の攻撃をギリギリで躱した際に自動発動する。一定時間、思考速度を倍にして、筋力値をアップさせる。

 この時、ギリギリであればある程、効果時間が延びる。HPが減った場合は発動しない。


 世界が遅くなり、煙を裂いて飛んでくる魔法を容易く見切れるようになった。

 出したままだった〈ストーンシールド〉で、飛んできた〈ストーンジャベリン〉を受け止めて、相殺して防ぐ。更に、〈アクアニードル〉や、〈ストーンバレット〉が飛来してきたので、〈フェザーステップ〉で横に回避し、避け切れない分を黒短刀で切り払う。〈封魔剣〉で魔法も切れるが、無秩序にバラ撒かれるのは、狙いを付けられるよりも対処し難い。


 ……段々と鬱陶しくなってきたな。これは直接殴りに行ってやった方が早い。


 敵の有利な間合いで戦うほど、分が悪いものはない。盤面をひっくり返す事にした。

 近くに飛んできたジャベリン魔法に手を出して、黒短刀ではなく裏拳で受け流す。当然、属性ダメージが入るが……それを〈空蝉の術〉の効果で無効化して、痛みを感じることなく転移した。




 余談ではあるが、雪山フィールドのヴィルファザーン(雉型魔物)や、火山フィールドの千眼孔雀とかを相手にする時は、極力ニンジャジョブを外していた。何故ならば、鳥型魔物の攻撃を喰らって〈空蝉の術〉した場合、どこに飛ぶか分からないからだ。攻撃してきた魔物の上に転移すると言っても、高速で空を飛ぶ鳥には置いて行かれてしまうので、奇襲にもならない。それどころか、パーティーとはぐれてしまう可能性まであるからな。



  虹光孔雀の直上を取った。普通の鳥型魔物と違ってホバリングしているので、〈空蝉の術〉による奇襲が通じると考えていたのである。地上に残った残像が閃光を放って消えて行くが、盲目状態の虹光孔雀は気付かずに中州周辺へ魔法を打ち続けていた。既に〈無我の境地〉の効果は消えてしまったが、攻撃のチャンスである。

 ただ、ここで〈一刀唐竹割り〉で首を狙うのは、少しワンパターンな気がした。実験も兼ねて、新しい戦術ネタも試してみたいと思う。


 ……先ずは、空に飛びあがって攻撃するならコイツだろう!


「〈ダウンバースト〉!」


 〈無充填無詠唱〉で即座に発動させる……次の瞬間、背中を殴り付けるような風を受けて、下に加速した。うん、自分に向かって撃ってみたのだ。そして、下へ加速しながらも、足を下に突き出した。


「はああああっ! 落ちろーーー!」


 急加速した飛び蹴りが、虹光孔雀の背中に直撃した。所謂、ライ〇ーキックとか、イナズ〇キックだな。武僧のスキルに無いので、自力で再現してみたのである。いや、空中からの攻撃手段って、自由落下が主になるから、他の方法を模索してみたのだった。


 落下速度に体重を掛けた蹴りが当たると、背中の方で爆発が起こった。〈着地爆破演出〉の効果だけど、多分ライ〇ーキックによる爆発にも見える筈である。


「キイィィィィヤアァァァ!」


 虹光孔雀が甲高い鳴き声を上げながら、落下した……が、しかし、程なくして忙しなく羽ばたきを始めると落下が止まってしまった。スキルでもない攻撃なので、威力不足のようだ。

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